1月29日の夢(職場で散々)

 職場で暇を持て余していると、配置替えになった。新しいぼくのデスクは道路の上だ。ぼくの隣にもう一人女性社員のデスクも置かれ、二人並んで仕事をすることになる。それにしても椅子は丸椅子で、背もたれもない。椅子の下は一度穴を掘ってから埋め戻されたようで、椅子をギシギシやると、地面が陥没してしまう。「何をやってるのだ」と社長に叱責されるが、「もともと穴があいてたんだから、しょうがないです」と説明する。この道路の下にはどぶ川が流れていて、ところどころ地面に開けられた隙間から、汚い水面が見える。道路を大きなトラックがやってきて、ぼくらのデスクの間を通り抜けられず、立ち往生してしまった。
 職場で一人、自分の席でないところに座っていると、男が一人やってきて、「さあ、これからトイレの水をかけてやるぞ」と叫び、柄杓で汚物をばらまき始めた。だんだんぼくの方にも飛んでくるようになった。それを逃れて、本来のぼくの席に戻ると、男は追いかけてきて、本格的にぼくに汚水をかけ始めた。怒ったぼくは男と取っ組み合いになり、「こいつをつかまえろ」とみんなに叫ぶが、同僚たちはかかわりあいになりたくないらしく、誰もぼくを助けてくれない。

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1月28日の夢(3つの断片)

 机の引き出しに、自分のサインした沢山のカードと沢山のサインペンが入っている。一つのサインごとにサインペンを替えたので、こんなに沢山のサインペンが必要だったのだ。
 地中を調べるための潜航艇が潜航する準備のため、突き出ているバックミラーや尾灯などを折り畳んでいるのを、乗っていたバスの窓越しに見る。ホバークラフトのような形をしたやつだ。
 二人の人に、緑色の巻物のような物を渡そうとしている。「これはお手紙のように見えますが、お菓子ですので、召し上がってください」と、ぼくは言う。

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1月26日の夢(事故の噂)

 会社で印刷会社の老営業マンを交えて、みんなで談笑している。階下から「40万円もする車が衝突している」という知らせが入る。みんな「ええーっ!」と驚く。(なぜか40万円の車は高級車だと思っている) ぼくの車でなくて、よかったと思う。誰もここに関係者はいないと思い、陽気にその噂をしていると、一人、背のずば抜けて高い若い男が青い顔をして、出口へ急ぎ足で向かった。彼もどこかの印刷所の営業マンらしい。きっと、ぶつかったのは彼の車だろう。みんな、しーんとなって、彼の後ろ姿を見送る。そういえば、彼はこないだボストンマラソンを走る権利を13万円で買ったと言っていた。

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1月23日の夢(プーケット島)

 タイのプーケット島に一人で旅行にやってきた。「危ないから一人では行くな。後でみんなで行くから」と注意されたが、ぼくは好奇心を抑えられない。コンクリートの低い壁から外を見ると、極彩色の不思議な風景が広がっている。南洋の海はこんなにもカラフルなのだろうか。ぼくはトイレに行きたくなり、三階建ての建物を登ったり降りたりして、トイレを探す。しかし、現地人ばかりで、なんだか危険そうなので、用を足すのはあきらめる。
 戻ってみると、中高年の男達が部屋にテーブルを二つ苦労して並べている。それは折り畳まれたパネルを引き出すことで、二倍の幅にすることができるテーブルだったが、うまくパネルを引き出すことができずに、苦労している。やっと出来上がったテーブルに料理を並べていく。ぼくが戻る前に、みんなは既に食べ始めていたようだが、ぼくは何一つ口に入れていないので、早く食べたくてたまらない。
 ふと気がつくと、部屋の床やテーブルに、蚊が一面にとまっている。その数は半端でなく、蚊でじゆうたんができたみたいだ。それを追い払いながら外に出る。
 また部屋に戻ると、今度は小さなカエルやゲジゲジが這っている。しかも、すばしこく動き回っていて、ぼくは気味が悪くて、もう階段の手すりにも触れることができない。

