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2018年01月29日

詩集を本棚から探していると 中指に小さな棘が刺さった

複雑に絡まった女同士の霊(ち)を
読み解く方法があったなら 私は重荷を捨てて
やすやすと違う名字の人と 暮せただろうか

古家
あまりにも濃い血をもつ 女同士の住処
距離も依存も馴れ合いも我が儘も屁理屈さえも
鏡に映して叩き壊せば 綺麗な朝は笑顔で訪れた

間に居た父が亡くなり
お互いがお互いを監視しながら 自由に生きたいと叫び
悦ぶことも手放すこともできないまま
手を繋げば繋ぐほどに 息苦しいだけの私たち

背表紙に棘を忍ばせていた その詩集は
母親の名を二重線で消し
産道から生まれたのは 自分と恋人だと認めてある

   チクチクと中指の痛みが 疼きに変わり 
   棘は血流に 飲み込まれていく

詩集に絡まっていた棘が 
女の見えない部分をゆっくり流れていく
それはいつしか巨大な肉腫に腫れ上がる

医者はその時 手遅れだと宣告し
母の後を追うようにと 毒入りの
真っ赤な坩堝を手渡すだろう

             ※

詩集を本棚から探していると 中指に小さな棘が刺さった

棘は私を決して赦さない
それでいい それでもいい

私は何かに謝りたかったのだ
絡まり続けた糸が いつか解けるように、と
夢を見ながら 今夜 血の池に沈む

投稿者 tukiyomi : 22:17 | コメント (0) | トラックバック

2018年01月23日

野良

ご主人様を探す野良、愛に渇いてしまう野良
赤い首輪も良いけれど、首根っこを強く掴んで欲しい
目を離す隙もないほど、息苦しいくらいの視線が欲しい
でも、ご主人様は優しくて、野良がご主人様を喰ってしまう
どんな主人も野良の「主人」になれなくて
愛に渇いてしまう野良、ご主人様を探す野良
           ※
聞き耳立てて、口コミ、垂れ込み、しゃがみ込み、
啼いて叫んで日が暮れて 名前を呼んでと啼いた日に
野良につける名はないと 家にあげてくれた人
男は野良の裏と表を使い分け、自由気ままに弄び 
首に見えない赤い紐、上手に結んでくれた人
           ※
((野良よ、野良よ、どこにいる?
やがて月日は反転し、主人は野良がいなけりゃ、息出来ぬ
ご主人様は泣き続け、野良は主人をかわいがる
           ※
野良よ、野良よ、と何度でも 幾度も何時でも呼ばれる程に
野良は主人の顔をして 主人に猫の名を付ける


(前橋・ネコフェスに書いたもの)

投稿者 tukiyomi : 22:31 | コメント (0) | トラックバック

箱舟

箱舟に私たちは乗せてもらえないという
箱舟に乗る人は
あらかじめ定められているという

同じ話をしに 毎度毎度 
家のチャイムを鳴らす
熱心な伝道者よ

その話は家の外でしてくれないか
この家は箱舟のように立派でもなければ
空飛ぶ仕様でもない
偉大なカタカナの名のつく人が造った造形物でもない
デカイ台風が一発来たら 瓦が飛んで粉々になるだけの
素人仕立ての壊れ物

偉い言葉など何一つ残せなかった父が 家族のために建てた家
その父に騙されて結婚などしてしまった母の家だ
そして黒い煤ぼけた古い仏壇に位牌が並ぶ先祖の住処だ

人の内にいる鬼が指差し決める良い子、悪い子、間の子 
選別しながら 私の家にも不審な指の音を届ける

「カミサマはなぜ、人を愛されずに人を裁かれるのですか」
という問いを 箱舟に乗せて玄関先から流して見送る

私たちの居場所は 
カミサマの舟から 一番遠く
父の てのひらから 近い

投稿者 tukiyomi : 22:29 | コメント (0) | トラックバック

2018年01月02日

年末の流し台

私たちは確かに同時代に並べられただけの
安直な食器に すぎなかったかもしれない

たった二人しかいない母と子が 流し台に溜めたお椀や皿や鍋は
この家にいた六人分の家族のすべてを洗い桶に入れても はみ出る

鈍い光を放つ油の汚水を 
埃と黒いカビに蝕まれた蛍光灯が点滅を繰り返しながら
玉虫色のとぐろを映し出す

指の曲がらなくなった母の代わりに重い腰を上げると
それらを洗って片づけてしまうことに罪悪感が走る
(片づけて、そして、あるいは、捨ててしまえたなら、
とても遠く、重い、その、流し台の時間を終わらせるまでの距離
  
   引き返せばよかったのか(洗っても、洗っても落ちない汚れ
   捨ててしまえば簡単なのに(片づけられない、お茶碗たち

たった二人だけなのに 私のものではない、私のもとにいた家族の茶碗
母の茶碗、父のお皿、誰かの湯飲み、家にいた誰かが使っていた湯飲み茶わん
カビ臭い計量スプーン、網の目のゆがんだ茶こし、流し台の奥に突っ込んである
鉄の黒い焦げ付きの取れないフライパン

片づけていく、その隙間を洗い水が流れていく
   誰の霊(ち)を洗っているのだろう
   誰の汚れなんだろう

時代遅れの二人きりの暮らしの中
私たちには支える事の出来なくなった重いだけのフライパンで
誰が何を作ってきたんだろう

私たちは確かに同時代に並べられただけの
安直な食器に すぎなかったかもしれない

その食器の隙間を蛇口から捻った水が 
汚水になって排水溝に向かって姿を消していく

吸い込まれるだけの黒い水がとても貧しい音を立てるので
私の体の真ん中で堪えていた何かがはじけだし
粉々に砕けた音を上げながら 夜の中へと流されていく

投稿者 tukiyomi : 11:54 | コメント (2) | トラックバック