6月12日の夢(夜のピクニック)

 「夜のピクニック」のようなハイキングを沢山の人たちとしている。メンバーには偉い有力者もいれば、ぼくが研究会で育てている最良のメンバーたちもいる。最後のゴールはぼくの家だ。ぼくは有力者と共に先頭集団で我が家へ入り、椅子のいっぱいある小ホールのような部屋で休む。「さあ、椅子だけは沢山ありますから」とぼくは皆に座るよう勧め、自らも着席して後の人たちの到着を待つ。
 見ると、有力者の男は押し入れの上段に上がり、ぼくの蒲団の上にあぐらをかいている。なんだか自分の蒲団が汚されている気がする。ぼくは最初普通の椅子にかけているが、奥にあるもっと大きな椅子にかけたくなって、移動する。しかし、それらの椅子は大きすぎて、ぼくには座ることができない。
 しかし、待てど暮らせど後続の人たちは到着しない。そのグループには最良のメンバーが属しているのに。そういえば、手前で誰かにどこかのお店に連れ込まれた様子だった。それから道に迷ったか、それともここへ来るのがいやになってしまったのかもしれないと思う。

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6月10日の夢(去勢の夢だーっ)

 友人の女性漫画家さんが1年間休業した後で、仕事を再開した。1年前に集まった助っ人さんたちを再結集して新作を書いたのだが、助っ人の一人の男性に影響されて、とても素直な作品を描いてしまった。そのため、作品が不評だという。(←実在する漫画家さんとは何の関係もありません。念のため)
 猫を遊ばせようとして、ハリガネに人形(猫の首のミニチュアのようなもの)をぶらさげたもので、じゃらしてみる。棚の上で休息していた猫は、それに反応して飛び降りてきたが、いきなりぼくのペニスにぱくっと食いついた。慌てて猫を引き剥がすと、ちょうどペニスの形(円筒形)にスペルマの真っ白な塊が床に落ちた。しまった。これで、ぼくの体は大丈夫なのかと、不安にかられる。
 大きなパーティを開くことになり、人手が足りない。2,3代前のご先祖様の幽霊に出てきてもらい、手伝ってもらう。
 中国の貨物列車の中にいる。といって、走っているわけではなく、列車は停車している。ぼくはその中で、何度か「写るんです」のシャッターを押すが、何度やってもストロボが光らない。こんなことをしていたら、中国兵につかまるのではないかと不安だ。
 案の定、どやどやとやってきた兵士たちにぼくは捕らえられ、靴が脱げる。靴がどこへ行ってしまったのかと懸命に探すが、見つからない。
 なぜか別の車両に行って、貨車の扉のところから足を外にぶらぶらさせている。隣の車両で、盛んに中国兵たちの声が聞こえる。
 

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6月7日の夢(居酒屋)

 お酒はもともとは飲めない方ではないのに、ちょっと飲むだけで不整脈が出るようになったので、最近は殆ど飲みません。夕べは眠る前に缶ビールの一番小さい缶をあけたのですが、やっぱり寝ている間に心臓に負担がかかったのでしょう。一晩中、お酒を飲む夢や、急な坂を登る夢を見ていました。
(夢ここから)
 出張から皆で帰ってきた。早く家に帰りたいが、とりあえず打ち上げをしようということになり、男性三人で居酒屋に入る。三人で飲むうち、真ん中に座っていた一人が外へ出ていった。彼を待つうち、ほかの客がどやどやと入ってきて、残ったぼくともう一人の間に座ってしまった。そのため、ぼくたち二人は引き離されて、孤独のうちに飲み続ける。首を伸ばして、見てみると、隣にももっと大きな部屋があって、そこにもどんどん客が入ってきて、店内はいっぱいになっていく。

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6月6日の夢(原宿のバス停)

 妻と原宿の表参道のバス停で待ち合わせている。妻は既にそこへ着いているはずで、ぼくは表参道が木立越しに見える一本裏通りの路地を急ぎ足で歩く。ところが、表参道にこないだまで通じていた場所にいつのまにか門ができ、そこをふさぐように怖いおじさんたちとアメ車が止まっていて、出るに出られない。引き返し、木立の間を通り抜けて表参道に出ようとするが、間には細い水路と鉄条網があって、通り抜けることができない。
 いつのまにか妻とバスに乗っている。表参道からバスは青山通りに曲がり、外苑前方向に進んでいる。停留所に止まったので、はっとして妻に「どこ?」と尋ねる。乗り過ごしてしまったのではないかと、不安になったのだ。妻も「そういえば見慣れない場所ね」と言う。窓から見えるビルの壁に、走りすぎる電車の影が映る。ということは、ここで降りてちょうどいいのだ。
 そこは見慣れた場所のはずなのだが、右手と左手にちょうど90度の角度をなして、赤い稲荷神社が見えて、ぼくは一瞬方角を失う。でも、「多分、こっちだ」とぼくは言って、妻を誘導していく。

