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2009年10月23日

ツトム君の電車

ツトム君の電車 「先生!」  生徒の絵を見回っていた私の背後から、勢いのよい一つの声。 「先生!僕の宿題も見てよ!」  宿題というのは、二週間前に、 「何でもいいから好きなモノを描いてきましょう。」 と、言っておいたことだった。  声の主は、何でもかんでも堂々と描くツトム君。私は、この子の絵が何故か好きだった。小学二年生の絵に、遠近感や陰影を求めるのは無理と分かっているのですが、このツトム君の絵は、本当に我が儘に出来上がることが多かったのです。  秋の写生大会においても、奥山寺という寺を描きに行ったのに、ツトム君は画用紙いっぱいに鬼瓦だけを描いたり、姫路城を写生に行っても、近くの動物園まで歩いて行って、孔雀を描いたり、絶対に人の言うモノを描かない子でした。(しかも、その鬼瓦は恐ろしい形相をしているくせに、全色ピンクなのです。)  しかし、仕上がる彼の絵は、どんな時だって迷いがなく、いきいきとして、人をうち負かすような熱意が感じられました。他人を振り向かせる程の自信と、常に激しく自己主張する彼の絵が、私は好きだったのです。  だから、ツトム君の宿題を見た時、正直ひどく落胆しました。何故って、彼の画用紙には、今にも廃車になりそうな黒い小さな電車が、長い長い線路の上に横たわっているだけなのですから‥‥。 「ツトム君、これが君の好きなモノなの?」 「うん。」 「何だか寂しそうね。」 「寂しい?違うよ。先生。この電車は今から出発するんだよ。」 「中には人がいないみたいだし‥‥。」 「だって、乗り物酔いするからって、お母さんが乗っちゃいけないっていうんだもん。」 「じゃ、絵の中だけでも乗せてあげたら?」 「ダメだよ!電車の中はきっとつまらないよ。外から見てるほうが絶対かっこいいよ。」 熱っぽい口調でしゃべり続けるツトム君。私はただただ曖昧な返事をしました。 「そんなものかしら?」 「そうだよ先生。それにこれは僕の為の電車だから、誰も乗っちゃいけないんだよ。  ツトム君の宿題は全部で四枚。  どうやら電車シリーズは続くみたいです。彼は二枚目の電車の絵を私に見せました。  なるほど、二枚目の絵は一枚目に比べて楽しそうです。まず電車がはじめのものより、ひとまわり大きくなっていること。次に辺りが、大きな木と花や田畑に囲まれていること。そして山沿いに家があって、小さな少年が手を振って喜んでいること。  どれをとっても明らかに以前の寂しさは消えていました。画用紙の上はツトム君の幸せでいっぱいです。 「楽しそうな絵ね。」 「電車が僕の町にやって来たんだ。ここまで来るにはきっと、たくさんの木や花を見て、僕の知らない道を通ってきたんだ。」 「だからこんなに、賑やかなのね。」 「そう。この電車は、僕の夢に向かって走ってるんだよ。」  そう言うツトム君の顔は、本当に幸せそうでした。 三枚目の電車は二枚目よりさらに大きくなっていました。どうやらツトム君の電車は成長しているようです。景色は二枚目とほとんど変わっていませんでしたが、山沿いにいた少年が電車の傍で大きく描かれていました。 「この男の子はツトム君なの?」 「うん。」 「前より大きくなっているわ‥‥どうして?」 「それはね‥‥。」  ツトム君はその時、今まで見せたことのない不思議な冷笑を浮かべました。そしてひどく無防備な仕草で、ゆっくりと三枚目の絵をめくりました。  下から現れたのは、画面いっぱいに描かれた真っ赤な電車。今にも爆音が聞こえてきそうな暴走する赤い電車だったのです。  線路はありません。風景もありません。人もいません。  自然や生命からかけはなれた赤い人工物が、悪魔の玩具のような姿で画用紙にベッタリとはりついていました。  うまく描かれていました。スピード感もあって、細部まで細かく描かれていて‥‥。  けれど私はただ黙ってその電車を見る事しかできませんでした。もしかしたら私は恐ろしい顔をしていたかもしれません。  ツトム君が私の顔を笑って見つめています。どうやら、自分の最高傑作に対する誉め言葉を心弾ませて待っているのでしょう。しかし、私はこの電車が赤い理由を知っているから、何も言えませんでした。おそらくツトム君は大好きな電車の前に飛び出したのでしょう。そして、これが彼の夢なのです。  私の言葉は、明らかにツトム君の期待を裏切るものでした。 「痛かったでしょ‥‥?」  恍惚な表情を浮かべていた彼の瞳は、私の言葉を前にして、いくらかその色を失いました。そして、黒い瞳をますます黒くして過剰の熱意をもって語るのです。 「どうして?先生は好きなものを描けって言ったじゃない。好きなものと一緒になったのに、どうして痛いの?」

