8月15日・富良野で見た夢(段差のあるホーム)

 町田で某社のパーティに出る。ぼくが挨拶したおじさんの退職記念パーティらしい。カメラマンのI氏も出席していて、ぼくににこにこ顔で「今日はいいんですよね」と言う。仕事ではないから、撮影しなくていいということの確認だろう。だが、いつのまにか彼は撮影を始めている。カメラマンの業だろうか。
 パーティが終わり、小田急線の町田駅に行き、ホームに出る。新宿駅に乗るつもりだったが、町田駅のホームには段差があって、新宿駅は隣の一段上のホームから出発していく。それが見えるのだが、このホームからは直接行けないため、乗り遅れてしまった。
 新宿行きホームへ向かう途中、またちょっと違う高さのホームで、駅員たちがパーティをしていたのに、まぎれこむ。ぼくが挨拶した例のおじさんの話題が出る。ぼくが今、そのおじさんのパーティに出ていたことを話すと、その人は使い込みで逮捕されたのだということが分かる。

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8月11日の夢(お屋敷に住む)

 夢がかなって、成城の大きなお屋敷に引っ越した。おまけに元気な妹を一人、養女でもらった。ぼくと妻と妹と三人で、華麗な朝食の卓を囲む。おいしいので、いつも1枚にしている食パンをもう1枚食べそうになる。いかん、いかん。これではダイエットできない。
 この屋敷には、奥にもう一家族が住んでいる。夫婦とつんとすました娘の三人家族だ。出てきたので、挨拶しようとする。三人は妻にはちゃんと挨拶して、おしゃべりするのに、ぼくには視線も送らない。全く無視され、しらけているうちに、また奥に引っ込んでしまった。
 お屋敷の隣は空き地だが、そこには仮設の屋根があり、地面の上に純白の立派な丸い西洋風の食卓がでんと据えられている。テーブルにはいくつも凹みがあり、そこに陶磁器の皿やカップを置くと、ぴったり収まる仕組みだ。しかし、灰皿を置こうとしても、それの収まる凹みはない。ここなら雨に濡れないから、友達を呼んで野外でお茶をするのもいいなと思う。

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8月10日の夢(中国製万年筆)

 妻と車で息子の家を訪ねる。息子が今夜、劇に出るので、それを見に来たのだ。ふと気づくと、もう夜の9時過ぎだ。ぼくは妻に「こんなに遅くから始まるの?」と尋ねる。忘れていたのだ。慌てて会場に駆けつけると、とっくに息子は一人で劇への出演を終えていた。「あいつもおとなになったね」と妻と言い合う。
 ロシアからピアニスト兼歌手が公演にやってきた。ここは会社なのだが、学校のようでもある。公演は大ホールでやるのかと思ったら、1時間目にぼくの席のある教室で行われることになった。彼女のトークに感激して、ぼくは万年筆を買う。使っているとインクがなくなったので、補充しようと解体する。補充して再び組み立てようとするが、壊れてしまってもう使えない。中国製万年筆だったのだ。失敗したなと思う。
 そういえばこの時間、ぼくは受けていたピアノレッスンの発表会に出なければならなかったのを忘れていた。全く練習していない。ソロではなく、みんなで一緒に合奏するのだから、失敗してもそれほど目立たないとはいえ、やっぱりさぼることにする。

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8月6日の夢(ジョーという名前の機関車と寝巻き)

 明らかに8月3日に見た夢の続き。Iと東京に向けて、一両編成のローカル線の電車から新幹線まで、さまざまな列車に乗り換える。気がつくと、もう乗っているのはぼくたち二人だけだ。途中の駅で、ホームに駅の略図が掲示されているので、それをスケッチする。でも、そんなことをして、何の役に立つと言うのか? 乗り換えるたびに、ぼくは浴衣の寝巻きに着替える。その寝巻きと機関車は名前が同じだ。ジョーという名前なのだ。

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8月5日の夢(ケーキのセルフサービス)

 ケーキをセルフサービスで食べられるお店に入る。お腹が減っているので、早くトレーにケーキを取りたいが、そのトレーがどこにあるのか、分からない。探し回ったあげく、ほかの客のものよりかなり小ぶりの皿を見つける。急いで、欲しかった2種類のケーキのところへ行くと、あんなに山盛りされていたのに、どちらも1個も残っていない。とてもがっかりする。でも、とにかく手当たり次第に、目についたケーキを皿に盛りつける。みんな大きなケーキで皿からはみだすほどのでかさだ。それを早く食べたいと思うが、そばに一人のおばさんがいて、邪魔だ。思わず、「ばばあ、どけ!」と大声で怒鳴りつける。

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8月4日の夢(横浜へ走る)

