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2015年09月29日

あげぞこ

「下を見て暮らしなさい」
下には下が、
その下には下がいるということを
赤いちゃんちゃんこを着た人は
底なし物差しを振りかざす

下を見て暮らしていけば辿り着く
プラスチックの上辺の底に
仕組まれ、敷かれた 悪知恵を
貪り食べている人の
一番おいしい、「鰻の蒲焼」

   (その、舌で味見、
   (その、下で笑う、

「上を見て暮らしてみたい」
言い返す制服娘の反抗は
社会を上下で板挟み

   (底辺、でもなく かといって、
   (上級、でもなく、かといって、

底上げされたくらいの言い争い
底上げしたくらいの世界

四角四面 めくらめっぽうな闇の中
母と私が 箸で突つけば
空っぽの器から どこからともなく
痛そうな音

投稿者 tukiyomi : 23:50 | コメント (0) | トラックバック

家霊

突然の地震で硝子戸から こけしや人形のたちが落ちて
首と胴体が切り離されて 頭がどこまでも転がっていった

電子レンジがガガガガと 上手く喋れなくなり
冷蔵庫は大鼾をかいて 安眠した

洗い場にぶら下がっていた豆電球がSOSの指示を出しても
誰も助けには来なかった

白熱灯は高熱に魘され 頭がショートしてキレた
トイレの水は水であることを忘れて 土になろうとした

風のない夜に決まって 瓦が三枚づつずれ落ちる音を
濁った井戸が滴を毎夜 滴らしめて仏間に合図を送った

台所の置時計の針は とうとう時間軸を突き破り
時を殺す

白蟻が昼間の空に 人灰と粉骨のうねりを
屋根にまき散らし始めた

家具やベッドは廃棄され マットの涙は乾いてしまった、のに
横たわっていた人の眼が 抜け殻になってゆく家の行方を 
見守るように 監視する

投稿者 tukiyomi : 22:38 | コメント (0) | トラックバック

2015年09月24日

無断投棄

昔 そこに畑があった
住人たちは種を蒔き苗を植え
野菜を作り花を作り 少しばかりの木を植え
土に汗をおとした
笑い声も聞こえた

主が亡くなった畑を 子供は捨てた
未亡人は独り言を捨て 娘は愚痴を吐いた
村の人は生ゴミを棄て
飼い犬の糞を 夜に棄てに来た

夏には草がぎっしり覆い繁り
それらは見えなくなった

子供は要らなくなった自転車を棄て
大人になれば自動車のタイヤを
焼いて棄てた
老人会では そこを火葬場にしようと
市に提案する者も出た

昔 そこに畑があった
先人から代々耕してきた種は
埋もれたまま 結局実を結ばなかった
息子に、妻に、娘に
捨てられたものを 受け止めてきた土壌は
汚染され 刺激臭を放ち
やがて 立入禁止区に指定された

今は 火葬場が建っている
その、端に
主の飼っていた猫の墓があるのだと
噂で 聞いた

そこは昔「畑」と呼ばれていたらしい

投稿者 tukiyomi : 21:54 | コメント (0) | トラックバック

夏の葬列

西日に揺れる色褪せたカーテンの隙間から
焔に焼かれた夏の葬列を見送る
背を丸めて折れ下がるだけの向日葵は
昼に立ち止まり、夜に顔を奪われたまま
晩夏を歩む
背骨を晒し腕も手も顔も腐らせ
「老い」は立ち止まることができない

夏との闘いを 乾いた涼風が脳裏から消し去ってゆく
遠い波にさらわれた悲鳴、あれは誰の灯だったのか
顔を焼かれた者の墓標
喪失した名は誰が優しく呼べただろう
ただ、横たわることしか後がない無印の花について。

お前の父は蝉の抜け殻ばかり集める一生だったと、
大輪の面影を窺うように
母がうつむいた夏の死骸を並べている

青空は紅蓮に燃え盛り 向日葵の影だけが空へ向かう
その影を追いかけながら走る赤い目の夕焼け少女に
父が与えた花は もう、燃えてしまった、のに
思い出だけが口走る
(ひまわりって、どうしてかれちゃうの?)
(日の光のことばかり語って、もう泣けなくなったから)
私の眼の中で向日葵が咲いて燃やされてゆく

焼けただれた空の隙間を仏間からこぼれ出る線香の煙が
淡い姿をくゆらせて立ちゆくように
私の立ち位置を揺るがす風が
足首のない父を連れ去って逝く
過ぎたはずの熱風が込み上げるたび
私の全身は濡れたまま 
花の骨の在り処をねだる

投稿者 tukiyomi : 20:59 | コメント (0) | トラックバック