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2015年06月26日

屋根裏部屋で「し」を作る

お腹から卵を一つ取り出して 私は一つの「し」をつくる
月に向かって 卵を放り投げておくと
月は空で泪目になるころ 「し」をこぼす
私は卵を産むために 屋根裏部屋で猫とじゃれ合い
卵を夜空に投げて月で割ると「し」ができる、という
仕組みを覚えてしまうと 遊ぶことに夢中になって
猫が愛しくてたまらない

    ニャアニャアニャア、と啼けば啼くほど
    正比例していく卵の中身の成熟さ。
    猫は真っ赤な瞳を凝らして私を見ている。
    まるで生贄にされたのは
    卵なのか自分なのか、というように。

                ※

私はこの猫を屋根裏でしか飼えないように飼育した
始めは独りに戻りたいと おかっぱ頭の影を懐かしみ 
白い昼に憧れて いつも、もじもじしていたが
夜になると猫は猫らしく長い爪をニョキッと、出して 
私が卵を産むあたりを おし広げてはくすぐり続け
私がニャアニャアニャア、と啼けば遊びに夢中になって
卵を産めと ゆすぶり、せかす

                 ※

屋根裏部屋の鍵は猫がさしこむ、私はそれを上手にまわす、
扉は赤い両目から開かれる、そして黄色い卵が空に昇るとき
私たちがついた「嘘」を「月」で割る
あの夜空の月が私と猫がつくりあげた、「し」だとは知らない人々は
月に向かって 詩を作る


        ※文芸誌「狼」25号   掲載作品

投稿者 tukiyomi : 21:42 | コメント (0) | トラックバック

2015年06月15日

たたき売り

ぶちのめしていい権利は ATMでおろせると
近くの女が言いました
働けないなら罵声に耐えろと
女に頭の上がらない男が母子に言いました
お金が稼げないやつに
意見を言う資格はないのだと
背広の黄色い財布が 鼻先で笑っています

  私は一つのバナナです
  世界は小さな籠の中
  バナナより、みんなメロンの言うことに従い
  メロンたちは大きさ重さを競います
  品定めはお客様、
  では ない時代
  果物屋の店長は
  唾を飛ばして ハリセンで
  大声あげて 私をたたく

  うまい口車に乗せられて
  黄色いバナナ何処へいく

ぶちのめしていい権利は ATMでおろせると
知らない街の主婦までも
財布に向かって 語りだす

投稿者 tukiyomi : 11:57 | コメント (0) | トラックバック

2015年06月10日

藪の中

蛇口から蛇が出てきて排水溝に逃げていったと
主婦が言い出した。蛇はきっとコブラにちがいな
いと生物学者とプロレスラーが同時に口にした。
コブラなら猛毒対処に、と叫んで立ち上がったの
は保健所で、ニシキヘビなら動物園へと駆けつけ
たのは園長先生だった。排水溝から下水道を抜けて
全員一体となって巨大な猛毒を含んだ稀有なニシキ
ヘビの捕獲プロジェクトが地域一帯に広まり続け
やがては「蛇口から大毒蛇注意」のニュースやら、
「捕獲料百万円」という賞金首までかける始末。

そんな太陽を掴むような話を鎌首もたげて眺めて
いたのは梁の上の青大将。
太陽の国は眩しい上に、目まぐるしいと、藪の中に
消えてゆく。

投稿者 tukiyomi : 22:23 | コメント (0) | トラックバック

写真

写真になった父が 昔よりよく喋るようになった
弘法大師ゆかりの寺で ボロボロのジャンバーに
白髪を風に舞わせながら 少し笑ってピースなんかして
誰もいなくなる家を前に大丈夫、だというふうに
哀しく細い目を向けて 泣きそうなくらい優しく笑っている
そんな喋り方をする父を前に 私はどうしていいのか泣いてしまう

  お父さんほど私を放ち信じてくれた人はいなかった
  私が心配ばかりをかけさせて殺してしまった

いつ誰とでも帰ってきてもいいように家の周りのドブを浚え
畑には少しばかりの野菜を植え 庭の剪定をふらつく足でし
私の帰る家が笑われないように、居心地がいいようにと
黙って家を片付け掃除をして 帰らない子供たちを待つ父

  うすっぺらい写真に貼り付いたまま家のことなど
  饒舌に語ってみせる
  (どうだい、お前の四十年住んだ我が家の居心地は

左手のピースの指は二本
息子は家を出て行って 娘は家に帰らない

それでも立て続ける指二本、
育てた二つの平和は誇り
家を護る父の顔
仏様になってゆく父の顔

どんなに泣いても笑っても
見守っているよ、と父の顔

投稿者 tukiyomi : 14:13 | コメント (0) | トラックバック