 会社をぼくはしばらく休んでいて、久しぶりに出社した。女性詩人のH、男性詩人のTと共に、横浜へ出かけようとしていると、携帯が鳴った。出ると、最近知り合ったフィリッピーナの女性だ。用もないのに長話になる。この女性はきっと良からぬ商売をしていて、あわよくばぼくを誘おうとしているのだろうと思う。「じゃあね」と言って、話を終えるが、「切」のボタンを押し忘れていると、まだ相手も切っておらず、また話が続いてしまう。どうも、できれば切りたくないと思っているらしい。試しに、また「じゃあね」と言ってから、切らずにおくと、彼女はやっぱり自分からは切ろうとしない。
 そんなことをしているうちに、横浜に早く出かけないと遅刻してしまうことに気づく。一足先にTに出かけさせる。ぼくは出かけることを上司に報告しようと、自分のオフィスに行く。オフィスは学校の教室になっていて、担任である数学の教師が授業の真っ最中だ。ぼくは前方窓際の行動予定表のところに行き、自分の行き先を書き込む。担任が「どこへ行くのか」と尋ねるので、「横浜へ」と答える。また「何があるのか」と言うので、「数学の催しがあって」と答えるが、担任が数学の専門家なので、これでは嘘がばれるなと思う。慌てて「数学的なものとピアノとのコラボレーションの催しがあるのですよ」とテキトーに言い直す。「そうか。それなら、行かなければしょうがないな」と納得してくれた。
 あと30分しかない。さあ、急ごう。Hがぼくの前を走っていく。Tの姿は全く見えない。
 いつのまにか、ぼくは子ども時代の名古屋の実家付近を走っている。道路の右側に沿って、細長く畑ができていて、そこに最近何かの種をまいたばかりらしい。子どもたちが盛んに畑仕事をしている。この上を走って、種をほじくり出してしまってはまずいな、と不安になる。ふと見ると、すぐ前を長ネギの束を持った女性が走っていく。あれはHだろうか。ぼくは女性の顔がみんな同じに見えてしまうたちなので、本当にHかどうか自信がない。勇気を出して話しかけてみると、やはりHだった。「Tは?」と尋ねると、「あの人はいつも速いのよ」と答える。それにしても、ここはぼくの自宅の近くだから、こんなところを二人で走っているところを家族に見つかってはまずい。そのことをHに注意しようと思うが、言い出せずにいるうち、突然世界が変わった。ぼくはいきなり全く見たこともない場所に放り出されていて、面食らう。見回してみても、Hも見失ってしまった。ぼくはひとりぼっちで、西も東も分からない。

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8月3日の夢(うどんの自販機)

 浜松に出張した。バスに乗っていると、目の前でスキー客の若いカップルの乗った車が、空中に跳ね上がった。そのまま空中を飛行し、旋回して降りてくる。ぼくは車が地上に激突するのではないかと、ぞっとするが、車は無事に地面に着地する。さぞかし乗っていたカップルは怖かったと思うのに、二人は平気な顔をして車から降りてきた。ぼくは他の人たちとどこかへ行こうとしていたが、歩みをとめてみんなに「戻って、二人の話を聞こう」と言う。
 結局、浜松での仕事はキャンセルになり、新幹線で帰途につく。新幹線が町田の駅に着くと、女性詩人のIはここで乗り換えて、山梨に帰ると言う。ぼくもこのまま家に直帰したいが、まだ午後1時だ。会社に帰らなくてはいけないと思う。Iもそのまま東京まで行くことになるが、新幹線がなかなか発車しないのを見て、お腹が減っていたらしく、ホームに飛び降り、うどんの自動販売機に突進する。ボタンを押すと、どんぶりに入ったうどんが出てきた。それを持って発車ベルの鳴り出した列車に駆け込もうとするが、うどん屋ののれんが外れて、彼女の邪魔をする。必死に振り払うが、また邪魔をする。それでも、ようやくのれんを振りほどいて、無事、うどんを持って列車に戻ることができた。その間、ぼくは渾身の力で、閉まろうとするドアを押しとどめていた。

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8月2日の夢(バス停)

 駅前のバス停のベンチに遊覧バスに乗ろうと、家族連れが座っている。両親のほか子どもが何人もいる大家族だ。そこへ中年のおばさんがやってきて、「あたしは経験者だからね」と言い、座っていないで、ちゃんとバス停の前に立って並ぶように、アドバイスする。家族連れは一度はおばさんの言うことを聞き、立ってバス停の前に並ぶが、また間を詰めただけで、ベンチに座ってしまう。
 ちょっと変わった形の遊覧バスがやってきた。家族は当然バスがドアを開けてくれるものと思い込んで、悠然と座っている。しかし、ほかの車が間に入ってしまったため、少し離れたところに停車したバスの運転手は、誰も立たないのを見て、乗る意志がないと判断し、そのまま発車してしまう。慌てて家族連れは走ってバスの後を追いかけ、後部の窓を叩いてわめき立てる。運転手はようやく気づいて、「なんだ、乗るのか」という態度で、ドアを開ける。経験者のおばさんの意見をちゃんと聞けばよかったのだ。

