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2019年12月07日

帰郷

魂の粒子が入り込む真昼の庭園。不在の住処の質量は閑散とした佇まいの
重さに呼吸して、光彩の瞬きを受けて渡す、あるいは、乱反射して滑って
いく。薄緑色に生い茂るやわらかな罪に、赦しは幾度となく繰り返されて
畳の藺草の上に、足跡をつけた人たちが、セピアの影となって、草の香を
湿らせていく。繰り返される粒子たちの歴史。私たち、という姿は障子に
煤けたまま、外界と内界を仕切る薄紙に、ぼくの鼓膜も、なつかしい声に
角度を預けたまま、透き通り、ふるえていく。誰に負われてきたのか、負
ぶさってきたのか、わからないまま、今日来た役人の、インクの付いた袖。
汚れた黒いインクの袖口ばかりが気になって、母さんの手が離せなかった。
子供の視線で覗き込んできたものは、蚊取り線香に巻き取られて細く長く
ジリジリと燃やされていったまま、今でも蚊帳の中を浮遊する、苦い煙。
経机に置かれたわら半紙に何も書けないうちに出て行った、ぼくの、夢。
墨汁をこぼした失敗談だけが、まだ飾られているような、部屋。
泣いてしまえるほどの脆い足場の中に、目の前を通過するいくつもの急行
や快速電車に急かされながら乗り継いできたはずなのに、生い立ちの在処
は、どんどん遠く、そして、鮮やかになるばかり。

投稿者 tukiyomi : 22:26 | コメント (0) | トラックバック

車椅子

地元の植物園で菊花展が開催される頃
入園入口にある車椅子を借りると
母を乗せて湖畔に広がる花々や温室の中を歩き回った

昔、母は祖母を乗せて車椅子を押した
ひと昔前母は 私を乳母車に乗せて
そして泣きだせば 抱いたり負ぶって
この巨大な植物園を歩いた

秋といえど まだ日差しは強く
工事されていないデコボコ道もある
多くのカップルが行き過ぎ 老夫婦が通り過ぎ
工事現場のダンプカーを避けながら
車椅子を押し続けた

私の荷物を胸に抱えて
車椅子から喋っていた母の声が 
だんだん小さくなり 聞こえなくなり
ポプラ並木の紅葉は見えなくなり
裸木や寝そべった枯れすすきを横目にしながら
薄暗い椿の森へと入っていく

車椅子は重くなる
荷物を抱えている母を押しながら
一歩、一歩、と 足を
前に出さなければ進めない苛立ちを踏みしめながら
押し車のグリップに圧し掛かる手のひらの強張りに
肩を震わせながら 前へ、前へと、そして 前には、
坂道、坂道、そしてまた デコボコの坂道

私が車椅子に乗せている人は誰だろう
そして 運んでいるものは何だろう

対岸の入口の傍に菊花展の菊の花が 黄色く灯る
白菊の花の灯りもぼんやり見える

紫や白の緞帳の中に飾られた
菊花を見に来る行列に紛れて
車椅子を押す女が見える

投稿者 tukiyomi : 22:13 | コメント (0) | トラックバック

めんどくさいテレビ

モノクロテレビは 力道山を
独り占めしたことを語り
カラーテレビは 鉄腕アトムで
空を越えたと言う
地上波テレビは
そんなアナログテレビたちの話に拍手を送り
BSで アナログたちを馬鹿にした放映を
夜中に流した

   めんどくさい、ほこり
   めんどくさい、おごり
   めんどくさい、電波
   めんどくさい、ばかり

情報による、情報のための知ったもん勝ちを
昭和に言えなくて令和で言う人
昭和では言えたのに令和で黙る人

         *

金の卵の母の指
昭和のベルトコンベアーに運ばれて
テレビの部品と引き換えに
てのひらの歯車 錆びついた

テレビに映る東京タワー
スカイツリーに抜かれたと
めんどくさい娘が嬉しそうに言うことも
老いた母は 俯き聞いて
腐る前のナシウリ一つ
落とさぬように 大事に抱え
伸びない指で手を合わせると
横を向いては 黙ってかじる

投稿者 tukiyomi : 22:06 | コメント (0) | トラックバック

駅前の信号の青の中を
ホテルの前で屯する入り女の白い手招きを
ビジネスマンの眼鏡の先を
赤いジャンパーの男のポケットの音を
渡り歩いて辿り着く エビス屋のテーブル席

器に盛られたカルパッチョの鯛は
もう捌かれて 目はないのだけど
私がどこを潜り抜けてやってきたのか
一目瞭然で 身体を開いていた

ラテン系の音楽、弾む弦楽器、
その店から流れる音色は 筒抜けに明るく
心労が祟ってイライラしている、
タクシーの運転手のハンドル捌きさえ
リズミカルで陽気にみせる

会話は店内から外界に賑やかに溢れ
テラスの恋人たちは
カラフルなビールで乾杯して
二人の祝日に グラスを傾ける

けれど
赤信号で突っ立たままの歩行者の眼を
ホテルに入れてもらえないまま路地裏に消えた女の顔を
パソコンのディスプレイに取り込まれて点滅しているビジネスマンを
そして
どんどん大声になっていく 赤いジャンパーの男の
膨らんだケットの中のモノのことを
思い浮かべて目を瞑れば
はぐらかしていたものに おいかけられて
サイレンの音は鳴り響く
   (病院に運ばれるのだろうか
   (警察署に行くのだろうか

否、おそらく
目のない 開かれたままの鯛と同じ方角へ…。

賑やかだったエビス屋のラテン音楽は店じまい
華やかだった色を浮かべたあのグラスたちでさえ
他人の顔をして 吊り下げられる

騒がしい喧騒の街を 
巨大な手をした夜が
旅に出た者たちを
ことごとく 片づけていく


(ファントム4号執筆原稿)

投稿者 tukiyomi : 22:03 | コメント (0) | トラックバック