8月30日の夢(川のような道路)

ジャズピアニストのO氏の学校コンサートの取材に行く。会場になった教室は机も椅子も少ししかない上、机と椅子の間が狭いので、空席があるのに、気の弱いぼくは座ることができずにいる。まだ開演まで間がある。O氏がついっと外に出たので、ぼくも後を追う。彼は道路をどんどん進んでいく。そこには別の学校の校舎があり、その前に看板がある。描かれているのは楽器かレコードプレーヤーのようなものだ。彼はぼくに「これはドイツの会社と共同開発されたものだ」と説明し、ぼくは必死で彼の言葉のメモをとる。そこへ追いかけてきた学校コンサートのスタッフたちが、「もう始まります。ここは会場から遠いので、タクシーで行きましょう」と、彼をタクシーに押し込んで走り去る。しかたなく、ぼくだけ徒歩で帰ることにする。この道をまっすぐ帰るだけだから、どんどん戻ればいいと思うが、行けども行けども元の学校にたどりつけない。おまけに降っていた雨がたまり、交差する道は川のようになっている。一瞬、この川は渡れないと思うが、「いや、これは道路なのだ」と思い直し、不安を押さえて川のような道路を渡りきる。

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8月29日の夢(地下街閉鎖)

ぼくの夢には十数年前から度々出てくる地下街がありました。それは全く同じ地下街なのですが、最初の夢ではすごく賑やかだったのに、年が経つにつれて商店がシャッターを下ろし、少しずつ廃墟になっていったんです。今年、夢で久しぶりに入ろうとしたら、出入り口がアスファルトで閉鎖されていました。すごいショック!
(夢ここから)
 表参道を食事を買おうとしてぐるぐる歩き回る。いつもの地下街に入ろうとすると、そこに通じる出入り口はアスファルトで埋められ、閉鎖されていた。
 同僚のSさんがコピーを書いた冊子を校正するよう、社長に指示される。しかし、原稿が見あたらない。彼女のデスクの上にもないし、引き出しを開けてファイルを取りだし、中身を一つ一つチェックしてみるが、やはりない。会社を出て、表参道の街を探して回るが成果がない。
 会社に戻り、そう社長に報告していると、ピエロの格好をした男が現れて、身振りで「ついてこい」と言う。ついて行くと、キャットストリートの一角で踊り出した。急速なスピンを踊る彼の姿は一匹のペンギンにしか見えない。しかし、ぼくが探しているのはペンギンではなく、原稿なのだ。頭に来る。おまけに空から何かが降ってきたので、掌に受けてみると、何匹もの太った蛭だ。これではたまらない。

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8月28日の夢(二十郎とエノケン)

夢に出てくるエノケンって、昔のコメディアンの榎本健一のことだけど、そういう自分も「健一」の「健」の字が分からなくて、検索してしまいました。ぼくの枕元のピアノの上に、実はエノケン直筆のサイン入り扇子が飾ってあります。うちが昔、芸人宿だった頃、本人から貰ったのだとか。
(夢ここから)
 ギターの弾き語りで歌っている。歌詞は「太郎がこんなに悲しい。二郎がこんなに悲しい。三郎も四郎も悲しい。ぼくらがこんなに悲しいなら、二十郎はどんなにもっと悲しいだろう」という歌。
 日比谷公園のあたりを観光バスに乗って走っている。ガイドを務めているのはエノケンのようだ。ふと振り返ると、窓の外の通り過ぎてきた風景がモノクロになって、昔の日比谷の風景が見える。蓮池の向こうにごつごつした山脈がある。かつてここにはこんな山があったのかと驚く。

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8月26日の夢(現物支給)

 ぼくの会社では従業員全員に制服代として65000円、食費として150000円が支給される。しかし、現物支給されることも多く、制服代の一部としてグランドピアノ型のトイピアノをデスクに一台ずつ支給されて、置いている人が多い。また、食費は朝食と夕食はバター付きパン、昼はお弁当で支給されることが多い。

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8月25日の夢(研究会は大騒動)

