4月2日の夢(空港に向かう)

 飛行機に乗って、どこか海外へ出発しようとしている。荷物をゴロゴロ引っ張って、空港に向かう途中、何かの取材に協力してほしいと言われ、カメラの周りにみんなと一緒に集まって、写真を撮られることになる。妻も一緒にいたのだが、なぜか彼女はその輪には加わらず、近くから傍観している。気づかないうちにシャッターが切られたらしく、いつのまにか輪は解散していた。ぼく一人だけが取り残されてしまい、慌てて必死にみんなに追いつこうとするが、はぐれてしまった。
 みんなは多分、こちらの方に行ったはずだと思う。そこは学校の運動場のような場所で、地面に段差ができている。その段差は崩れやすい砂でできていて、降り口をやっと探して、向こう側へ降りる。そこには立ちふさがるように、左右に長い建物が建っている。幼稚園のようだ。みんなはこの建物を通り抜けたのだと思い、開いていた入り口から覗き込むが、見えるのは行き止まりの壁で、通り抜けることはできそうにない。
 当惑していると、遠くから「一色さん」と呼ぶ男の声がする。振り向くとバスの前で手を振っている男がいる。やれやれ、このバスで空港に行けると思い、乗り込む。しかし、車内に妻の姿はない。どうやら前のバスで、先に行ってしまったらしい。二人がけの座席で、窓際に荷物が置いてあるものの誰も座っていないシートの通路側に腰を下ろす。バスが走り出した。ふと見ると、ぼくの隣の窓際に見知らぬ奥さんが座っている。一体、どうやって、いつのまに座ったのだろうか?

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3月31日の夢(大学職員)

 ぼくは大学の職員をしている。ぼくの大学の学生が他の大学の学生に侮辱的発言をしたというので、その大学に謝罪に行く。その大学の事務室のドアにはなぜか「ロビー」という看板がぶら下がっている。この大学の終業は6時半で、もうその時間ぎりぎりである。焦って事務室に入ろうとするが、ドアの前でのんびり掃除をしている男の職員がいて、入れない。その男に声をかけ、用向きを伝える。応接セットのところに行き、名刺を出そうとするが、ポケットから出てくるのは他の紙片ばかり。それにマフラーを首に巻いたままなのに気づき、焦って脱ごうとするが、かえって首がしまる形になってしまう。やっと床にマフラーを落としそうになりながら、脱ぐことができた。こんなことをしているぼくは、ちゃんと大学職員としての威厳を保ち、周りからかっこよく見えているだろうかと気になる。

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3月29日の夢(屋台でパンを焼く)

 広場に屋台が出ている。好きなものをトッピングして、パンに塗り、それを店主に渡せばその場で焼いてくれるという。ぼくは卵や肉をパンの上に添えるが、傾けるとすぐ流れ落ちてしまうので、苦労する。ようやくそうしたパンを2枚作って、「すみません、これ」と言いながら、地面にしゃがみこんで焼いている男に、わくわくしながら渡す。

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3月27日の夢(クライアントから電話)

 会社で残業していると、クライアントのTさんから電話がかかってきた。社名を告げると、「丁寧な受け答えをしてくださるのは一色さんだとすぐ分かります」と打ち解けた声で挨拶をしてくれる。だが、突然、「お願いしているあのチラシ、まだストップできますか?」と言う。驚いて、「もしかして完全にゆらない可能性もあるのですか」と尋ねると、「ええ、その可能性もあるということで、すみませんが・・・」と、そそくさと電話を切られてしまった。
(これは半分正夢で、実際に別のスタッフのところにTさんからメールが来ました。幸い、チラシは取りやめになどなりませんでしたが)

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3月24日の夢(気持ち悪い夢)

