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2012年07月09日

生きる

生きる


何もかもが嫌になってさっき睡眠薬を多量に飲んだ
私は健常者ではない。一生手立てのないある疾患を持っていた。
父はいない。母は仕事。娘が死のうとするその瞬間さえも仕事。
毎日息をするのも辛い。無理して笑ってみても変な顔
人は病人の気持ちなんて分からない。
頑張れないときに頑張れと、励ます友人の心強さが恨めしかった。

私は目前の池に目を向ける。
ゆっくり入水自殺する。一挙手一投足が自殺。
私は狂っている。私はいらない子。私は誰からも愛されない。

沈んでゆく私の手のひらに猫じゃらし。
最期の草。もう晩秋。
私と同じように朽ちてゆくのか。
ねえ、これが最期。最期だけ良いことをしよう。
引っ張らないでいてあげる。
そうしたら、お前はその体に撓わな種をつけ
来年の春にはお前の分身を生み、春の陽気に微睡み
夏の陽差しを乗り越え、また来年の今頃には
一生懸命に生きて新しい自分の分身を生み出す。
それが、自然の理。

あぁ、今、わかった。
私に足りなかったものはそうゆうものなのだ .
誰かに褒めてもらおうとか
誰かに愛されたいとか
という孤独な虚栄心
ただそこにあるだけで
必要とされる生きているものの温かさ。

そういうものに生まれ変われるなら
私は心の底から「生きたい」と願うのだ。

投稿者 つるぎ れい : 14:10 | コメント (0) | トラックバック

2009年10月24日

きれいな瞳

きれいな瞳 その日は、ある宗教法人から、自宅に帰る途中だった。 「神様は良い事しかつくらない。そして人間は神の子であって、魂は無限成長する」 そんなことばに感化された私は、じっとしていられない喜びに満ちた昂奮と」、感動で、電車に揺られ、大阪駅に着いた。 夕方、六時。 プラットホームに立って、電車を見送る。 電車の窓から見えていたものは、ニコリともしないくたびれたおじさんの顔。 うつむいたサラリーマン 。 つかれきった人間の姿。 私はそんな光景を見て、なんだか苦しくなった。 「神様は、本当にあの人たちの中にもいるの?」 そんな疑問さえ、わいてくる。 電車はつかれきった人間を吐き出すと、またゆっくりと動き出し、素知らぬ顔を向けながら、やがて小さく、暗闇に消えていった。 朝、七時。 地元の田舎道を歩く。 朝焼けの中、刈り込まれた稲に、うっすらと露が残っていた。 少し寒いが、凛とした空気の中、私はいた。 久しぶりに見る懐かしい景色に、なんだか穏やかな気持ちにさえなってくる。 前方に自転車に乗った女子高生が、こっちを向いた。 白い頬を赤らめ、恥ずかしそうに「おはようございます」と言って、一礼する。 私もあいさつをして、頭を垂れる。 そんな私を見ると、少し笑って力強くペダルをこいで、学校へ向かう。 もう、私の事など忘れてしまったというように、前へ前へと進んでゆく。 あぁ!  あれは、私だ! 朝練の部活、大好きな教科と、苦手な先生。 学校に行けば、仲間がいて、恋人がいて。 自分の進路の事よりも、どうすれば授業中にお腹の音を消せるかに、神経を集中させていた私。 どうすれば、好きな人に想いが伝わるか、悩んでいた私。 明日もまた、そんな平凡な幸せが来ると信じていた私。 そんな自分が大好きだった私・・・・。 きれいな瞳をした少女。 その姿を見送る私も、きっときれいな瞳をしていたに違いない。 その時私が見たものは、この国のささやかな平和の姿であったのだから。

投稿者 つるぎ れい : 08:19 | コメント (0) | トラックバック