4月16日の夢(頭突き)

 アメリカでは銃乱射。長崎では市長が撃たれる。暗い一日でした。
(夢ここから)
 目覚めると、美術館の一室。誰かの個展が開かれている様子だ。見回すと、壁に飾られた小さな古い何枚もの写真が目にとまった。野外のセールスマン大会で、成績の悪いセールスマンが首をうなだれて叱責されている様子を撮影した写真だ。寝そべった姿勢のまま、さらに天井に目をやると、天井には藁がいっぱい敷き詰められていて、まるで野原のよう。天地が逆転したような錯覚におちいる。
 かたわらにM編集長がいて、ぼくに「このひとつひとつ手作りされた椅子が素晴らしい」と言う。首を持ち上げてみると、壁際に何列にもわたり木製の椅子が並べられているが、その一脚一脚のデザインが違う。確かに、これらは手作りの椅子だ。
 室内には美術館のキュレーターもいて、「そして、この壁を壊す役割の人がいる」と言う。椅子の前にはいくつかの縦長の箱があり、そこには壁の絵が描かれている。一人の男がむっくり床から起きあがると、絵の中の壁にうめき声と共に頭を突っ込む。めりめりと音を立てて、裂ける壁。男はその頭突き行為をすべての箱に対して次々と行う。破られた箱の内側には別の壁の絵が描かれていて、この行為は繰り返し行える工夫がされているらしい。なるほど。これは凄い作品だ!と、ぼくは感嘆する。

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4月15日の夢(地下の会社)

 出前授業専門の高校に勤めている。いろいろなところへ講師を派遣しており、犬たちのところに授業をしに行ったこともある。今度は水商売の花街の女性たちから、授業を頼まれた。花街の座敷の真ん中に通路がまっすぐ延びていて、その向こうに彼女たちの教室がある。花街の女性達は方言がきついので、ぼくはそこへは行きたくないと思う。しかし、生徒達の評価で教師の査定が決まるので、断るわけにいかないのが実情だ。
 外から会社に帰ってきた。二人の男性が「S社は知的な変態みたいなところがあって、そこがぼくは好きなんだ。もっとそういうところを見せてくれればいいんだけど、なかなかそういうところを見せてくれないんだよな」と、うちの会社に対する批評を立ち話している。
 ぼくはそれを冷ややかに聞き流して、S社への入り口の階段を下りる。S社は地下にあって、地上の岩にあいた四角い穴から入るのだ。地下は四角い広い空間になっていて、その周囲は回廊のようになっている。回廊はところどころ高低差があり、そこに登ったり降りたりしながら進む。メンバーの一人が回廊の一角で祈祷を始めるが、ぼくをはじめ他の社員は靴を脱いで両手にぶら下げ、その社員のかたわらをさっさと通過して会社の中に入っていく。

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4月14日の夢(道に迷う)

 大阪で開かれる詩の会合に出席するため、道路を歩いている。終戦後の名古屋の自宅近くを思わせる緑豊かな道だ。前方を若い女性詩人のNさんが通りがかりの人に道を尋ねながら歩いている。彼女と連れだって行こうかと一瞬思うが、話しながら歩くのがわずらわしいので、声をかけるのをやめる。彼女はすたすたと前方に早足で歩いていき、あっという間に視界から消えてしまった。今度は長老詩人のK氏がよろよろと歩いているのに出会う。これまた一瞬、声をかけようと思うが、足の悪い彼と歩いたのではいつ会場に着けるか分からない。知らないふりをして、追い抜いてしまう。
 地図を見ると、会場は山の上にある温泉町のホテルだ。電車の駅を降りて、多分このあたりだと思うところへ行く。まっすぐにメインストリートが延びていて、その両側に横に長い大きな建物がいくつも並んでいる。この建物だと思って近づいた建物は、会場ではなかった。メインストリートの向こう側の斜め向かいにある建物がそうらしい。
 通りを渡って、その建物に入るが、ここも違っていた。さらにその隣の建物を訪ねるが、ここも会場のホテルではない。道に迷っているうちに、もう30分は遅刻してしまったと思い、腕時計を見ると、幸い20分しか経っていない。携帯を右手に持ち、左手に案内状を持って、そこに書いてある会場の電話番号にかけようと思うが、強い風に案内状があおられ、片手で電話番号を押すのは難しい。
 やっと電話が通じた。もう会場には全員到着していて、まだなのはぼくだけだという。なんだ。それなら、NさんかK氏についていくんだったと後悔する。

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4月13日の夢(靴がない)

