« 2019年12月 | メイン | 2020年04月 »

2020年03月22日

単細胞

本能だけで生きている
あられもない自分のこと以外知る由もない
けれど真ん中に込み上げる淋しさについて
幾度も躓く

単細胞は一つであるということ以外何も持たない
【自分でいる、自分がある!】
当たり前の事を言いまわる
むき出しのバカの自由(それでいい)

淋しさは淋しさを呼ぶ
やがて卵子と結合し 
一体感を得た途端に分裂が始まった

見る
触れる
聞こえる
感じる
味わえる

単細胞は五感をフル活動させ
多細胞で固められた人間組織として歩き回る

学んだ
体験した
人付き合いも覚えた
疲労した

沈まない多くの夜に目を凝らし
陰りのある朝の中を歩き続けた

なのに
学べば学ぶほど
人に出会えば出会うほどに
単細胞は 淋しくなった

単細胞は
賢くなりたかった
勉強したかった
そして 偉くなりたかった

しかし組織は管理と監視を続け
同じ組織の中で生きる単細胞同士でも
裏切ったなら 他愛もなく壊死させた

自分が息継ぎをするためには
相手の息を止めるしかない

疲労し老い、追いやられていくものたちを
単細胞は眺めるしかなかった

真ん中の肉を削り取るような隙間風が
どんどん通過していく

その風に運ばれていく
夥しい自分であったものたちを見送り
そしていつか自分も
そこにいくということを知っていた

単細胞が歩いて、歩いて、学んだことは 
これ、一つ

空を見上げて
【自分でいる、自分がある…!】
昔なら簡単に言えた言葉に押しつぶされて
バカみたいに青を滲ませて彼は泣いた

        *

頭上の空はどこまでも高く、広く、
単細胞が生まれた時のそのままで…。


投稿者 tukiyomi : 17:38 | コメント (0) | トラックバック

転がる

差点で行きかう人を 市バスから眺める
私には気付かずに
けれど 確実に交差していく人の、
行先は黒い地下への入口

冷房の効きすぎたバス
喋らない老人たち
太陽に乱反射する高層ビルの窓
その下に黙ってうつむく黒い向日葵
通り過ぎていく冷めきった人間たち

バスは座席からこぼれつづける多くの会話を
次の停留所で吐き出しては
また、新しい言葉を積んでいく

── 梅田の一等地あたりのマンションでいくらですか
── ロッカー、どっこも空いてないやん
── あの人いっつも家柄の自慢ばっかりやんか

『次は土佐堀三丁目』

大阪に網羅する血管の、
血が通っている所と、通わなくなった所
その、間の駅で降車する

改札口から吹き抜けていた風が
日照権のない平屋へ足を運ばせる
夜は 独り缶詰の底に沈んでいる家族の事などを想い
職場でハンマーを振り上げては
゛目玉焼きになる゛と 笑う父の姿が濃くなっていく

角の路地を出れば 小さなガラスケースの中
ウインナーとトースト、そして目玉焼きが
モーニングメニューとして
日焼けし、蝋細工の色は欠け落ちたままだ

違ってしまったのは
そこに何十年と通い詰めていた男が一人、減ったこと
一つ番地が消えたこと
以外、
変わったことなどさしてない

駅に向かう私を市バスたちが追い越していく
夕陽は黙ってうつむく私見つめて沈む

誰にも気づかれず死んでいく者の数を
あの赤い空は知っているのだろうか

        *

高架下の交差点で
誰かに放り棄てられたビール缶が
どこまでも転がっていく

ガラガラと音を立て うろつきながら
どうしようもないことに 
つぶされないように
横切っていく

私も素知らぬ顔をして
横断歩道を渡っていく

コンビニに入ると
店員はビール缶を棚に出しては
いくらでも並べてみせた

その手の裏側の方から
サイレンの音が鳴り響く


投稿者 tukiyomi : 17:33 | コメント (0) | トラックバック

降り積もる雪のように

あなたの望む
あなたにおなりなさい

例えば雪のように
柔らかく白く
降り積もりなさい

やがて踏みにじられ
汚されて逝く
その傷や痛みを
涙や嘘で繕うのです

そうして白い瘡蓋で
覆うのです

人はまるで
降り続ける白い粉雪
自分を掘り下げるように
自分を重ねて行く

投稿者 tukiyomi : 17:27 | コメント (0) | トラックバック

何時

死んだ父が
殺された、という
名札をつけて立っている

その横をコンビニ袋に
かつ丼を入れた男が
実存の靴を鳴らして歩く

蛍光灯の下で
頭だけ照らされた女が
命について考えると
部屋には沈黙が訛り
御霊だけが浮遊する

今とは一体、
何時のことだ

投稿者 tukiyomi : 17:24 | コメント (0) | トラックバック

白い炎

年末の庭に放置された大量の菊が
霜が降りる毎に人を誘う手をみせる

いつか燃やさなければ片付かないね、と
そればかり気にしていた母の、
指の第一関節はガンジキのように折れ曲がり
小さく縮んだ菊の亡骸を集めていた

仏壇の裏のセイタカアワダチソウが
鈍色の曇り空にトゲトゲしく突き刺さり
誰かの長い白髪のような枯草は
横倒しに倒れたまま土を覆い隠している

簡単に抜ける
色褪せたそれらのものを集めて鎌で束ねては
焼き場まで持っていく
母はその薄暗いものたちを上手に重ね合わせ
端が折れて黄ばんだ新聞紙を細長く丸めると
マッチを擦る

底に火を置かれたものたちが燻る焔をあげ
小さな骨が何度も折られる音が続き
やがて火は燃え広がっていく

いつか燃やしてしまわなければ…、と
自分に言い聞かせるように母が呟いた後、
あっという間に燃えてしまうものですね、
街から来たという男が古い家を背にして
正直に言う

玄関に注連縄のついたお飾りを吊るすと
そこから
母が入り、娘が入り、猫が入る

今年が無事だったことなど気にも留めず
暮れた寒村には消防団の夜回りの鐘が
夜の中で鳴り渡る

抒情文芸 2020年 春号

清水 哲男選(入選)

投稿者 tukiyomi : 17:18 | コメント (0) | トラックバック

2020年03月02日

考えない足

初めて履いた運動靴で 
私たちはどこへでも行けた
リュックサックを背負い水筒を持ち
少しのお金と自転車のペダルに乗せたその足で

行きたい所へとハンドルを切れた
時間は私たちの足の後から付いてきた
日時計だらけのデコボコ道を
どこまでも どこまでも

白い運動靴が汚れてきた頃
黒くい靴を履かなければ 行けない所が増えた
手首に巻かれていたのは 手錠のような時計

自転車は納屋の奥で錆びついた
ハンドルは固定されてタイヤは罅割れ
ペダルはもう、回らなかった

今、私は町の停留所で捨てられた牛になって
飼い主が迎えに来てくれそうな車を待つ
草臥れた運動靴を蹄に被せ
定刻通りに来る運転手のバスに乗せられて
この町を周り続ける

バスは決まった方角へと進み
市役所と病院を通過して
同じ場所で私を降ろす
 (便利になったもんだ
 (バスの時間に間に合わない者は
 (買い物も治療も手続き事もできないのだから
小さな押し車に頼る老人と
杖を突く老女が そう呟いて降車した

バスに揺られ 自分の足も動かさないまま
私は町を何周しながら死んでいくのだろう

【便利になったのだ】
ペダルを漕ぐ白い運動靴の足たちが 
時間を逆走して 
バスの中の私を追い越していく


(詩と思想3月号掲載詩)

投稿者 tukiyomi : 00:40 | コメント (0) | トラックバック