今日は恒例の「S研究会」でした。夢でも研究会をやっていました。
(夢ここから)
 今日は研究会の日だ。初めて使う会場はどこかのレストランの二階。なんだか勝手が違う。メンバーは19人と聞いていたのに、部屋にはメンバーがぎっしり。おまけに知らない顔ばかりだ。ぼくの座るスペースすらないくらい。やっと講師席のスペースを見つけて座ると、そのぼくの後ろにもメンバーが座布団を敷いて座ってしまう。これでは困る。さらに壁際まで後退すると、そこは狭いが一段舞台のように床が高くなっている。ここなら安心だ。
 改めて会場を見渡すと、亡くなったはずの大先輩の詩人、斉藤まもるさんがにこにこして座っている。「なぜか思潮社がいっしょに行くというので、今度中国へ行くんだよ」と上機嫌だ。しかし、講師のN氏が現れない。時間が来たので、とりあえず開会し、そのことを話すと、会場から二本手が上がり、「今Nさんは虫歯の治療中です。携帯電話の向こうから治療器具のガーガー言う音が聞こえました」と言う。そんなことをやっているうち、別の講師のO氏の巨体が目の前を通り過ぎた。ええっ、なんで彼がここに?と思う。
 さあ、作品合評の開始だ。「では最初の人」と言おうとして、自分の手元の作品集を見ると、あまりに読み過ぎてページがくしゃくしゃになっていて、どこが一ページ目か分からない。慌てて一ページ目を探し当てるが、それはエッセーだ。エッセーなんか詩の研究会では取り上げられないから、飛ばすことにする。ところが次のページをめくると、そこは19ページだ。泡を食って隣の人に確認すると、どうやら全員の作品集が1ページの次に19ページが来ているらしい。そこで、その作品を書いた人に最初に自作朗読をしてもらうことにする。
 作者は若い男性である。朗読の途中で突然、ギイーンとエレキギターの音が入る。どうやらエアギターらしい。しゃれたことをするな、と思う。続いて彼はぎりぎりっ、ぎりぎりっと歯ぎしりをする。そしてまた朗読に戻る。しかも、なぜか作品集に印刷してあるのとは全く違うテキストを読んで、さっさと着席してしまう。あっけにとられるが、習慣的に「はい。この作品はいかがでしょうか」と言ってしまう。前列とそのすぐ後ろの二人のメンバーが手を挙げる。一人は1歳か2歳の子供をだっこした若い母親だ。「では、赤ちゃん、いや、お子さんをだっこした方」と彼女を指名する。彼女ははきはきとこの作品を支持する発言をするが、肝心の作者はぼくの隣に座り込んで友人と私語をしている。うるさいから注意しようか、と思い、立ち上がる。一度立ち上がってしまうと、もうぼくの座るスペースがなくなっている。
(ここから別の夢)
 会社にチョコレートケーキが送られてきた。社員みんなで分けて食べるのだが、手づかみで自分の分を取ると、皿に沢山取れてしまう。取ってしまったものはしかたがない。いざ食べようとすると、小さな羽虫がいっぱい飛んできて、ケーキにとまる。振り払っても、振り払っても虫がとまる。これでは生きた虫もいっしょに食べてしまいそうだ。

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8月23日の夢(靴下をはき直す)

 家を出て、バスに乗り、つくばに建設中の実験施設に出かける。施設についてみると、社長が椅子にどっしりと腰を下ろして、建設を指揮しており、殆ど工事は完了しようとしている。施設は大小二つの部屋からなり、広い方が実験室。小さい方は書庫で、左右の壁面と中央の三カ所に天井まで届く巨大な書架があって、ぎっしりと本が詰まっている。
 施設がもう出来上がってしまったので、ぼく自身は何もしないまま、みんなと帰ることにするが、なぜか途中ではぐれてしまった。おまけに、靴下をはかないまま、靴をはいていたことに気づき、途中、道路に卓球台のような大きさのテーブルを出して営業している食堂のところで、しゃがみ込み、靴下をはき直そうとする。そのテーブルの周りは若い学生達でいっぱいだ。若い男性の店主が注文を取りに出てきて、ぼくに「お前はただ靴下をはくために、ここにいるだけか」と文句を言う。ぼくが「これから会社へ帰るところだ」と答えると、「サラリーマンは大変だね」と同情してくれた。

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8月22日の夢(レストラン)

 昼食のため、外に出る。普段はローソンでお弁当を買うのだが、珍しくレストランに行き、カフェテラスのように外に並んでいる椅子に座る。斜め後ろにはテーブルがあり、そこにプラ・ケースに入ったさまざまな料理の見本が並んでいる。ぼくは身をよじるようにして振り返り、ご飯とサンマかサバのあんかけらしい料理を指さして、「下さい」と声に出して注文する。そのとき、人差し指がうっかり料理に触れてしまい、「しまった」と思うが、料理そのものではなくプラ・ケースに触っただけだから大丈夫だと思い直す。しかし、店主はぼくに対して、「もうこの料理は売り切れです」と無情に言い放つ。意外だ。ぼくは「他の何でもいいから」と、店主に食い下がる。

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二日分の夢

(8月20日の夢)
 打ち合わせのため、みんなで駅へと向かう。「携帯があるから、それで連絡をとりあえばいいよね」と言って、ぼく一人だけ、みんなとは別の改札口から入ることにする。途中で、階段を降りるが、そこで上着が脱げかけていることに気づく。一度脱いで、着直したつもりだったが、実際はそこに上着を置き忘れ、別の緑のシャツをかわりに着てしまったらしい。歩きながら、みんなに連絡をとろうと、ポケットを探ってみるが、携帯はどこにも見当たらない。
 タクシーに乗って、駅へと向かう。途中で、どこかの家というより部屋の前でタクシーが止まったので、ぼくは「ここでいいです」と運転手に言う。しかし、運転手は「えっ、ここでいいの? 駅はもっと向こうだよ」と答える。その部屋で、ぼくは何か景品のようなものを受け取り、再びタクシーは走り出した。駅はなかなか見えてこない。変だな。もう一つ向こうの駅に行くのだろうか・・・と戸惑いを覚える。
(8月21日の夢)
 会社で仕事をしている。部屋の壁はいずれも天井から床まで届く白いカーテンか、障子で覆われており、真っ白である。いくつか部屋がある中で、ぼくは一番奥の部屋で、何人かの同僚と仕事をしている。突然、サティのジムノペディのメロディーが流れる。ぼくの携帯の着信音だ。慌ててポケットを探るが、ぼくのではなかった。同僚のMくんが「ぼくのだよ」と言う。
 みんなが食事に行ってしまい、中に残っているのはぼく一人になった。ぼくは一匹の白い猫を首縄をつけて連れており、猫といっしょに出演するパフォーマンスの練習を始める。部屋中を猫といっしょに走り回っていると、二階から看護士の女の子が白衣を着て降りてきた。彼女の後をついて、ぼくと猫は走る。追いついた猫が彼女に前足をかけて、甘える。看護士は猫に「わあ、エッチね」とジョークを飛ばすが、上機嫌で嬉しそうだ。