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6月4日の夢(仲間はずれ)

 フランスへ男女数人で遊びにきている。ぼく以外はわりと若い人たちだ。何部屋かつながった場所を借りて、ぼくはその一室にひとり離れ、殆ど眠ってくらしている。仲間たちはぼくを相手にもしてくれないから、気が滅入って、やる気が出ないのだ。
 それでも、今日は船に乗って、海の向こう側へ遊びに行こうと皆が言うので、ぼくもわくわくして、起きあがる。ちょっとホテルから外出して、ピクニックの出発前にホテルに帰ろうと歩いていると、ホテルから出てきた仲間たちと遭遇する。皆、荷物を持っている。問いただすと、皆もう日本へ帰国するという。これでは、ぼく一人フランスに置き去りにされてしまう。
 慌ててホテルに戻り、食堂で働いているおかみさんに宿泊費の精算を頼む。お札を出すと、まずいろいろなおみやげが貰えた。ハンディな蛍光灯スタンドのようなもの。それからお釣りがきた。コインではなく、一升枡くらいの大きさの錫の塊の側面を切り取ったような不定形の立方体がお釣りだという。珍しいので、ぼくはその錫の塊をしげしげと触って眺める。その間におみやげが消えてしまったが、この錫の塊を貰えたのなら、それでいいと思える。とにかく、これで日本に帰れるのだ。

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6月2日の夢(地上を飛ぶジェット機)

 厳しいことで知られる演出家が、ぼくが書いたシナリオのドラマの演出を引き受けてくれ、今日がその稽古の初日だ。リハーサルが始まるまで、ぼくらは大勢の役者たちと共にロビーで待つ。定時の5時になったので、ぼくは役者たちに「では202号室に移動してください」と号令をかける。
 廊下で演出家は役者たちに「では、胸にこのモニターを二人一組になって付けてください」と呼びかける。木のトレイに入った名札型のモニターを役者たちは、皆胸にとりつける。ぼくも付けるべきかなと一瞬迷うが、役者ではないのだから、付けなくてもよいだろう。
 しかし、202号室ではまだ前の稽古が終わらず、少女たちがダンスのリハーサルに余念がない。曲が終わるまで待つしかない。
 ビートルズの珍しいフィルムの映写会のため、金沢に出張することになった。急がなければならないが、移動手段がないので、あるジェット旅客機のパイロットにお金をつかませ、そのジェット機に乗せてもらうことにする。だが、ジェット機は殆ど地上すれすれの高度で道路の上をゆっくり飛んでいる。これでは自動車と変わりないではないか。隣にいた同僚が「うわあ、椅子がひっくり返った。待ってくれえ!」と叫んで、道路に転がったので、その理由が分かった。ぼくと同僚だけが、飛行機の外部に椅子をくくりつけられていて、外をいっしょに飛んでいたのだ。だから、空気の薄い高空を飛ぶことができず、ジェット機は地上すれすれを低空飛行していたのだ。なんとか同僚も椅子にかけ直すことができたので、ジェット機は再び離陸し、福井を経由して、ぼくらは金沢に着くことができた。
 ホテルで上映会が始まった。このホテルはこの映画を撮るときにビートルズが泊まったホテルでもある。ぼくは一度その映画を見ているので、また見る必要はないと思い、終わり頃に会場に行く。すると、最後にぼくの知らないシーンが付け加わっていた。制作スタッフたちが自ら出演し、かっこよく歌ったり演技したりしている。なんだ、それだったらぼくも参加すればよかったなと思う。
 同僚が「このホテルには飲酒制限があってね。ビールも何本までと決まっているんだ。ジョージなんか、冗談じゃねえよと怒っていたよ」と言う。
 上映会が終わり、帰宅しようと思う。もう夜の9時だ。10時までには帰れないと、妻に言ってこなかったなと思う。「これから飛行機で帰る」と、ぼくが言うと、みんなびっくりする。女性が「私とこれで帰りませんか」と言うので、見ると、真っ白な円盤形の乗り物が駐車している。すごいスピードで走る乗り物らしい。「それは有り難いですが、料金はおいくらですか」と、ぼくはタクシー代の心配をする。