 客船に乗って、日本の沿岸を旅している。船室に靴を脱いで上がり、床に座っている。だが、初めての船旅に緊張して、どこに靴を脱いだのか忘れてしまった。いくつかの靴箱を探してみるがない。何度も探し回り、船首にある一等船室まで探しに行くが、やっぱり見つからない。
 しかたなく船室に戻り、ふと自分の足下を見ると、誰のものとも分からない片足ずつ別の靴をつっかけている。いつのまにか、誰かの靴を失敬したらしい。とにかく、誰か船員か乗客に自分の靴が紛失したことを言おうと思うのだが、なかなか声をかけるチャンスがない。妻に靴を買ってもらい、これから着く港まで列車に乗って届けてもらおうかと思う。

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4月12日の夢(少年ギャング)

 浜松に出張しての仕事が終わり、帰る前にトイレに寄ることにする。旅館の和室の奥がトイレになっていて、畳にいくつも水たまりができている。中年のサラリーマンふうの男たちが何人もそこで立ち小便をしていて、いっぱいなので、ぼくはあきらめて我慢することにする。
 駅に向かう途中で、クライアントのM氏に会う。なんだか少し太った感じだ。仕事がうまく行ったことで、彼は機嫌が良く、二人連れだって新幹線の浜松駅に行く。
 浜松駅は小さくて、昔の田舎の駅のようだ。
 いつのまにか新幹線ではなく、バスに乗っている。ぼくは二人がけの座席の窓際に座っていたが、隣の乗客が席に傘を置いてどこかへ行った。ちょうど停留所で、小学生の子どもたちがどやどやと乗り込んできた。子どもの一人がその座席を指さし、「空いてる?」と尋ねるので、「います」と答える。
 通路の向こう側の二人がけの座席は、そこにいた乗客が二人とも荷物を置いて、どこかへ行ってしまった。子どもたちはそれをよいことに、二人の荷物を窓から外に放り出し、勝手にそこへ座る。そこへ二人の乗客が戻ってきた。「あれれ、荷物が・・・」と彼らが口ごもっているのを見て、ぼくは運転手に「ストップ! 子どもが荷物を窓から投げた!」と叫ぶ。運転手は急ブレーキをかけて、バスを停車させ、荷物は無事に乗客の手に戻った。それを見て、M氏はまたぼくを「一色さんはすごいねえ!」と褒めてくれる。

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4月11日の夢(切れないハサミ)

 古いお札や、昔の貴重なノートブックが出てきた。縁が傷んで汚く見えるので、鼻毛切りのハサミで縁を少し切り取ればきれいになると思う。しかし、そのハサミは切れ味が鈍っていて、切れば切るほど縁がギザギザになってしまい、「失敗した!」と後悔する。

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4月7日のアップしそこなった夢(臨検)

 4月7日にも夢をアップしたつもりだったのですが、再構築を忘れたみたいで、アップできませんでした。
(4月7日のメインの夢)
 四国で行われたマラソン大会に参加した。マラソンを終えて、宿舎の温泉宿に帰るため、列車に乗った。腕に黄色の社封筒を抱えており、中には自分や他の人の原稿が入っている。なぜか、その封筒を最初に座っていた車両の座席に置いたまま、隣の車両にぼくは移る。そこへ突然、軍隊か警察か分からないが、列車は停止させられ、制服の人々による臨検があった。突然のために、ぼくは元の車両に戻ることができない。臨検が終わった後、戻ったときには封筒は跡形もなかった。臨検部隊の制服の若い女性たちに「ここに黄色い封筒があったでしょう?」と尋ねる。「ああ、ありましたね」と彼女たちは答えるが、臨検で車両の入口に積み上げられた荷物の山の中にも、車両の中にも見当たらない。大事な原稿が中には入っていたのだが、「まあ、いいや」と諦めることにする。
 いつのまにか列車は船に変わっていて、港に入ろうとするところだ。雪が降っていて、港は雪と氷で幻想的に美しい。ぼくは船首に一人立って、その光景に感動しているのだが、そこは危険なので、一般の乗客は立入禁止らしい。船首の一番前で船を操っている中年の女性操舵手が、ぼくに「大丈夫?」と声をかける。入港時には船は急な坂を登っていくので、船首は急角度に傾斜し、立っていられないほどだ。 
 ホテルに戻り、自室の窓から港を見る。今度は船は飛行機に変わっており、その飛行機が滑走を始めたとき、一人の若い女性が飛行機の前に走り出てきた。飛行機は急ブレーキをかけ、驚いた女性は逃げまどって、池の中に飛び込んだ。ずぶ濡れにはなったものの、女性が安全に助け出されたのを見て、ぼくはほっとして窓から離れる。
(同日、別の夢の断片)
 夜、お腹が減ったので、外へ食べ物を買いに出る。妙に暗いなと思ったら、この地域一帯が停電している。足元も真っ暗で危険なので、家に戻ろうと思う。交差点にやってきた。そこは少し明るく、若者たちがたむろしている。その交差点を渡った向こうには、何か食べ物を売る店がありそうな気がして、渡ってみるが、そうした店は見つからず、空腹のまま引き返す。

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4月10日の夢(エレベーター)

