12月26日の夢(父の家に行く)

 父の家にいる。立派なマンションだ。面倒見のいい父を頼って、初老の夫婦が訪ねてきている。応接間には父の家族全員が揃っており、ぼくも客に紹介される。「はじめまして、一色です」と自己紹介してから、ここにいる全員が一色なのだと気づき、「間違えました。一色真理です」と言い直すと、みんなに爆笑される。客は父に相談事があるらしいので、退出してリビングルームに行く。

 そこでは1960年代ふうの据え置きステレオから大音量のクラシック音楽が鳴っている。相談事がこちらに聞こえてしまわないよう、母が客のプライバシーに配慮しているのだろう。奥の壁際には大きなソファーが置かれており、誰か見知らぬ男性が顔を隠すようにして寝転んでいる。ぼくが掛けているのは手前の小さなソファーの方だ。「そのソファーは居心地がいいんだよね、寝れるし」とぼくは男性に声をかける。こちらのソファーには三人が座っており、ぼくが左端。真ん中は誰か知らない人で、右端は詩人で評論家のG氏だ。ぼくが手にした紙袋をたえずごそごそさせているので、G氏はこちらに身を乗り出して「ちょっと一色さん、うるさいよ」と注意してくるが、ぼくはそれを無視する。

 リビングに続く小さなスペースは父の書斎である。床全体を覆うように大きなベッドがあり、左側の壁にも作り付けの小さなベッドがある。ぼくはその部屋から父の蔵書を一冊手に取る。すると小さなベッドからむくむくと一人の男が起き上がり、ぼくの手にした本について悪口を言い始める。その本は詩人H氏の詩集だが、ぼくの読んだことのないものである。開くと見返しいっぱいに、H氏からぼくの父への書簡が手書きされている。ぼくは男にその文面を示しながら、この本が貴重なものであることを力説する。それにしても父とH氏が知り合いだったとは驚きだ。そういえば……と、ぼくは思い出す。ぼくはもう77歳だ。ぼくは父が35歳のときの子供だから、父は今は100歳をとうにこえているはずではないか。

 驚きのあまり目が覚める。

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12月12日の夢(ストーカー)

 スーパーで買い物をしていると、妻にストーカー行為をしている男がいる。大声で人を呼びながら、相手の右手をむんずとつかむ。背が低く、頭が禿げていて、卑屈そうに笑っている初老の男だ。周囲の客たちに「110番してください」と叫ぶと、やがて三人の警察官がやってきた。男は手錠をかけられ、皆の前で巨大なゴミ箱のようなものの中にある、緑色の網の中にどさっと放り込まれる。しかし、それで役目はすんだとばかりに、警官たちは静かにその場を立ち去ってしまう。

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12月11日の夢(国連のゲート)

 国連の施設にいる。部屋の中には黒人の少女が数人たたずんでいるが、汚れた棚に丸めた衣服が詰め込まれており、片付けが必要だ。ハンガーが何本か見つかったので、それに服をどんどん吊るして片付ける。うっかり棚に手をつくと、そこには虫が湧いており、潰れた汁が手についてしまった。洗っても洗っても落ちない。

 今日は国連の〇十周年かの記念行事があり、ゲートの前で入場待ちの行列に並ぶ。前にはどこかの学校の学生たちらしい一団がいる。ぼくらはこれから外国行きの飛行機に乗るのだ。なかなか列が進まないので、後ろを振り返っていて、ふと振り向くとぼくの前の行列はもうなくなっている。みんなゲートの中に入ったらしい。このままここで待てばいいのか、それとも前に進んでゲートの中に入るべきか戸惑う。

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12月6日の夢(ダボイズブラカード)

 お店で店員に封筒に入ったカードの使い方を尋ねている。カードの名前はダボイズブラカードというのだ。

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12月5日の夢(「10枚」と書いた紙)

 食堂にいくつかのテーブルがあり、その上には一つずつお櫃のようなものが載っている。そのお櫃の上に、ぼくは「10枚」と書かれた紙を何枚かずつ置いていく。「10枚」と書かれてはいるが、いずれも10枚には足りない紙だ。

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12月2日の夢(放送局)

