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2012年10月30日

名無し山

名無し山


その山に名はない
ただロープウェイを使わなければ
山頂には登れないらしい
私は麓まで居眠りをしながらバスに揺られ
終点のバス停から近くの
ロープウェイ乗り場で切符を買った
天候は妖しくなり
濃霧が頭と目を白濁させて気が遠くなる
ロープウェイに吊された赤いゴンドラは
しつらえられた柩のように私に用意され
時折迫る強風に曝されては揺れた
標高が高くなるにつれ酸素は薄まり
山頂の公園に着いた時にはすっかり
体温を奪われた
そこには巨大な蝋燭の形をした石塔がひとつ
誰かが何かを刻んであった
高名な僧侶が書いた梵字だったか
定かではない

霧は晴れないのか…

私は山頂で消えたり現れたりする人影を追ううちに
ゴンドラに帰る術を失った
なぜこの山に登って来てしまったんだろう
自問自答を繰り返す私に
どこからか幼い子供の声が降ってきた
「お姉ちゃん 僕に名前(いのち)をちょうだい。そうしたらこの山を崩してあげるから…」

その山は今はない

ただ割れた境目から
溶岩が血の塊のように
どろり どろりと
うなり声をあげるように
溢れ続けた


詩と思想11月号入選作品

投稿者 つるぎ れい : 2012年10月30日 23:04

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