 どこかのビルで一階から二階に行くため、エレベーターに乗る。ぼくといっしょに若いカップルも一緒に乗る。エレベーターは横幅は普通のエレベーターと同じだが、奥行きは人一人の体分くらいしかない。おまけに、エレベーターの中はものすごい風が吹いていて、「二階」のボタンを押すのも大変。若いカップルも、ぼくを「大丈夫ですか?」と気をつかってくれながら、「きゃーきゃー!」と叫ぶ。
 エレベーターには窓があり、見ているとエレベーターはモノレールのような一本レールの上を横に走りだした。ジェットコースターのようにアップダウンを繰り返しながら、空中を走り、全然別の場所に走っていく。このビルの二階は随分離れた場所にあるのだ。
 エレベーターはさらに走り続け、線路も何もないコンクリートの上を進んでいく。その向こうに、普通の鉄道用の二本のレールがあり、エレベーターはそれに乗って、駅のプラットホームに走り込む。ホームではなく、レールの上に若い小太りの男の駅員がいて、エレベーターを誘導し、今にも轢かれるという寸前にぱっとホームに跳び上がって、手動でドアを開けてくれた。
 やっと「二階」に着いた。カップルは入場券の半券を駅員に出して、中に入っていった。ところが、ぼくはそんなものが必要だとは思ってもみなかったのだ。コートや上着、ズボンのポケット等を探し回るが、出てくるのは関係のないゴミばかりだ。

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4月8日の夢(最後の研究会)

 3月で神楽坂エミールという東京都の施設が閉館し、そこで毎月開いていた某研究会を4月から別の会場に移すことになりました。それが今頃こんな夢に。
(夢ここから)
 今日はエミールでの最後の研究会だ。なぜか会場の部屋がいつもと違う。和室だが、いつもより狭く、しかもL字型をしている。奥はエレベーターホールに、手前はそのまま事務室のある廊下につながっている。変な部屋だと思う。
 メンバーの一人が柔道漫画を持ってきたので、読み始めたら面白くて、やめられなくなってしまった。開会寸前になって、そういえばこれから合評をする作品集を今回は全く読み込んでこなかったことに思い当たる。まあ、なんとかなるだろうと思う。
 会場を見渡す。案内も出していないのに、最後の会だからだろう。WさんやAさんの顔も見える。さあ開会だ。最初の作品は久しぶりにHさんの作品だ。ところがHさんの姿がない。「手洗いに行った」とみんなが言う。やっと戻ってきたが、「私は信念として朗読しない」と言う。困った。「それなら他の人にあなたの作品を朗読してもらおうか」と言い、他の人に朗読を依頼するが、その人はさっさと自分の作品の朗読を始めてしまい、Hさんの作品はとばされてしまう。朗読の間も、カウンターに座った頭のはげかかった眼鏡の初老の男と、隣に座った若者が私語を続ける。うるさい。注意をしても、やめないので、「出て行け!」と二人を退場させる。
 次の作品発表者は初めて参加したファミリーで、手書きで2ページに家族5人が共作した作品が書かれている。子どもとその両親、さらに祖父母の5人だ。彼らはおばあさんの三味線を中心に、手に手に楽器を持ち、賑やかに自作の詩を伴奏入りで朗読する。やれやれ。「家族みんなでほほえましい作品になっていますね」とか、適当な批評をしようと思う。ちょっと朗読が途切れたので「終わった?」と聞くが、まだまだ延々と続く。次のページをふと見ると、「大人のためのピアノ教室」で有名なC先生が、弟子の子どもたちの作品を何編も提出している。げげっ、と思う。
 時計を見ると、開会からもう30分も経ってしまった。これでは本来のメンバーのちゃんとした作品合評の時間が足りなくなってしまいそうだ。うーん、頭が痛い。

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4月6日の夢(トリック)

 路上で新興宗教のキャッチセールス(?)に意図的にひっかかって、携帯で誰かと連絡をとりながら、その宗教団体の催しの場に車で行く。会場は厚生年金会館のような巨大なホール。ぼくはなぜかホールの中ではなく、扉の外のロビーで待っている。催しが始まると、ホールいっぱいの参加者たちは皆喜々としてお祈りを始める。ぼくのようにキャッチセールスしてきた人がもっといると思ったのに、どうやら信者でないのはぼくだけらしい。
 大きなトラックがお湯をいっぱい運んできて、たらいの中にお湯を張る。そこへぼくは足を突っ込む。足の親指から黒い大きな斑点が剥がれて、お湯に浮かぶ。それを見て、信者のおばさんが「ほら、これはきっと出生斑だと思うけど、でもお祈りのせいで離れていったね」と言う。でも、ぼくの足の親指にそんな斑点は最初からなかったはず。これはトリックだと思う。それに、お湯にはたくさんの魚の頭や、刻んだホーレンソウのようなものが浮かんでいる。「出生斑」なるものも、きっとこういう材料から作りだしたものに違いない。

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