1月1日の夢(元首相の独白)

 明けましておめでとうございます。バリ島ではうとうとすると、すぐ考えていることが夢になって出てくる不思議な体験をしましたが、記録できるようなまとまったストーリーにはなりませんでした。
 とりあえずバリに出発する前、1月1日の朝に日本で見た夢を書きます。なぜか、ぼくは「元首相」で、その人物の一人称によるナレーション付きの夢でした。ナレーションをそのまま記録します。
(夢ここから)
 「元首相である私がここ、最上川のほとりにやつてきたのは、50年ぶりくらいのような気がする。あれからもう50年も経ったということは、私は既に死んで、魂になってここへ戻ってきたのだろうか。」
(ここからは客観的な夢の記述)
 ぼくは水彩で、紙にさらさらと自分の思い出を絵に描く。と、その絵はまるで写真のように見える。画面の手前に見える女の子が妹で、その後ろに小さく見えている男の子がぼくだ。絵は見ているうちにますますくっきりとして、鮮明になってくる。

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12月31日の夢(今年最後の夢)

 会社で仕事をしていて、ふと気づくと、ズボンをはいていない。トイレの個室で用を足したのに、まだ紙を使っていなかったことを思い出す。誰も見ていないのを幸い、もう一度トイレに入り直す。トイレには台の上と、台の下に一つずつ便器がある。台の上の方がきれいそうだったので、台に上がり、ズボンをかたわらに置く。と、それまでは見えなかった、誰かのおしっこの水たまりがそこにあり、あっと思ったときにはズボンのベルトのバックルが、水たまりに入ってしまった。しかたなくズボンを持って洗面台に行き、水を出してベルトを洗う。(夢ここまで)
 明日から、夢と癒しの島、バリへしばらく行ってきます。初夢がバリで見られるかどうか・・・

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12月28日の夢(なぜか大泣き)

(昨日の夢です)
 社長を含む四人でタクシーに乗り、陳情に行くことになる。集合場所はぼくの母校・東海高校の北門だ。朝から出かけるつもりなので、集合したのは深夜である。午前2時頃には周りに、日雇いの仕事を求める男たちが三々五々集まってきて、早朝に人集めにやってくるバスやトラックを待っている。ぼくらの乗ったタクシーを彼らの集まっている真ん中で止まる。ぼくら四人が降りてしまうと、荒くれた男達の間に運転手は車の中で一人残ることになってしまうので、心配したぼくは「大丈夫か?」と尋ねるが、運転手は大丈夫だと答える。タクシーを降りたぼくら四人は教室で仮眠をとる。
 朝、そろそろ出発しようということになる。車には二つの長いソファと、窓脇の一人がけの座席がある。社長がどこからか大きな板を二枚持ってきて、窓際の席と席の間に渡してくれる。これで、ぼくも車中、板の上に寝て行けることになった。
 急いで出発しようとして、うっかり荷物の山をどどっと崩してしまう。自分のスーツケースを一個だけ引っ張って出かけるが、はたしてこんな身軽な荷物でよかったのか、不安になる。
 再び、北門に行く。朝が明けてきた。この仕事で映画監督を務めるカメラマンが、世界地図を開いて、「大陸は呼応する・・・」という自説の演説を始める。それを聞いて、タクシーの運転手は感激し、「これから自分も地図を見たら・・・」という話をする。ぼくも感激して、大泣きしてしまう。
 朝、歯を磨き、シェーバーで髭を剃ろうとしたとたん、シェーバーがばらばらに壊れてしまった。組み立てようとするが、透明な電池から液がもれて手につく。これは毒だからと、慌てて手を洗う。今日はクライアントのところに行くのだから、ひげを剃らなければいけないのに、どうしよう? と、ばらばらに分解したシェーバーを前に、途方に暮れる。

