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2013年08月15日

どこへ

どこへ


病院の食堂を占領して聞こえてくるのは
明日の仕込みや日替わり定食の在庫を数える
炊事のおばさんの障子をビリビリ破る声
「分かったの?」 「返事は?」
白い三角巾の黒い対応は繰り返され
声はスピードを上げて走り出す

けれど
食堂の最前列の窓際に黙って腰掛け
薄められた日替わり定食を食べる老夫婦の
背中に差し込む日差しのカラーは
優しい黄緑色に照らされていた

幾度も咳き込み鼻と喉にチューブの管を通された
旦那さんを介護するため片足を引きずりながらの老婦人
ご飯を小さじスプーンで一掬いすると 
咳と共に吐き飛ばされる米粒
よそ見してくれる妻を
上目遣いですまなさそうに彼女を見ながら
味噌汁を飲み干す夫
窓側の向こうを見つめ続ける婦人のかけた
眼鏡の片隅で
若き日々の二人はまだ生きている

車椅子の夫との二人三脚で歩みながら
躓いた妻の重い片足
それでも他人とは明るく振る舞おうとする声で
彼女は車椅子のグリップを
強く握ったまま押し通す
夫を乗せた車椅子の
沈黙の硬さを守り通して

(どこへ・・・いくの・・・どこかへいくんでしょ・・・?)

すれ違う知り合いの一人が
「だいぶ良くなったわね、元気だしよ!」
の 一声に
眼鏡からとうとう涙を零し
「ありがとね。ありがとね。」
という老婦人とわずかな声を振り絞って
感謝の言葉を掠れた声で届ける夫

ああ・・・二人は私の両親だ・・・。

田舎の不便な市立病院のタクシーの電話番号を
何度も婦人はかけ間違いながら
遅くやってきた黒いタクシーに
ゆっくりと重い体を折りたたんで
老夫婦は消えていった

夕暮れの陽差しに濃い影を残して
二人して どこへ・・・?

投稿者 つるぎ れい : 19:36 | コメント (0) | トラックバック

深海魚

深海魚


潰された光の魚群
盲しいた魚の涙は
静寂に押し込められた
鱗の形

珊瑚に隠した憂いが
光にゆらめく
届かない
羨望の泉水

私の真昼は奪われ続け
動くことも海流にのる術もままならず
幻影だけが水面に浮上し
一片の残骸も遺さないまま
私の訃報が水底で渦を巻く

迷子になった
私の亡霊が
漂流して
盲目に
魂のよみがえりを繰り返す

夜明けに
憧憬の念を抱いて
迷妄の波にさらわれた
己に泣いてみても
黎明も届かない
毎日に
今日を沈めて
目を閉じる

投稿者 つるぎ れい : 19:33 | コメント (0) | トラックバック

奴隷画家の恋

奴隷画家の恋


寂しさに 色をのせればセピア色 インク一つで終わらせた恋


黙ります 薬も飲みます だからまた 愛してください 絵じゃなく私を


なんで生まれてきたんだろう 獄中の裸婦 淋しい魂


誰一人出会わなければ深海で 眠れる盲しいた魚になれた


愛される 愛されないは 言葉遣い 金で雇った奴隷に轡


目も口も 耳も舌も塞ぎなさい 絵をかきなさい それが契約


誰も皆 花咲くように 嘘をつく 雨降るように 涙流れる


捨てられて ひび割れても まだ雨は 気が触れるまで 降れない予報


たくさんの たくさんの詩はいりません 手錠のような色インクたち


あの人に 私の言葉は通じない だから愛すら響かない日々

投稿者 つるぎ れい : 19:30 | コメント (0) | トラックバック

少年の向日葵

少年の向日葵


焼け野原に
ひと粒 希望を植えた
今度帰ってくるときに
黒い雨を突き抜けて
太陽は咲いているだろうか
どうしても確かめたくて
ぼくのこころを 焦土に植え付けた

おんぼろ小屋や
瓦礫の合間を 潜って
廃屋のがらんどうを 越えて
真っ直ぐに見える
その黄色い希望の花は
真ん中にぎっしりと 黒い種つけては
ぼくの帰りを待っていた

(あぁ、ぼくが夢見たものは
   賑やかな子どもの笑い声と黄色い光)

回り道をしても 見える
太陽を揺るがす夏の花に
ぼくは瓦礫の街をはしゃいで走った
昭和のポケットに うずくまった
タイムカプセルの思い出は
今では
どこでも咲く六十年前の太陽の日差し

夏にニヤケて
照れくさそうに
焦げ焦げ顔で
囁く向日葵は
ぼくにだけ聞こえる声で
「ただただ、生んでくれてありがとう」と 
ひと粒
コトバのような 種を落とした

投稿者 つるぎ れい : 19:27 | コメント (0) | トラックバック