投稿者 つるぎ れい : 17:44 | コメント (0) | トラックバック

2009年10月15日

首輪

首輪 貴女の乳白色の肌が 白い陶磁器になる古城 鼓動を奪われ 口唇からは渇いた声 覚えたてのおねだりのポーズをとりながら 熟れすぎてたぎった舌を差し出した時 私は微笑しながら赤ワインをその胸に滴らせた 愛玩物の哀願の表情で 錆びた教会の十字架に背を向けたまま 私たちは祭壇で獰猛に交尾し 所有の刻印を 身体中に散りばめた 月が七度巡っても 飽きることなく お互いに貪り続けて、廃墟の風景に鮮色をおとした 嘲笑いながらキリストの血を飲んだのは 余りにその食感が 貴女の性器に似ていたからだ 人間に生まれ感情を憎む貴女よ ならば、ここで再生し私の鳥籠の中でだけ啼けばいい 囚われ人の優越と 夜の悦楽を捧げよう まずは貴女に似合う 黒皮の重い首輪を裸体に纏いたまえ 染み込む汗と涙と唾液が愛証の印 首輪は 貴女の自我を締め上げ貴女は美しく覚醒する 気が狂うほどの法悦とともに いづれは四肢全てを拘束し 私だけのビスクドールに作り替えてあげるから 今は素直に 言えばいい 誓いの首輪の世界に飢えていると 光の眩しさなど もういらないと

投稿者 つるぎ れい : 09:56 | コメント (0) | トラックバック

2009年09月13日

閉ざされたアトリエ

閉ざされたアトリエ                               呪文は「花に毒薬、姫にヘビ」  助けに参りました姫、私は隣国の王子、名はヘビと申す者です  こんな閉ざされたアトリエで、貴女は何を描くのでしょう  こんな光も射さない暗闇で貴女は何を描けるのでしょう  家老の者たちが外の世界を遮断したのですね  姫、私は外界の美しい色をしたものたちを知っています  私は地を這う者です  姫、貴女に足りないのは色です  花には水が必要なのです  貴女が知りたがっていた外の色を貴女のなか体内へ入れてご覧にいれましょう  さぁ体も心も私にゆだねなさい 麗しき幽閉王女よ  では私を飲み込むのです  何を恥じらうのですか  姫ともあろう方が怖いのですか  赤黒い細い舌先でくすぐられただけで花弁がふるえていますよ  さぁは挿いりますよ  鱗がこすれるのがたまらないのでしょう  そんなはしたないお声をあげて 啼きながらうれしがって  貴女はよほどこの時を望んでおられたのですね  私が貴女にお教えする色は甘美な毒と蜜の味  この味を知ったなら このアトリエは無用の城壁  もう絵など描かなくても良いのです  ただ私と交わり混ざり合い 一つになる快楽を求めるままにむさぼるのみ  天上の姫、地上のヘビ  決して触れ合うことのない二人が突き上げ突き堕とした毒のなか胎  さぁ合い言葉を  ふるえるその清らかな唇から、淫猥なる至上のうた詩を!  「花に毒薬、姫にヘビ」  かくして暗闇に一条の光が射して  薄汚いキャンバスには艶美に狂う蛇二匹  千年来世の夢を見る