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爆発物と帽子

 どこかの惑星にいる。ぼくは手に何かを持って歩いている。何であるかは忘れてしまったが、大切なものだと言われて、大事に持っていたのだ。ところが、それが煙を上げ、やがて炎まで吹き上げだした。びっくりしたぼくは、息子に修理してもらおうと、息子のところへ持っていく。中学生くらいに見える息子は、床に腹這いになって、別のものの修理に夢中だ。あまりに危険だと思ったぼくは、その大切にしていたものを投げ捨てた。そのとたん、大爆発。ぼくはだまされて、危険なものを持たされていたらしい。
 会社に妻の中学時代の友人夫婦が挨拶に来た。抽選で当たって、ただで海外旅行に行けることになったという。彼らを迎えた妻とぼくはびっくりする。しかし、どうも二人のぼくを見る目がおかしい。気がついて、ぼくはかぶったままにしていた帽子を脱ぐ。しかし、まだ帽子をかぶっている。もうひとつ帽子を脱ぐ。ぼくは二つも帽子をかぶっていたのだ。帽子を脱いだので、二人ともぼくが誰だかやっと分かったらしい。

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クリスマスイヴの夢(トイレが詰まった)

 大きな家に引っ越し、二階に大きなトイレができた。便器はベッドのように大きく、形もベッドみたいだ。だが、トイレットペーパーをぼくが使いすぎたため、トイレの水を流したら詰まってしまった。大きな便器なので、詰まった水の量もすさまじい。轟々とした濁流に、ベッド型便器の蓋が大きく上にふくれて、たわみ、破裂してしまいそうだ。と思っている間もなく、黄色い濁流が便器からあふれ、部屋中が足首くらいの高さまで汚水につかってしまった。家具など、部屋中のものが水浸しだ。慌てて妻を呼んだが、妻は意外に平静だ。ぼくは一階に水漏れしてしまうのではないかと、心配でたまらない。

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12月22日の夢(ヒデの絆創膏)

 ユリカモメがどんどん野川の下流から飛んできて、まるで港町のようです。ぼくの住む街は「狛江」という名前からすると、きっと昔は多摩川の水運による港町だったのでしょう。だから、カモメは当時からの習性で、今もここへ上ってくるのかも。家の前のグラウンドのポールのてっぺんにはなぜかカワウが毎日4羽とまります。あたりを睥睨しながら、羽を乾かすのにちょうどいいからでしょうか。
(ここから今朝の夢)
 ヒデがスチュワーデスにヘディングのしかたを実演しながら教えている。ヒデの頭の左側にはキズができているらしく、大きな絆創膏が貼られている。ヘディングの実演をするたび、彼はそのキズを気にして、タオルのようなものでキズを押さえる。
 横浜の楽器店のPR誌でお店のスタッフ紹介を連載しているが、全員のスタッフ紹介を終えるまでに、雑誌の方が終刊することになってしまった。話しているうちに、上原彩子さんのスタッフの取材の話題が出る。男女のボランティアスタッフが泊まり込んで手伝っているのだが、社長は夜も互いの部屋の行き来を認めているのだという。なぜなら、みんなとても真面目で不祥事を起こしたことがなく、部屋の中も整然としているからだという。ぼくはその話をお店の社員から聞き、早速記事にするが、記事を書くにはパソコンのキーボードを打つのではなく、自分の髪の毛を鋏でバサバサと切るのだ。(夢ここまで)
 夢のことは忘れていましたが、無意識に今朝、自分の髪の毛を鋏でジョキジョキ切って、整えました。もう30年以上、床屋へは行っていないんです。

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12月21日の夢(熱気球型落下傘と水平エレベーター)

 風邪がなかなか抜けません。痰のからんだ咳が出るような出ないような・・・。今日も医者へ行ってきましたが。
(ここから今朝の夢)
 医者へ行き、老医師に健診表か何かのデータを渡す。医者はそれをカルテに書き写しながら、しばらく待合室で待つように言う。待合室に着き、ベンチに腰をおろそうとしたとたん、受付の女性たちが「一色さんを呼んでいいの?」と話し合っているのが聞こえ、すぐに「一色さん」と再び診察に呼び出された。
 「熱気球型落下傘」の玩具を三個貰った。それはぼくのものではなく、政府に渡すようにということで、受け取ったのだが、なんだか自分のもののように錯覚し、小さな息子に鋏を持ってこさせて、その一個を開けてしまう。しかし、すぐにこれは「罪」になると気づき、息子に「鋏を向こうへ持って行きなさい」と言うが、息子は応じようとしない。
 会社のエレベーターで一階へ降りようとして、「下」のボタンを押す。ところが、ぼくの前に並んでいた同僚たちは、ぼくが「一階へ行く」と言っているのにもかかわらず、「二階というボタン押すとどこへ行くんだろうね」などとしゃべりながら、自分たちだけで乗ってしまい、ぼくを置いてきぼりにする。ここが二階なのに、あいつらは何を言っているんだろう?と思う。またエレベーターが来たので、ほかの同僚たちと乗り込む。すると、そのエレベーターは下へは降りず、すーっと水平移動していく。窓から外の景色が左右に流れていくのが見える。このままどこかの駅まで行くらしい。

