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2018年07月28日

休憩室

食堂の経営者を失った病室の一角は
病人と看護師と来客を 一緒くたに呑み込み
巨大な景色を見せては対話するケア・ハウス
看護師が新米看護師に未来を指導する声と
自主研修が病院だと ぼやく中学生
疲れ切った通院患者に
噂好きのお見舞い主婦たちの長居

老人が老人を介護する、あるいは
年老いた夫が行末のない妻を……。
身体に悪いと知りながら
食べかければ必ず残すプリン
病棟に戻らなくてはならないと知りながら
初夏の風を真正面から受けたい老いた女
窓の向こうには同じ速度で佇む深緑の木々
   もどらなければ ((病室へ
   かえらなければ ((何処に?
足先の言うことも踵の言うことも
聞こえているから 怖くて立っていられない

看護師が帰り 中学生が帰り
すべての会話が黙ってしまった後に
いつまでも病室に戻らない妻を心配して
肩を抱く老いた夫
午後一時半をとうに過ぎていった風にゆれて
いつまでも窓の外に 取り残されていたい女
座っていることも出来ず 
並べられた二つの椅子に 横たわり
しきりに窓の外を見つめている

目に映るのは 憧れだけで作られた外の世界
不平も不満もない、淋しいとも叫ばせない、
完璧に用意された 懐かしい町を
彼女はひたすら 眺めていた
           *
──みんなどこへ行ってしまったのだろう
誰もいなくなった休憩室に
大きな掃除機の音だけが
扉の向こう側から 今も、響いている

(いわき七夕朗読会での朗読作品)

投稿者 tukiyomi : 20:40 | コメント (0) | トラックバック

鍵っ子

両親から持たされて鞄の奥に仕舞っていた
親の言いつけだったのか
知り合いの噂話だったのか
人目には触れさせなかった、その鍵。

納戸の勝手口には突っ張り棒がしてあり
玄関口は内側からしか開けられない
何のための鍵であったかわからなかったが
この家の一番奥の仏壇の前の床の間へ
行くものだったのか
あるいは その手前の一人きりしか入れない
狭い部屋に続くものだったのか

わからない、鍵。

私は親の言いつけを守る子だった
バスが決められた時刻に決められた場所を
通過していくような
電車がスピードを落とすことなく目的地を
目指すような
両親と私をつなぐ鍵付きの私を私は守った

でも、鍵。

母親との言い争いで飛び出した夜に
私が鍵を守っていることを知った人が現れて
その人と鍵の交換をしてしまう
私が手渡してしまった、その鍵。

その人は深夜に私の家に入り込んで
土間を渡り 次々と襖を開けていき
仏壇の横で泣いている私を見つけると
手をつないで行ってしまった

その人が何を言ったのか思い出せないのだが
人の話によれば
私はもう鍵っ子ではないという
         *
私はその日以来
納戸の勝手口に突っ張り棒をして
自分で玄関口の内側に立ち 
その手で錠をおろす
仏壇の床の間に行くまでの道順を
学校で暗唱し
電気の灯らない黒い狭い部屋で
白い骨と向き合い
誰とも本音で話すことができない、人の鍵。

飛び出したのか、それとも入っているのか
わからない家と鍵のことばかり気にしながら
両親の知る私に戻るため
夕暮れの坂道を どこまでも どこまでも
うつむきながら 黙って歩く

投稿者 tukiyomi : 20:20 | コメント (0) | トラックバック

2018年07月16日

父のことなど(短歌)