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8月1日の夢(少年愛と火山)

 ぼくは取材の仕事で、頭を丸刈りにした男の子に会っている。戦後によくいた男子小学生のような感じだが、年齢はよく分からない。尋ねても、けっして答えようとしないのだ。子どもだと思うが、もしかしたら既に青年に近い年齢なのかもしれない。というのは、彼は同性愛者なので、そのために少年ふうの格好をしているのかもしれないからだ。彼を見ているうちに、ぼくも同性愛の相手として、彼に欲望を感じ始めた。ぼくは彼をものかげに連れ込む。
 次の朝、彼の家の玄関から、その兄弟たちが大勢出てきて、一列に並ぶ。ぼくと少年もものかげから出てきて、彼らに加わる。ぼくはこれで帰るので、お別れの挨拶のためだ。ぼくがここまで乗ってきた車を指さして、兄弟達は「S社(ぼくの勤めている会社)さんから、さわらんようにと言われたから」と、方言まじりで言う。
 そのとたん、道路の向こうから激しい爆発音がして、たくさんの小さな噴火口が地面にでき、噴煙を吹き上げながら、まっすぐぼくらの方に噴火が迫って来る。一瞬逃げようかと思うが、まだ少し距離があるので、踏みとどまって眺める。すると、噴火は途中で止まり、これ以上こちらに新しい火口ができる様子はない。火口の周りにもぞもぞ動くものが見える。どうやら鹿の群だ。火山は鹿たちといっしょに向こうへ戻っていく。
 雨が降ってきた。そこへ宮崎県のお国自慢のプラカードを掲げながら、宮崎のPRソングを賑やかに歌いつつ、大人と子どもの群れがやってきた。ここまではぼくの見ていた映画で、これは映画のラストシーンなのだ。
 スクリーンの前のステージにマイクを持った一人の青年が立ち、「さあ、これからぼくの話を聞いてください」と、会場の子どもたちに話しかける。ぼくはもう出かけなければならないが、お腹がぺこぺこだ。大好きなうどんと卵焼きを食べ始めるが、もっと食べたいのに鍋が見当たらない。かたわらでうどんをつるつると啜っている妻に「鍋はどこ?」と声をかける。妻はうどんを啜りながら、あちこち見回すが、鍋は見当たらず、ぼくに「もっと早く聞いてくれればよかったのに」と文句を言う。

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7月31日の夢(枕と共に渋谷をさまよう)

 渋谷の街をさまよって、おいしいコーヒーを飲める喫茶店かレストランを探している。確か、このビルにいい店があったと思い、開きにくい黒いドアを無理に押し開けて中に入ると、内部は工事中だ。以前は白かったドアがそういえば黒くなっていたのは、閉館されていたためなのかと気づく。それにしても、ビルの床は工事に携わる人夫たちの吐いた唾でいっぱいで、あまりにも汚い。
 外へ出て、大学街の方に行ってみる。すると、奥の校舎は解体工事中だ。この街ではもうおいしいコーヒーは飲めないのだなと思う。ふと気づくと、ぼくは手に紙コップを持っていて、中にはインスタントコーヒーが入っている。あきらめて、それを飲みながら駅の方に戻る。電車に乗って、原宿まで行けば、おいしいコーヒーが飲めるかもしれない。
 ホームに出ようとしたのか、ぼくはエレベーターに乗り込んだ。家族連れがいっしょに乗り込んできて、男の子が突然、投げ縄でぼくの体をぐるぐる巻きにしてしまった。父親が子どもに「やめなさい」と窘め、ぼくも子どもを「やめろ!」と怒鳴りつける。
 そんなことをしている間、エレベーターは止まったままで、全然動こうとしない。エレベーターの奥には、枕を持ったやせた青年がいたが、彼が不審に思ったらしく、前に出てきて、操作盤を眺める。すると、誰もボタンを押していなかったのだと分かる。彼が階数ボタンを押すと、ドアが閉まって、エレベーターは動き出した。
 ぼくは彼から枕を受け取って、二階で降りた。そこは二階のはずなのに、地平線まで緑の草木がおいしげって、とても素晴らしい場所だ。空中公園なのだろうか。枕をくれた青年と目が合い、思わずにっこりとぼくらは目礼を交わす。そして、枕をどこに捨てようかと悩みながら、公園の中をさまよい歩く。

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