投稿者 つるぎ れい : 12:10 | コメント (0) | トラックバック

2009年08月30日

    パチンコ屋の換金所の前で、もう何時間も一人遊びをしている子供がいた。 台車にぶら下がったり、独り言を喋ったり・・・。  どうやらこの子の両親は、パチンコに夢中になっているらしい。 「おばちゃん、コレ開けて。」  ガチャガチャの機械から取り出したプラスチックの丸いボールの蓋を開けてと言う。 「ありがとう。」  女の子は無邪気な笑顔で、再び換金所の前に座る。  夕陽は傾きかけていた。 ‘‘この子の親はどうしているのだろう・・・。‘‘ そう考えていた時、それを見ていた私の母が、ふと 「あの子は強い子になるだろう・・・。孤独ということからは強い子になる。」 と、呟いた。  その時、女の子の母親らしき人が 「もう、中で遊びなさいって言ったじゃない!!」 と、女の子の手を引っ張った。  その子は母親の大きなお腹をさすっては 「赤ちゃん、赤ちゃん。」 と、はしゃいだ。  どうやら母親は妊婦らしい。 そして換金所で働く母の話では、毎月二回、土曜日曜は、女の子は換金所の前で遊ぶ。 「孤独に強い子になる」  私の母の一言が、頭の中でリフレインする。  果たしてそうだろうか? 今度は赤ちゃんが産まれるというのに。 赤ちゃんが産まれたら、母親は姉になるその子の面倒まで見れるだろうか。 幼い頃の愛情不足が、大きくなって暴走しなければいいのだけれど。  その子も淋しい。  私も何だかやるせない。  また、パチンコでしか満たされないその子の親すらも・・・。  いつからこの国は、こんな孤独な社会になったのだろう。 夕陽はもう、すでに沈んでしまったというのに。  それでも少女は、自分にしかわからない唄を歌っている。 -------------------------------------------------------------------------------- 散文(批評随筆小説等) 唄 Copyright 為平 澪 2009-07-25 05:28:53縦  

投稿者 つるぎ れい : 12:30 | コメント (0) | トラックバック

ハンマー

ハンマー おいらの家は解体屋だから、難しいことはよくわからねえ。  今日も親方に呼ばれて仕事をする。  扉を叩いて壊す。  瓦礫をトラックに積む。  そうしているうちに、隣近所の女の子が一人、おいらに向かって喋りかけた。 「おじさん。おじさんは、どれだけの思い出を壊してきたの?その家にはある家族が住んでいて、犬を飼っていたよ。おばさんは陽気で近所の人気者、おじさんは大工で家を立てる仕事をしてたよ。その夫婦には子供がいて、子供はお嫁さんになって、また子供を産んだよ。本当に幸せな家庭だったけど、いろいろあって、この家を手放さなきゃいけなくなったの。この家のおじさんは出て行く前日、昔の思い出を語っていったよ。前の池でジャコ取りをした事、大工として腕が認められたこと、一人前になっておばさんをお嫁さんにもらって、この家を建てたこと、子供を産んで親になることの喜び、帰ってくる家の灯りのありがたさ。近所の人の温かさ、孫に帰る故郷のない事実の辛さ。自分の責任のなさ、それらをみんな言ったら、ただ黙って泣いていたよ。それがここの主人の最後の姿だった・・・。」 「・・・・・・。」 「おじさん。おじさんに家庭の事情とか、現実の厳しさなんていいたいんじゃないんだ。  ただ、ただね。家って言うのは、居場所なんだよ。おじさんの持つハンマーは、それを知って使っているの?」 「・・・・・。」 「ごめん。責めてる訳じゃなくって、ただ、見晴らしが良くなりすぎて、私、とっても悲しかったの。 そして、知ってて欲しかったんだ。同じハンマーを持つ人間が壊すことも、創り出せることもできるという事を・・・ちゃんと、・・・知ってて欲しかったんだ・・・。」  おいらには難しいことはわからねえ。  今日も親方に言われたように仕事をする。  ただ違うのは、右手のハンマーがいつもより少し重いこと。 -------------------------------------------------------------------------------- 散文(批評随筆小説等) ハンマー Copyright 為平 澪 2009-07-25 06:03:30縦  

投稿者 つるぎ れい : 12:21 | コメント (0) | トラックバック