父の日に孝行するはずの父はなし仏間で独り呟けば闇


言葉なく言葉失い向き合えば 遺影の父は親より親に


アイフォンとアイスノンに挟まれた頭で語る父のことなど


横たわる娘を支えるこの家の 大黒柱の位置さえ見えず


お父ちゃんが死んだら困るやろ?成仏できない父の心配


投稿者 tukiyomi : 21:58 | コメント (0) | トラックバック

西日

一日の終わりに西日を拝める者と 西日と沈む者
上り坂を登り終えて病院に辿り着く者と そうでない者
病院の坂を自分の足で踏みしめて降りられる者と 足のない者
西日の射す山の境界線で鬩ぎあいの血が
空に散らばり 山並みを染めていく
そこから手を振る者と こちらから手を振る者
「いってきます」なのか、「さよなら」なのか

西日の射す広場で押し車を突く老いた母と息子の長い影を
またいでいく、若い女性の明日の予定と夕飯の買い物の言伝が
駐車場から響いてくる

私の額には冷えピタ
熱っぽい体にあたる肌に感じる暮れの寒さ
胃の中に生モノが入っても消化していく胃袋
そういうものについて西日が照らしたもの、
取り上げていったもの、
一区切りつけたもの、

誰かの一日が沈み 何処かで一日が昇っていく
その境目のベンチに腰を下ろし
宛てのない悲しみについて思案する
陽に照らされた私の左横顔は
顔の見えない右横顔にどんどん消されていく

ツバメがためらわず巣に帰るように
カラスに七つの子が待つように
みんな家に帰れただろうか
ヒバリは鳴き止み アマガエルが雨を呼ぶ頃
暮れた一日に当たり前たちが 
安堵の音を立てて玄関の扉を閉めていく

生きる手応えと 生ききれなかった血痕を吐き
私もまた鳥目になる前に 
宛てのない文字列を終えなければ


影絵になって消えていった人に
「いってきます」でもなく「さよなら」でもなく
「またいつか・・・」と 
その先の言葉に手を振るだろう

寂しさを焦がす赤い涙目の炎に射抜かれて
私も自分の故郷に帰れるだろうか
家族と仲良く暮らせるだろうか

蜃気楼に揺らぐ巨大な瞳が桃源郷を作り出し
酷く滲んで 私を夕焼けの下へと連れていく

モノクローム創刊号掲載作品

投稿者 tukiyomi : 21:40 | コメント (0) | トラックバック

ウイルス・スキャン

真夜中にウイルス・スキャンを実行して
モニターを見ながら怯えている
ブロックされた危険な接続の中に
今日も同じ顔を見つけた

この顔はファミレスでおなじみの
おばちゃんたちの自慢話と劣等感の駆け引きの中で
泡立ったメロンソーダーの中の不純物
その隅で立ち上がる甲高い声はトロクサイと、高齢者を嗤う
ラインが止まない女子高生のIDとIPアドレス

ファミレスの町ぐるみ検診を何度も起動させると
真夜中に胃がキリキリと痛む
体内に悪いウイルスがいるせいだと 医者は語る

私の胸部も頭部も異常がないのに
悪いことを見つけたら罰したい寂しさが
液晶画面を青に変える

毎日をスキャンして安心したい
   (私は安全だ、と
毎日を表示して教えてほしい
   (ウイルスはいませんでした、と
毎日を毎日フルスキャンして 私は木端微塵に疲れていく
   (駆除したいのか、駆除されたいのか

デイスプレイに映る 私の小心者が
私を乗っ取り、私に成りすまし、私に取り付き
私のデーターを引き出し、私を裸の王様に仕立て上げる

ウイルスは駆除、ウイルスは排斥、
そんな口論で日は暮れて 誰に何が守れただろう

「悪いことをする人は どこか淋しい目をしているね」って
言葉を思い返すと ウイルスがまた一つ
胸のあたりから侵入してくる

モニターをうろつく小さな
「つながりたい」が悪意を持って涙するが
押しかけられても守ってやることはできない

私はただ私の手で真夜中を行き惑う
画面に引っかかった私の意気地なしを拾い集めると
何食わぬ顔をして
自分自身を シュレッダーに投げ入れる


ファントム3号掲載原稿

投稿者 tukiyomi : 21:30 | コメント (0) | トラックバック