« 2017年01月 | メイン | 2017年03月 »

2017年02月23日

夜の石

夜、池に石を投げた人がいて
石に私の名前が書いてあったと噂した

池に波紋が広がって
石を投げたのは私だと
池は被害者面して 波風立てた

 (名前が書いてあるそうじゃないか
 (お前の名前のようにきっと汚い字なんだろう

池に呑み込まれた 証拠品
私の意志だという 物品

私はいきなり池に沈められ
口がきけなくなった

夜、池は口を開いて
私を沈めた、と
石を投げた人に報告すると
投げた人は 静かに嗤った


(samusing24  掲載作品)

投稿者 tukiyomi : 22:30 | コメント (0) | トラックバック

望遠カメラ

高級カタログで見た望遠カメラ
小田急線で持っている人を見かけて
少しだけ羨ましかった

ある日 望遠カメラをくれるという人が現れて
私は有頂天で貰い受けた

ピントの合わせ方も手つきも 儘ならなくて
もどかしいだけの品物だったけど
ずっしり重いボディが程よく 腕に馴染むころ
女郎蜘蛛たちの罠にかかった獲物の言い訳や
背丈を競い合うセイタカアワダチソウの企みや
顔のない都会の上面くらいには
ピントを合わせられるようになった

私は望遠レンズが見せる景色に夢中になった
見えなかったもの、知らなかったこと、
美しいものと、汚いもの、
何もかもが新鮮で 私の目はレンズが映しだす
正義の言いなりになった

もっと高い所へ、もっと高い所から、もっとすごい高みへと
焦点を合わせようとした時 足元が何かにつまずいた

─ 老いた母の死体だった

壊れたカメラを抱いて
ピントのずれた頭と焦点の合わない目をした私が
瞳孔を開いたままの母の目に 写し出されていた


季刊誌PO164号 掲載作品

投稿者 tukiyomi : 22:25 | コメント (0) | トラックバック

2017年02月20日

くずのつる

       ※

 (君、あの鞄は君に似合うが荷物になるかもしれない。
 (なぜなら、荷物とわかるには一度持ってみなけりゃわからない。
 (鞄がお荷物とわかったならばただのクズだよ。

           ※

抑圧の、
その抑圧の、
押しきれない叫びは
その時、確かに頭を壊した

立ち止まらせる世界の二元論の内に私の居場所は無く
立ち進む二足の靴の歩みは
目の前の深みへ、その前の、より深遠なる深みへと招き寄せる

(どこかでサイレンの音がする・・・

足先は水を拒なかった
生きること、生きていること、生きてゆくことが
こんなにも寒いものだと
身体に教えてくれた二人の少女の姿は
夏と冬の池にカタチを滅ぼされたまま
水に浮かんで背を向けたままで顔は閉ざされた

(どこかで響くサイレンが・・・
(夜の号泣にも似て、朝の警笛にも似て、

浸かってしまえばよかったのだ 私など
もっと深みに沈んでしまえ 頭など
けれど、
くずのつる、

老いて乾いた細いくずのつる一本に芽吹く友の悲涙の尖り
その悲愴なまでの憤りが私を時代の群れに還らせる

(まだ、戦えと、まだ闘えというのか、
(捨てられたものよ、また、打ち捨てられるために、
(―――――――へ、と、

くずのつる、の、クズとして
来るべき春に立ち還れなかった骸の眼たちを一筋握りしめ
もはや唇すら動かない私をのぞき見る、くずのめ、
惨烈を極めた死人への報復には 鮮やかな生への執着を餞に
生ききる、という執念の覚悟に他ならないと
私の内にながれる炎を見破る、くずの、・・・、くずの、め、

面影の過失が記憶を横切り とおい惜春の痛みと共に
その深みを掘り当てれば
まるい過去が嗚咽になって 堰を切って流れ落ち
くずのつるを握った手の甲を濡らす、小さな水たまりに
顔のない真っ赤な女の子が 二人泳いでいる

投稿者 tukiyomi : 23:57 | コメント (0) | トラックバック