« 夢の位置 | メイン | 拝啓幸せに遠い二人へ »

2016年06月05日

タクシー

母を乗せたのぼりの電車
母を乗せたのぼりのタクシー
ペースメーカーの電池は音もなく 擦り切れて
障碍者手帳と交付されたタクシーの補助券は
どんどんなくなり 
彼女はもう どこにも行くことができない

杖代わりだった私
杖代わりだと思っていたかった私
母の右手が私を手放した方向に
若いころの同窓生の笑顔

これがみんなに会える最後だって泣いていた
その母の嬉し泣きか、悔し泣きか、私も知らない
けれど
同窓生も 若くない
母を一瞥して
「あぁには、なりたくないもんだ。
コブ付きで自分の身も自分でできない恥を、
さらしてまでも、みんなに会いたいのかねぇ」

トイレで笑っていた シミだらけのおばちゃんは
母が親友だと無邪気に語った 横顔のままの女

同窓会は裏表を秘めながらも
ビールで思惑を酔わせ 口裏を合わせたかのように
シャトルバスは 母を残して
みんなを新しい朝の場所へ連れていく

一人、くだりの電車に乗り
また、遠い景色の桜吹雪に流されながら
母は知って、車内に杖を置き忘れて帰る

鞄の中の補助券が
どこにあるのかさえも 分からないままで
くだりのタクシーに体を横たえると
のぼりのタクシーを呼んだつもりで
どこまでも どこまでも 独りぼっち

※抒情文芸  入選作品

投稿者 tukiyomi : 2016年06月05日 20:53

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
https://www.a-happy.jp/blog/mt-tb.cgi/14176

コメント

コメントしてください




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)