 突然、日本に住む某アジア国の人々のための放送局から出演依頼が来た。「蜘蛛はお好きですか」というテーマらしい。階段と呼ぶには険しすぎる岩登りをして、ようやく放送局の玄関にたどり着く。スタジオに入る前に、トイレを探そう。スーパーの奥にあった。

 スタジオで待機しているが、番組の収録はなかなか始まらない。居合わせた女性にまたトイレの場所を尋ねる。彼女の案内でスタジオの外に出るが、トイレに行ったのかどうかも分からないまま、スタジオに戻る。前室は畳敷きになっており、そこにタケシと呼ばれる男がいる。かつて同僚だったM氏だと思い、「彼には以前会ったことがある」とみんなに言うが、本人はそれを否定する。他人の空似なのだろうか。いつまで経っても始まらないまま、「オンエア待機中」というツイートもできず、所在なく自分の持っていた書類をごそごそ整理する。

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11月30日の夢(タクシー)

 タクシーに乗って駅へ向かう。今まで通ったことのない堤防の上の細い道を走っていく。道幅が狭いので、左側の水(海だろうか、川だろうか)に今にも落ちてしまわないかと気が気でない。

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11月27日の夢(緑のボール)

 ホテルのトイレに入って、おしっこをする。ズボンのチャックから突き出しているのは、太い半透明のプラスティックの管だ。その管を通って流れ落ちた尿はまず和式便器に溜まり、そこからあふれ出して階段を流れ落ち、一階下の廊下を流れて、突き当りの壁の右にあいた穴から、どこかへ消えていく。トイレって、みんなこういう設計だったっけ? と戸惑う。

 そのプラスティックの管はぼくのものではない。返さなくてはいけないのだが、とにかくどこかに隠しておこうと、廊下をうろうろする。とりあえずゴミ捨て場に隠して、ほっとしたぼくは自分の部屋に行こうと思う。エレベーターホールで二人の労務者ふうの男と擦れ違う。その一人が突然ぼくの上着を指差し、「あっ、どこかで見たと思ったら、あれは俺の上着だ」と叫ぶ。ぼくは慌ててエレベーターに乗り込み、その場を逃れる。

 ぼくの部屋のあるフロアに着いた。そのとたん、ポケットから緑色をしたボールが転がり出した。扉のあいた部屋の中にいた小さな男の子がそれを見て、「あっ、あのボールはぼくのだ」と叫ぶ。そんなはずはないが、ボールははずんでさらに他の部屋に飛び込む。どの部屋もドアがあいており、どうやらどの部屋も他の客でいっぱいで、ぼくの居場所はここにもないらしい。

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11月22日の夢(アメリカの担任教師)

 ぼくはアメリカの高校教師で、山深い村の学校で学級担任を務めている。クラスの女生徒の母親が癌にかかった。そのことでぼくは食事も喉を通らないくらいの悲しみに襲われる。ぼくは彼女と駅で待ち合わせるが、約束の列車の発車ベルが鳴っているのに、彼女は現れない。発車ベルの鳴り終わる寸前、ぼくは列車のドアをこじあけるようにして、車内に滑り込む。

 列車には一等車と二等車が連結されており、ここは一等車だ。車内は木製の壁に囲まれており、窓のない貨車のようである。座席すらなく、乗客は床に足を投げ出して座っている。乗客のほとんどは村人たちなので、ぼくは先日学校で行われた合唱コンクールの結果を報告する。すなわち、入賞者4組のうち、3組はグループでの出場であったが、1組は一人だけでの出場であったこと。だが、この一人を含め、全員がパソコンを活用して合唱をしていたこと。そして最後に、「皆さんもご存じと思いますが、このコンクールを利用して、一人の女生徒が失踪した」ことを涙ながらに皆に告げる。

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11月7日の夢(汚いが信頼される会社)

 ぼくの勤務する会社は階段に綿埃がたまっており、玄関は色とりどりの雑巾で埋まっている。自分の靴を探そうにも、いつも片一方しか見つからないくらいだ。でもとても良い仕事をする会社なので、信頼され、訪ねてくるお客がひきもきらない。

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