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1月22日の夢(徳島取材)

 ロシアの新進ピアニスト、コブリンが徳島でコンサートをするという。ついでに買い物をしたり、映画を観たりするので、そうした日常を取材に来ないかと、楽器店の人から誘われる。「安く泊まれるところも紹介するよ」と言うから、現地のお店にいる人なのだろう。誘いにのって、一泊で行くことにする。
 ところが、後になって、コブリンの徳島滞在は二日間だということが分かる。といって、二日とも取材をすることはないだろう。後半の一日だけ取材することにし、相手に日程の変更を電話しようとするが、携帯がなかなか通じない。そうこうするうちに、向こうから電話がかかり、目の前に本人が現れた。現地の人ではなく、東京にいる人だった。彼は「一日目の方がメインだったのに」と言う。今さら言われてもしょうがない。彼は若手の後輩社員を連れていて、その男に「おまえもいっしょに行ったらどうだ?」と声をかける。そして、お店に入っていき、「ここで切符を売ってくれる」と言う。一瞬、ぼくが三人分お金を払って、切符を買うべきかなと思うが、ここは男に買ってもらうことにする。
 二台のピアノの置かれた練習室で若い女性ピアニストとリハーサルをする。一曲はなんとか弾いたものの、本当はぼくは楽譜も読めないし、ピアノもまともには弾けないのだ。ぼくを信じて待っている女性ピアニストに、「楽譜を忘れてきた」と苦しい言い訳をする。

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1月21日の夢(恐怖の食卓)

 妻とまだ小さな息子(現在はもう30代半ば)と三人で夕食をとる。いつも仕事が忙しくて帰りが遅いので、ぼくが早く帰宅して三人で食卓を囲むのは久しぶりだ。息子が食卓のどこにそれぞれが座るかを決める。ぼくの真向かいが息子で、その隣が妻だ。
 途中で来客があり、妻がどこかへ行ってしまった。とたんに部屋は薄暗くなり、不気味な雰囲気になる。ぼくがかじっているのは、黒い竹で編んだ笊のようなもので、よく見るとその笊には竹そっくりの黒い真田紐のような虫が何匹かとりついて、鎌首をもたげている。妻に助けを求めるが、妻は戻ってこない。「助けてーっ!」 ぼくの声はどんどん高くなり、悲鳴に変わる。食卓には息子の姿もなく、変わって見知らぬ男が座っている。
 「詩と思想」誌の昔の経営者F氏と、同誌の仲間が作った映画を見ている。ぼくは会場を出たり入ったりして、その全部を見ているわけではないが、映画にはとても象徴的な映像が多く、思った以上に面白くて引き込まれる。特に交差点で、ゴジラの縫いぐるみがもだえて転げ回るシーンは秀逸だ。映画は殆どその交差点に面したお店の中が舞台だったのだが、映画の終わりでは、その交差点の俯瞰のシーンから、そのお店だけが夢のようにふわーっと消滅してしまう。これは意外な終わり方だ。この物語は実は現実ではなかったという暗示だろうか。

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1月20日の夢(自宅映画会)

 新潟へ取材に行ってきました。上越新幹線から見えるスキー場に、スキーヤーの姿は見あたりません。新潟は雪が全くなくて、ポカポカ陽気だったので拍子抜け。長靴はいていったのに。
(夢ここから)
 家の中に広い部屋があって、そこで映画会が行われる。大画面の薄型テレビのようなものが床の右側に置いてあるが、左側から画面に映写機の光線が当たっているので、テレビではなく光学的に映写されているのだと分かる。そこにぼく自身の映像が映写されるはずなのだが、それはぼく自身が撮影したものだ。というのは、ぼくは自分を他人に映されるのがいやだからだ。ぼくはこれから始まる映写に向けて、とても張り切っている。

