6月6日の夢(カメラの会)

 趣味でカメラをやっている人の会合に出る。1回目は問題なかった。2回目のとき、ぼく自身は弁当を持っているのに、ほかの人たちが弁当を持ってこなかった。そのため、お昼を過ぎても、みんな会合を続けており、ぼくは空腹を我慢するはめに。一人だけ女性会員がいて、彼女が会合を離れ、料理をしに行く。その間、男たちは会合を続けた。ようやく料理ができて、食事にありつけたと思った瞬間、目覚ましが鳴って、起きてしまった。

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6月5日の夢(悪霊)

 夜、一つの部屋にみんなで泊まり込んでいる。中に清原選手がいる。ぼくは清原に何か大事なものをあげることになっているが、さっきまであったのに見当たらない。隣の部屋にあるのかもしれない。行ってみると、右の方に、それまで気がつかなかったのだが、もっと広い部屋がある。ぼくはそこにいた小さなかわいい男の子二人に「清原選手を呼んできて」と頼むが、なかなか彼は現れない。何度目かに現れた彼は明らかにへべれけに酔っぱらっている。
みんなで四方に、3人ずつグループになって並んで肩を組み合う。これで魔法陣ができ、大切なものを取り出すことができるのだ。各グループから次々といろいろなものが出てくる。一つのグループからは金属製のペーパーナイフが出てきた。ぼくはそのナイフを別のグループの中年の女性の肌に当て、金属の冷たさで相手をびっくりさせようとするが、相手は思うような反応をしてくれず、期待はずれに終わる。そこへ蛇とも猫ともつかない不気味なものが二匹現れる。これは明らかにぼくらの敵だ。ぼくが二匹にペーパーナイフを投げつけると、さすがに魔法のナイフだ。一度に二匹を切り裂き、切り裂かれた二匹はその場で金属化してしまう。そこへ銀色の猫が一匹現れた。ぼくは猫にもそのナイフを投げつける。ナイフは猫を切り裂き、猫は銀色に近い透明な血を流して苦しむ。ぼくはさらにナイフを振り上げ、猫にとどめを刺そうとするが、猫はふっと消えてしまった。見ると、玄関の木戸が開けっ放しで、夜にもかかわらず賑やかに道行く人々の姿が丸見えだ。通行人のおばさんの一人がそれに気づき、親切にもにっこりと笑って、外から戸を閉めてくれる。だが、その木戸を押し開けて、中に侵入しようとする者がある。隣の家が遊女屋なので、そこと間違えて入ろうとしているのかと思うが、そうではない。必死でぼくは戸を閉じようとするが、ものすごい怪力で推し入ってくる。さっきの猫が怨霊となって、入ろうとしているのだ。恐怖のあまり目が覚めてしまう。

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6月4日の夢(ズボンとマント)

 ブリキの彫刻家でパフォーマーのAさんと一緒に店で飲んでいると、彼がズボンをはいたままおしっこをしてしまった。そういうのが趣味らしい。ぼくは彼とお尻をぴったり密着させて座っていたため、ぼくのズボンにもおしっこが少ししみてしまい、気持ちが悪い。そのことで、Aさんに文句を言うと、彼も気にして、「あんたとぼくは同年齢だっけ?」(実際は10歳以上、向こうが年上)と尋ねてくる。そして、洗濯した自分のズボンをぼくにはかせるつもりらしく、家に戻っていく。
 また別の店で飲んでいると、彼が戻ってきて、ズボンではなく、頭からすっぽりかぶる黒いマントのようなものをくれる。なるほど、これを着ればズボンを脱いでしまっても問題ないわけだ。でも、ぼくが「そんなのいいよ」と遠慮すると、「それじゃあ、悪いけど、いいか」と、慌ててマントをひっこめる。本当はぼくに与えるのが惜しかったらしい。
 その店にいた中年の男や女が、ぼくに和音についてのテスト用紙をくれる。音楽に詳しいぼくなら簡単だろう、というそぶりだ。それは音階を図解したものだが、五線譜ではなく、縦軸と横軸の間にグラフのように音階が表示されている。しかも、縦軸が何で横軸が何なのか、よく分からなくて、焦る。多分縦軸は音の高さで、横軸は・・・と見当をつけ、今マルがついているのは上のドだから、下のソとミだと思われる音符にマルをつけて、心配そうに見守る二人に渡す。どうやら正解だったらしい。二人は「さすが」と、ぼくをほめてくれる。ああ、よかった。
 外に出ると、学校の校庭のようなところに、ややオレンジっぽい色のついた塩か砂のようなものが山のように積まれている。ぼくは思わず、それに登り、靴でつついてみると、思いがけず大きく山肌が崩れて、ぼくは下まで押し流されてしまった。大丈夫ではあったが、びっくりだ。みんな、ぼくの子どもっぽい行為を非難しているような雰囲気だ。

