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2016年02月15日

黒い手袋

トイレで赤い卵を流したあと冷蔵庫から野菜ジュースを取り出そうとして
玉子を床に二つ落として割れてしまった。かろうじて玉子の形をとどめた
まま中身は放り出されなかったので、フライパンで割れた玉子を溶かして
目玉焼きにした。黒いフライパンの底から二つの目玉が私を睨んでトイレ
で、さっき流した卵たちについて意見する。煩いので黒コショウピリピリ
に撒いて黙らせて、白米お茶碗一杯分と一緒に平らげてやった。

              ※

お腹の中で、私のお腹をすかして見ている目玉焼の目玉たちが、私の頭の中を
キョロキョロと見渡し頭部から、黒い手袋を見つけ出して、ニヤニヤした目を
向ける。それは粉雪の舞う日に、遠い町のコンビニの前の、排水溝から地上に
向かって三本の指を立てている、婦人用の真新しい手袋だった。その日限りの
寒さを凌ぐ為にデートか何かの用足しに見栄えの張った少し高級な手袋の片手
は、もう除雪車に泥をかけられその場限りの使用品で購入されたものだと一目
でわかった。コンビニを出ていくサラリーマンが、知らずにその手袋を踏みつ
けると雪が手袋ごと凍結したせいか、滑って転倒しそうになる。次にヒールの
女性の踵が排水溝の囲いの網の目に挟まって、蹴躓いて倒れこむ。
黒い手袋は誰かを待っている。誰でもいいのかもしれないし、黒い手袋のもう
片割れかもしれない。
けれど、安易に買われて冷たい外景に放り出された「かなしみ」は尖ったまま
突き刺さって地下へと、人間の足首を掴んで、引きずりこもうと容赦はない。
「にくしみ」は吹き叫ぶ。「かなしみ」突き刺さる。凍える吹雪の中を白い
風景に揉みくちゃにされながら、黒い手袋の周りに渦を巻くその黒い怒りは
一層際立って、私を見据えて私を燃やそうとしていた。

                ※

トイレで赤い卵を二つ、割って流してきた。冷蔵庫の扉を開いたら、突然割れた
二つの玉子。目玉焼きにして黒コショウで焼き上げたのに、口から私の身体の、
どこかに埋もれてゆく。あの遠い駅で黒い手袋を見つけた私の頭にのぼる目玉。
私は体の下腹部をさすり素手で言い聞かせる。
             /もう、メタファーで動く生活だけはしたくない。


投稿者 tukiyomi : 21:55 | コメント (0) | トラックバック

2016年02月09日

魔女

(ソンナコト、イウ、ミサチャン、ナンカ、キライ。
ふたりは同じ薄ピンクのフレアースカートとツインテールの幼稚園児
ミサに、少女は拒絶の言葉を投げつける、と
ミサは酷く優しい顔をして、とても悲しい口調で少女を抱き寄せる
(アナタガ、ソンナコト、イウノハ、魔女ノ魔法ニ、カカッタカラデスネ。
手を引っ張って抱き寄せて、抱きしめて、抱きしめて、抱きしめて、
(カワイソウナ、女の子、デスネ。
耳元で言い包めた言葉が脳も身体も引き寄せて溶かし始めて包めとり
彼女の凍れる炎を、胸元の体温で出来た小さな松明で燃やしていく
   
    その呪文、その遊び、その血を秘めた、ミサ
    同じ服装、同じ髪型、けれど、
    キライをスキに変えてしまう呪文がつかえる、ミサ
    その妖しさは女だけが引き継ぎ、独占してきた魅了の悪戯

少女とミサは手を繋いで帰って行く
ミサの足元から伸びた影は狭い路地で もう、この街中に溶けて流れ出した

               ※

夜の街に女たちは大通りに隠れた狭い路地で 煙草に火を灯す
女のにおいを消しながら魔女に必要な炎を片手にかざして笑う

今夜生贄になる男を 吸殻一本にするために
青白く細く長い、指から、靄を独り、遊ばせながら
その、ケムリの行く末を 
弔いの唄に、換えるために

投稿者 tukiyomi : 22:41 | コメント (0) | トラックバック

2016年02月03日

白紙の回答 ーあなたへー

生きながらえて帰れば 非国民と呼ばれ
生きていたら 厄介者扱いされ
息をしていたら 珍しがられ
長生きをし過ぎると
見なくていいものまで見えてしまう

あなたの青春は何色でしたか
ホタルノヒカリはまだ覚えていますか
過ぎ去っていく者たち、立ち止まる者たちの光と影を
胸に乱反射させ
送り出してきたあなたの、途上に一篇の詩

桜の花の咲くころに
花びらの色を指で触れながら
約束された惜春の甘さを
振り返る

夜、ひらかれた扉に立ち
光が差し込む窓辺から
放たれる、あなたは
透明なコトバになった紙飛行機

身軽になったあなたは 
桜、舞散る空を 
白紙の回答用紙になって
風に呼ばれるままに 飛んでゆく

投稿者 tukiyomi : 21:09 | コメント (0) | トラックバック

2016年02月01日

都女

ビニールテントのテラスから遮断された人と人
店の中でこじれる男女の恋愛騒動が綺麗に片付くころ
会社のやり方が気に入らない中間管理職同士のマグカップは 
同じ濃さの苦さで話をかき混ぜ 飲み干すことが出来ないままだ

駅に向かうハーフコートや腕を組み合うストールの女とジャケットの男
ビニールテントのテラスから みんなきれいに歪んで見える
幾度となく過ぎるバスのライトに顔を見つけられたなら
私は今日 表参道で縛られ吊り下げられる、顔のない黒い女になってみたい
マスクと仮面をつけた人の拍手喝采と気味悪い笑いの中で
もっと赤い口紅で薄気味悪く笑ってやりたい

でも、
私は、正月にクリスマスリースを着せられたまま放置されたカーネルサンダース
ドナルドの姿をして陽気に笑ってみるバイトの中身、カラ元気のような疲労が私
マスコットキャラの細い目に マジックで涙マークをつけてやりたい
みんな淋しいことを知っているから できるだけ楽しそうに街を彩りたがる
それぞれのステージでそれぞれの演目 
アドリブは華やかに毎日を弾ませる
そう、アドリブだから本気で泣く日なんか来やしない

明日や朝日が片付けていく 今日の憂鬱をビルの谷間に捨てるため
緑の山手線に乗せて渋谷経由で 赤い丸ノ内まで運んでもらおう
赤と緑のポインセチアは クリスマスにしか店頭を飾らないじゃないか
そんな対照色な生き方をしてみたくても 
雪が怖くてヒールもはけない臆病者では 
尖った音を立てることもない

帰路を歩む靴音が 現実を引きずって進むたび
表参道にいる私がこっちを向いて笑ってやがる
昼夜問わず、遊び疲れ果てる外反母趾にはなれなくて
所詮、会社と自宅を重い鞄をぶら下げて往復する
鬱病背負いの、膝関節症がお似合い愚さ

都にいるのにトウキョウに辿り着けない女
/私は都会で一番、不具合な女になりたい

投稿者 tukiyomi : 23:29 | コメント (0) | トラックバック