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12月20日の夢(おじさんとランチ)

 上原さんに会いました。ちょっと会わない間に電撃結婚をして、子供までできてしまった彼女。見るからに幸せそうに輝いていました。「子供ができて、あたしも愛するってことを知りました」なんてコメントも、上原さんなら許せる!
(ここから今朝の夢)
 中年のおじさんにランチをいっしょに食べよう、と声をかける。おじさんは急に慌てだし、「早く行かないと、席がとれなくなる」と言う。レストランに着き、ぼくがメニューを広げると、おじさんはもうパスタの大皿を手に持って、今にも食べ終わろうとしている。しかし、その食べ残しの皿を慌てて壁の棚に隠し、さらにメニューを開いて、ぼくといっしょに食べるランチの品定めを始める。

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12月19日の夢(北海道の富士山)

 取材でカメラマンと北海道へ行く。インタビューの相手をまず撮影。すると、カメラマンが「せっかく北海道へ来たのだから、北海道らしいものをぜひ撮影しておきたい」と言う。カメラマンが指さしたのは、高窓から見える富士山のような山。富士山みたいだけれど、山肌がカボチャのようだ。富士山が北海道にあったっけ? とにかくインタビューをしようと思うが、質問表を忘れてきたことに気づく。しかたなく、時間をかけて一問ずつ思い出し、なんとかすべての質問を終えることができた。(夢ここまで)
 明日はピアニストの上原彩子さんのインタビュー。上原さんをインタビューするのはもう五度目で、多分ぼくが長い音楽ライター生活の中で一番多くインタビューした相手は彼女でしょう。そして、多分、彼女をぼくがインタビューできるのも明日が最後になるだろうと思うと、ちょっと感無量です。

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12月17日の夢(ピアノと新幹線)

 仕事で浜松へ出張することも滅多になくなって久しいのに、いまだに浜松の夢を見ます。
(夢ここから)
 浜松のピアノ工場の試弾室に行き、初めて仕事をするカメラマンのクルーに、コンサートグランドピアノを撮影してもらう。撮影が終わり、重いピアノを二階に運び上げて、やれやれと思う。だが、その瞬間、このピアノはコンサートグランドではなかったことに気づく。変だ。見回しても広い試弾室にあるのは、このピアノだけなのに。そういえば、今日、有名な外国人ピアニストが浜松に来ると言っていた。コンサートグランドピアノはそのピアニストの練習用に回してしまったのかもしれない。とにかくクライアントに電話をしようと携帯を取り出すが、何度やっても画面に相手の電話番号を表示することができず、かけられない。しかたなく、紙切れにえんびつで電話番号を書き付け、それを見ながら電話しようとするが、長い電話番号を記憶することができず、どうしても押し間違えてしまう。結局、いつまでたっても電話はかけられないのだった。
 帰りの新幹線に乗る。一列に窓際にいつもは前を向いて並んでいる座席を、一人の乗客が90度回転して、横向きにした。それがかっこいいので、窓際の乗客はみんな椅子を横向きにした。ぼくは真ん中の方の座席に座っていたのだが、自分もやってみたくなり、コートと鞄を席に置いたまま窓際の空席に移り、やはり横向きにして座る。やがて列車が東京駅に着いたので、真ん中の座席に置いてきたコートと鞄を取りに戻るが、見あたらない。どうやら盗まれてしまったらしい。

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