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5月29日の夢(社員食堂)

(3日前の夢です。社員7名の会社に社員食堂はありませんが)
 土曜出勤で会社にいる。お昼の弁当を食べ終わった後で、一階に降りてみる。すると、そこは社員食堂で、立食パーティのテーブルのようにさまざまな料理が用意されている。料理の下では食材を温める炎がちろちろと燃え、同僚たちは楽しそうに、賑やかに食事をしている。お腹はいっぱいだけれど、こんなおいしそうなものを目にしては、食欲を抑えられない。ぼくはそっと食堂の中にすべりこむと、爪楊枝を一本取り、大好物の蒲鉾と卵焼きをそれに刺して、口に運ぶ。ぼくは潔癖性なので、誰かの唾がついていないか心配だ。できるだけ、清潔そうな食材を選ぶ。

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5月31日の夢(ラブホで暮らす)

 ラブホテルをしている旅館が下宿屋に転業したので、ぼくら夫婦もここに住むことにした。一つの畳敷きの部屋を見知らぬ何人かでシェアするのだ。先客は若い無口の、愛想のない男。この男は突然、ガラッと戸を開けて中に入ってくるので、妻が「きゃっ」と悲鳴を上げる。こんなやつと、はたしてうまくやっていけるのか、不安だ。あとからもう一人、若い女の子も同室者に加わった。
 それにしても、ぼくは一枚のシャツをずうっと着たままだ。たまにはもう一着のシャツに着替えようと思う。
 電車の停留所にいる。道に迷ってしまって、帰るに帰れない。

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5月30日の夢(歌うことが闘いだ)

 外では闘いが起こっている。外から帰ってきた中年の男が「外は人が多すぎる。40人ほどもいる。こんなにいなくてもいいのに」と言う。外でこの建物を守っているぼくらの守備隊の人数の話だ。銃撃の音が聞こえる。だが、それに混じって、高くギターをかき鳴らして歌う声も聞こえる。彼にとって、歌うこと、ギターをかき鳴らすことは、銃撃と同じく闘いなのだ。もうすぐ彼は敵の銃弾に倒れるだろう。だが、それでもなお、彼は苦しい息のもと切れ切れに歌い続けるだろう。
 というストーリーのアニメを見終わったクライアントのM氏が「これよりもう一つの作品の方がいいのでは?」と言う。それに対して、ぼくは立ち上がって、次のように演説する。「いいえ、ぼくはそう思いません。なぜなら、この作品は歌うことと銃を撃つこととは同じだ。そういう作者の思いを伝える作品なのだから」。
 デパートの中を歩いている。ぼくは別のフロアの「中央通路」に出たいのだが、そこまでの行き方が分からない。うろうろしているうち、一つのドアに手をかけると、制服のデパートガールが「それは外へ出るドアですよ」と注意してくれる。だが、ぼくは「それでいいのだ」と思って、ドアをくぐる。
 確かにそこはデパートの外だ。上階だと思っていたのに、もう地上階だったのだ。ここをデパートの外壁に沿ってどんどん歩いていけば、センター通路への入口に行き着くだろう。だが、ちょうどデパートの中央部は工事中のシートがかけられていて、そこから中に入ることができないで、ぼくはそのままデパートの右端まで出てしまった。
 そこには大きな通りがあって、夜店の出店準備が着々と進んでいる。
 会社のトイレに入る。右奥の床に深い穴があいていて、そのはるか底の方に禿頭が見える。S印刷のK氏の頭だ。この穴の底の個室で、用を足しているらしい。ぼくは左手のデスクに座り、スーツを着たままでおしっこをする。誰かがぼくを呼びに来て、「もう行こう!」と言うが、用を足している最中だから、まだ立ち上がれないよ。

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5月27日の夢(ゴボウの絵)

 ぼくが講師をしている詩の研究会に、既に絵本として印刷された作品が提出された。その一頁一頁の絵が作品なのだという。ただでさえ提出作品が多いのに、一人で何枚もの絵を提出するのはやめてほしい。これは断ろうと思う。念のために一番最後の頁を見ると、それはゴボウの絵だった。

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