 引っ越しをして、大きな家で暮らしているが、全然荷物が片づかず、まるで倉庫で暮らしているようだ。おまけに家の中に、ぼくの家族ではない人たちが大勢いっしょに暮らしている。ある部屋には若い男性、別の部屋には外国人の女性、縁側のような場所には真っ黒なホームレスのような男までいる。
 家の中では走らないようにと注意される。だが、誰も見ていないとき、ドタドタと床を踏みならして走ってみると、どうも感触がおかしい。床板をめくってみて驚いた。床板を張ってある土台の枠に、若い女の子ら人間が、生きた人柱のようにして入っているのだ。
 家の中には食べ物があちこちにいっぱい置かれている。中には腐って真っ黒になったものもある。
 家の外に出てみる。そこは丘のてっぺんで、斜面を下から大小さまざまな動物が登ってくるのが見える。亀やシロクマ、原人のようなものもいる。そして彼らは互いに闘い合っている。
 ある晩、若い男がぼくに「外へ出てみろよ」と言う。昨日まで黒かった世界が洗われて、今日は真っ白な霧に包まれ、純白の世界になっている。「酒を飲んだかららしい」と彼は言う。だが、一歩二歩と踏み出して、ぼくは変なものを踏みつけたことに気づく。地面を見て、ぎょっとする。あらゆる場所に大小さまざまな蛇がとぐろを巻いている。慌てて戻るが、どうしてもどれかの蛇を踏んでしまう。

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3月22日の夢(バス乗り違え)

 Iカメラマンを含め、三人で海外取材のため、成田から旅立とうとバスターミナルに向かう。ところが、ぼくはぼーっとしていて、成田行きの高速バスのつもりで別のバスに乗ってしまった。車中で気がついたけれど、あとの祭り。バスから降りたら、そこは熊本だった。Iカメラマンの携帯に電話してみるが通じない。ぼくは重い荷物を抱えたまま、熊本で途方に暮れる。

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3月19日の夢(昔の恋人)

 今日は出張明けのお疲れ休みの日だ。会社に行かなくてよいので、一日外をぶらぶらする計画を立てる。午前中新宿の街をぶらぶらし、お昼頃から映画を見ようと思う。
 公園の片隅にいくつかテーブルと椅子が置かれている場所がある。そこにおかっぱ頭の女性が座っている。若いとき恋仲だったTだ。しばらく同じテーブルに向き合って座るが、二人とも相手に話しかけようとはしない。
 そこを離れてまた街をぶらつく。それから同じ公園に戻ると、まだTが座っている。彼女がバスに乗ったので、ぼくも乗り込む。窓から新宿の街を眺める。映画館のビルの一階にファストフードの店があり、そこで小学生の少年がサラダのようなものを載せた小皿を、メイド服姿の女店員に差し出す。すると、女店員は黙って、皿の上にビーフステーキを載せて返す。
 そんな風景を見ていて、ふとバスの車内に目を戻すと、Tがいない。降りてしまったのだ。慌てて窓からブルーのワンピースを着た彼女の姿を探すが、歩いているのは青い浴衣を着た少女たちばかりだ。
 ぼくもバスを降りる。もう映画を見てもしかたがないので、早く帰宅しようと思う。ぼくは電動車椅子に乗る。小学校の教室にある木造の椅子のような車椅子だ。駅に近づいた。駅前広場に行くには急な坂道を登らなければならないので、車椅子を降り、押して歩く。駅前広場には車椅子の駐車スペースがあるはずだ。
 だが、駅前広場は開架式の図書館のように書棚がいくつも並んでいるばかりで、車椅子の駐車場はない。さらに奥まで車椅子を押していくと、広場の壁際に傘置き場があった。車椅子を折り畳むと、ちょうど蝙蝠傘のような形になるので、そこへ折り畳んだ車椅子を立てかける。これなら目立たないから、誰かから文句を言われる心配もないだろう。

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3月18日の夢(道場にて)

 仕事で、ある武道家を取材に行く。そこは彼の道場のような所で、床は板の間。そこに大勢の男女が座り込み、武道家の講話を聞くことになる。ぼくが仕事の資料として気になっていた絵本を取りだして読んでいると、彼はいきなりそれを取り上げて、怒り出す。ぼくは「何度もこちらには伺っています」とおべんちゃらを言うが、武道家はいきなりぼくの頭を両手で締め上げてくる。ぼくは下手に抵抗して怪我をしたり、恥をかきたくないので、彼にされるがままになり、気を失ったような演技をする。すると、武道家は突然ぼくのことを思い出したらしく、「この人は静岡の方の詩人で・・・」と皆に話し出したので、ぼくは演技をやめて起き上がり、「違いますよ」と言って、座り直す。その絵本は図書館から借りたものなので、取られてしまっては大変と見回すと、隣に座っている妻が持っているので、安心する。
 武道家は「今日は格闘技の実技を見せる」と言い、全員を道場の壁際に下がって座らせる。一人の格闘家が自分の登場テーマ曲を自分で歌いながら登場する。いかにも格闘家らしく「バッカヤロー!」というような乱暴な歌詞だ。パンツ一丁なのだが、キックを繰り出すからだろう。手だけでなく、足にも白いグローブをはめていて、なんだか着ぐるみの人形みたいだ。格闘家は会場を見回し、いろいろなものが置かれているのを見とがめて、「ここは足場が悪いな」と言う。一艘の木造の舟が置かれているので、皆でその舟を抱えて運び出す。