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二日分の夢

 書かなければならない仕事の原稿がたまってしまって、今日は自宅に缶詰になっていました。
(1月16日の夢)
 詩人の吉増剛造さんが週刊誌に重大な記事を書いたらしいという。印刷所から送られてきたばかりの、まだ製本前の雑誌を、ぼくと妻ともう一人の男と三人でぱらぱら見る。大きな記事だとばかり思っていたぼくは、見出しをひとわたり見て、「そんな記事はない」と言うが、実は小さな記事なのだと聞き、もう一度探し始める。
(17日の夢)
 長方形の大きな教室のような場所に、沢山の椅子が整然と並び、すべての椅子に人が座っている。ぼくはその真ん真ん中の席に、女性と二人並んで座っている。座っているのはそこなのだが、ぼくら二人のやっている港の管理会社の受付机は、この長方形の部屋の短辺の両端にある出入り口に置かれているので、仕事のたびにそこへ出向かなければならない。おまけに、女性と反対側の席に、スキー板か琴のようなものが倒れてきて、そちら側には出ていけなくなってしまった。

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1月15日の夢(御岳山のお客)

 社長に御岳山の山頂に本を届けるよう、命じられる。午前中に会社を出発し、これなら夕方までに悠々帰れるなと思ったのだが、駅近くまで来てから、肝心の本を忘れてきたことに気づいて、会社に戻る。本を手にして、改めて出発しようとするが、この本を届けても、御岳山山頂のお客から貰えるのは郵送料分の150円だけだと言われる。拍子抜けするが、それでも150円分の領収書を持っていかなければならないだろう。会社中の引き出しという引き出しを開けてみるが、領収書がない。同僚の女性社員があり場所を知っているかもしれないと思い、彼女を探す。ようやく、奥の部屋で割烹着を着てアイロンをかけている女性社員を見つけ、尋ねると、手の離せない彼女は言葉だけで、領収書の入っている引き出しのありかを指示する。その言葉に従って、このあたりかなと思う場所の引き出しを探すが、やっぱり見つからない。もう午後3時近い。この分では御岳山から帰れるのは、深夜になるなと思う。(夢ここまで)
 御岳山は「おんたけさん」です。名古屋にいた子どもの頃、よく名前を聞きましたが、どこにあるどんな山なのか分かりません。

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1月14日の四つの断片夢

 ツアーの旅行に一人で出かけ、東京へ帰る列車に乗っている。どこかで乗り換えなければならないのだが、どこで乗り換えればよいのか分からない。座席は船の二等船室のような感じで、床にみんな座っている。たまたま隣に座っていた同じツアーメンバーの女性に乗換駅を尋ねて、教えてもらい、それがきっかけで仲良くなる。それから間仕切りをまたいで、隣の区画に行き、そこにいた男性とも仲良くなる。
 東京に着いて、ぼくはさっきの女性の家に行く。彼女と夫とがちょうど帰宅したところを、門の外から「お帰り!」と声をかける。ぼくは彼女は自分と同じ旅行から帰ってきたところだとばかり思っていたのだが、彼女は「あれからダンナと別の旅行に行って、今帰ってきたところなの」と言う。ぼくはとまどいを感じて、そこを離れる。
 パスネットのカードを沢山貰い、無造作にポケットに突っ込む。そのまま駅に行き、改札を通ろうとするが、それらのカードに自分の定期券が紛れてしまい、見つからない。通行する人々が見ているところで、みっともないと思いながら、ぼくはポケットの中からカードを全部出し、床に分類しながら積み重ねて、定期券を探すが、見つからない。
 布団の中に男の死体がある。ぼくが殺したのかどうかは分からない。死体の男から荷物を奪って、こっそり玄関から逃げようとする。玄関は暗いので、沢山置いてある中で、どれが自分の靴か分からない。とにかく男物の靴を探して逃げようとするが、足先に触るのは先端がとがった女物の靴ばかりで、なかなか逃げることができない。

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