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6月3日の夢(とらがり)

ぼくともう一人の男の子が「とらがりだね」と、おじさんに指摘された。

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6月2日の夢(仕事一覧絵図)

 編集部の仕事のすべての流れが、壁一枚分くらいの大きさのパネルに絵解きされている。各部門ごとに各担当者の動きがマンガ風のイラストで描かれており、コマとコマの間は矢印で、流れが分かるようになっている。それを見ながら、ぼくは「ぼくが京都大学に入ったのが1970年だから(真っ赤なうそ。ぼくが私立のW大に入ったのは1969年です)、その年から“北朝鮮の強制労働開始”と書き加えて」と、指示をする。

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5月31日の夢(電車が会社)

 電車に乗っている。電車の中が職場で、ちょうど就業時間が終わったところ。帰ろうと思い、座席にあった自分の荷物を網棚に載せようと思うが、同僚の女の子が沢山の荷物を先に網棚に載せてしまったため、載せるスペースがない。それに皆一向に帰ろうとしないので、ぼくも帰るわけにいかない。
 朝、お湯を沸かそうとするが、薬缶という薬缶、鍋という鍋にいろんな料理が入っていて、沸かす薬缶がない。

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5月28日の夢(コンピューターの内部)

 19世紀。ショパンとAさん、そしてもう一人誰だか覚えていないアーティストの三人が仲良しだったというのは、歴史上有名な話だ。会社の同僚の女の子に、ショパン全集とAさんの全集のそれぞれ第一巻を読ませていたのだが、それを読んでしまったので、両方とも第二巻を貸してほしいと言われる。それらの本は会社のコンピューターの中に入っているので、一人でコンピューターのところに行く。実はコンピューターの中を開けるのは初めてだ。記憶をたどりながら、上部にあるボタンを押すと、ボタンに赤い光が点灯し、パカッとコンピューターの扉を開くことができた。
 コンピューターの中は何段もの書類棚のようになっている。そこに二人の本があるはずなのだが、なぜか見あたらず、かわりにおびただしい写真のスライドがいっぱいに詰まっている。おまけに一番下の段が外にはみだして閉まらなくなってしまったので、押し込んでガムテープを貼り、無理矢理コンピューターを元のように閉じる。そして、またボタンを押すと、コンピューターは元通りになった。女の子に本を見つけられなかったことをどう言い訳しようかと悩む。
 窓の外をパレードが通っていく。みんなはそのパレードに夢中のようだが、ぼくはそのパレードにものすごく反感を抱いていて、無視して中に閉じこもっている。すると、またその嫌いなパレードが戻ってきたと、誰かがぼくに告げる。ぼくはもう我慢できなくなり、怒りのあまり外に飛び出していく。ところが、もうパレードは道の曲がった先の、ぼくからは見えないところへ通り過ぎてしまっていて、あたりはがらんと寂しくなっている。ぼくは気勢をそがれ、「パレードはもう通り過ぎたあとだったよ」と、さっきの誰かに告げる。道ばたには材木がたくさん置かれており、その上には木くずがまるで雪のように深く積もっている。

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5月27日の夢(沖縄)