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3月14日の夢(工事と夏みかん)

 会社が改装工事をするため、夜になって作業員が入った。みんな仮装をしているのか、不思議な格好をしている。いや、そうではない。彼らは映画の撮影隊のようでもある。いずれにせよ、社員達はそのためになかなか帰ることができない。
 ぼくの席は二階のオフィスの一番奥の窓際で、ぼくだけが椅子のかわりに大きなベッドを使っている。工事が始まったため、一度席を離れると、そこに戻るのが大変だ。ぼくは大きな夏みかんが何個も入った包みを持って、二階へと足場をよじのぼる。そのためには荷物を持っているわけにはいかないので、まず果物の包みを足場の上に投げ上げるが、うまく行かず落ちてしまった。そこにいた男が包みを拾って、ぼくに投げてよこす。それを受け取ったものの、もう包みは破れ、夏みかんの皮も破れて、ぼくの全身に血しぶきを浴びたように紫の果汁がかかってしまった。その格好でしかたなく、一階に降りようとするが、工事のため、地上まではかなりの段差ができてしまっている。ようやく飛び降りたときには、ぼくのはいているズボンは果汁の汁だらけである。みんなは「その果汁はすぐに落ちるから大丈夫だよ」と言ってくれるし、「ぼくも、うんこれは大丈夫」と答えるが、きっとクリーニングに出してももう元の白さは戻らないと思う。
 夏みかんの包みを持って歩いていくと、生意気そうな男の子が半透明な糸をあやつって遊んでいる。ぼくはわざと、その糸に引っかかったふりをする。ぼくがずんずん前進すると、男の子は糸に引っ張られて、引きずられる。糸が首に絡んで、とても苦しそうだ。だが、そんなことより、ぼくはどこかで汚れた手を洗いたいと思う。
 そこへ、ちょうど妻が帰ってきた。妻は「どうしたの?」と言って、男の子の顔に手を触れる。すると、男の子の息がとても酒臭いので、妻はびっくりする。
 インスタントコーヒーの瓶からコーヒーの粉をコップに入れて熱湯をかけてかき回す。しかし、粉は全く水に溶けない。どうやらこれはコーヒーの粉ではないらしい。

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3月8日の夢(トイレと水とコンサート)

 夜中にトイレに起きる。妻は隣ですやすや眠っている。妻を起こさないよう、押し入れでトイレをすまそうとするが、やっぱり本格的にトイレでした方がいいと思い、廊下に出る。すると廊下は一面、水深1センチくらいの水で覆われている。どこから水がもれて、こんなことになったのだろう? 天井には洗濯物のTシャツが吊り下げられているが、まさかそこから水が落ちたわけでもあるまい。
 水はトイレの中まで続いている。トイレには壁際に大中小3個の白い陶器製便器が並んでいる。寝ぼけていて、よく分からないがこのうち一つは、手を洗うためのものだろう。真ん中のものが小便器だと思うが、自信がない。一番奥にある大きなものなら間違いなく便器だろうと、そちらに向かう。
 女性詩人Wさんのコンサートを取材に行く。地下鉄の駅がそのまま階段状の座席のあるホールになっている。客席はがらがらだ。Mカメラマンが「一体これはどういうコンサートなんですか? ちゃんと教えてください」と、ぼくを詰問する。ぼくは自分の編集する雑誌「Pの本」の前号を見せ、「このときと全く同じですよ。でもピアノは電子グランドピアノなので、それだけ注意してくださいね」と言う。なかなか始まらないので席を外し、戻ってみると、今度は満席になっているので、無理矢理席を詰めてもらって座る。だが、ちょうどアンコールが終わったところで、Wさんが舞台のピアノの前に座っているのが見える。

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