 沖縄に取材に来た。ある大家族の息子を取材しに来たのだが、その母親が出てきて、ずるがしこそうな様子で「取材するなら、私の要求を受け容れてくれ」と言う。ぼくは熟考するが、きっぱり「駄目です」と母親の要求を拒絶する。母親は当然ぼくが要求を受け容れると思っていたらしく、口をあんぐりと開けてびっくりした様子だが、ぼくは構わずカメラマンと共に隣の部屋に取材に入る。
 隣の部屋は小さな体育館ほどもある広さで、中二階が周囲を取り巻き、一階と吹き抜けになっている。そこに子ども達をはじめ、祖父母などすべての家族が生活しているのだ。中二階は一階を取り巻くように、内側がひとつながりのデスクになっている。子どもたちはその好きなところに座って勉強をするらしい。いいなあ。ぼくもこんなデスクが欲しいと思う。撮影があると聞いて、大家族の人たちは一斉に着替えに表に出ていく。
 ぼく自身、沖縄の離島に引っ越してきてしまった。夜の8時過ぎに帰ろうとして渡し船に乗ろうとするが、もう海岸のお店はすべて戸を閉めてしまっている。ということは、もう渡し船も最終便が出てしまったのだ。今夜はこちらで夜を過ごすほかないのだと思う。
 ぼくは沖縄のテロリストで、もう一人の仲間と港を歩いている。敵が二人、物売りのワゴンを港に出している。一人で一人ずつやっつければいいと思うが、武器は仲間が持っていて、ぼくは丸腰だ。それでも、敵の武器を奪えばいいと思い、ワゴンに近づいていく。と、突然、横から別の男に「ちょうどよかった。ロケの撮影のエキストラになってくれない?」と声をかけられる。お坊さんがガスバーナーのようなものを手にしていて、そこから炎が噴き出し、空中に浮いている蓮の花のようなものとの間に、何枚もの花弁が炎の熱にあおられて飛び回っている。南の島の独特の宗教儀式らしい。ぼくは怪しげなそうした装置の一つを持たされ、居合わせた数人の男たちと共に撮影に参加させられて、終わって「ご苦労さん」と言われる。
 浅草のようなところで、街角でオペラをやっている。いろいろなお店で歌手が歌い、それで客寄せをしているようだ。通りがかったぼくは、それを聞くともなしに聞いている。ちょうど歌い終わったところで、外国人の女性歌手が店から出てきた。手にその店の商品を一つ恥ずかしそうにして持っている。店には商店主も店員も誰もいないが、出演料がわりに好きなものを一つ持っていっていいと言われたらしい。

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5月25日の夢(財布と靴をなくす)

 女の子がぼくのために両開きの立派な金属製の扉を作ってくれた。その扉に計算用紙がわりに数字を書き込んで、ぼくは何かの計算をする。そんな立派な扉をぼくに提供してくれながら、女の子自身は綿埃のいっぱいついたぼろぼろの紙しか使わず、それで計算して間違えてしまったと泣いている。
 旅館に仲間の男女二人と泊まる。二人は先に座敷に上がってしまったが、ぼくは玄関で靴をどうしようかと、もたもたする。どっちを実際に履いてきたのか分からないが、ぼくは黒い革靴と白いスニーカーと2足の靴を持っている。結局、スニーカーはビニール袋に詰めて、部屋へ持って上がることにし、革靴の方は旅館の女性に預ける。ところが、部屋に上がろうとして、自分が財布を落としたことに気がついた。一文無しでは旅館に泊まれない。慌てて玄関に戻るが、ぼくの革靴が見つからない。自分で床下を覗き込んでみるが、そこにはぼくのではない靴が1,2足あるだけだ。

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5月24日の夢(噴き出す夢)

 詩人のM氏が店長になって、渓谷の崖の上に観光客用のカフェを営業している。ぼくはそのスタッフの一人。そこは見渡す限りの岩だらけで、木や草は一本もない。川の両側の崖の上に幅の狭い平坦な岩場が続いており、その上に椅子とテーブルを置いただけのオープンカフェである。川は増水しており、突然、対岸の崖を突き破るようにして、大量の水が噴き出してきた。水と、水圧で跳ねとばされた岩がこちら岸にぶつかる衝撃を感じる。「あぶない! 崖が崩れる!」と、ぼくはとっさに判断し、店長に「逃げましょう」と言うが、スタッフたちは誰もぼくの意見を聞かない。その間にも、あっという間に濁流が押し寄せ、腰のあたりまで水につかってしまう。もうカフェなどあとかたもない。ぼくは逃げようと、手探りで水中に自分のリュックを探すが見つからない。「店長! 店長!」と叫ぶが、ぼく以外誰の姿もない。必死で水をかきわけ、逃げる途中、ふと手に触れるものがある。引き上げてみると、ぼくの探していたリュックだった。命からがら逃げ延びたぼくは、ようやく安全な高台に息もたえだえでたどり着く。何かの建物の入口にへたりこんだまま、ぼくは紙を広げ、九死に一生を得た思いを詩に書いていく。かたわらに男性がいて、ぼくに「生還したんだね」と声をかけてくれる。ぼくは「うんうん」とうなずくばかりで、声にならない。

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