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大連夢日記と中国旅行報告

 海外旅行に行くと、なぜか最後の日に夢を見るということが多いです。これは昨日の朝、大連で見ていた夢。
(8月18日、大連で見た夢)
 ぼくは今、スイスアルプスの山中で開かれている国際詩祭に来ている。世界各地の詩人たちが自国語で自作の詩を朗読している声が聞こえる。一瞬だけ、聴衆の中に死んだ母の姿が見える。S誌の編集委員会の同僚であるOくんと、会場に向かうカートに乗り込む。乗りながら、ぼくはこれが夢であることを感じている。だから、夢日記に今体験していることを書こうとするが、夢日記はもう全部のページが埋まっていて、書くスペースがない。たまたまノートには紙が一枚はさまれており、その紙には書き込むスペースがある。ぼくはほっとして夢を書き込み、そこにやっと全部夢を記録したと思うが、次の瞬間、それは夢で、ぼくはまだ一字も夢を記録していないことに気づく。ぼくはすっかり頭に来てしまい、ぷりぷりしながら「ぼくは降りるからね」と言って、カートから一人降りる。通路のソファに座り込んで、今度こそ夢日記を書こうと思うが、やっぱり書くスペースが夢日記にはないのだ。そこはもう詩祭の会場の近くで、大声で詩人たちの朗読が聞こえている。出演する詩人たちが大勢やってきて、次々とソファに座る。その間にまた、ぼくは自分が夢日記を書いたと思うが、よく見ると、それはきれいな赤い和紙でできた便せんで、明らかに女の子用のものだ。こんなものがぼくのものであるはずがない。慌てて、ぼくはそれを目の前にあるベンチの隙間に押し込んで、隠してしまう。
 ぼくがファンの女性アイドル歌手(実在しない)が、彼女の在籍する高校の文化祭で受付をしている。雨が降っている中、ぼくは彼女に会うために長い石段を降りて、その受付の場所にようやくたどり着く。ところが、受付をしていたのは、彼女とは似ても似つかぬ初老のおじさんではないか。ぼくは慌てて回れ右をして、石段をまた登っていく。
(ついでに旅の報告)
 今回は12日に大連に着き、旅順の日露戦争遺跡を見学した後、17日まで夫婦二人列車を乗り継いでシンヨウ(日本統治時代の奉天)、長春(同・新京)、ハルピンまで行ってきました。その後飛行機で大連まで戻り、18日の午後、帰国。
 もちろん言葉が通じないので、スルーガイドに付いてもらいましたが、もろに中国の市民と日常を共有できたのが面白い体験でした。駅の売店で20元出して4元の水を買うと、6元しかお釣りが来ず、抗議すると悪びれずに10元また差し出すとか、他の国とはちょっと違う国民性を実感しました。
 中国は四度目ですが、前回来たときと明らかに違うのは、街にごみが一つも落ちていないこと。ゴミを投げ捨てると、罰金をとられる法律が出来たそうで、警察官が目を光らせ、たえず清掃係の人がくまなく落ちているゴミを拾っています。五輪対策の一つなんでしょう。それと、あんなにいたホームレスや物乞いの人が一人もいません。ぼくの勤めている千駄ヶ谷なんて、ゴミとホームレスだらけなので、びっくりしました。各地の路面電車にも二度乗ってみましたが、たとえ車体は木造でも全車、パスネットで乗ることができます。これにも仰天。中国の電子化はいっそうすさまじい速度で進んでいました。

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8月12日の夢(頑固な床屋)

(明日から中国です。出発前に久しぶりに夢を見ました)
 「仕事の前に、床屋へ行って来い」と上司に言われ、ぼくは街に飛び出した。今は表通りには殆ど床屋なんてない。裏通りに入っていくと、予想通り床屋があった。
 頑固そうな短髪のおやじとおかみさん、それに娘らしい姉妹がいる床屋だ。おやじに髪を切って貰うが、どうも彼の態度がおかしい。カットだけしてもらったところで、「どうしたのか」と尋ねると、「おまえはどうも気に入らないから、やりたくない」と言う。それならぼくも返金してもらって、これで店を出ても悪くないと思う。でも、姉娘にだけはぼくのことを理解してもらいたい。といって、ぼくの正体を完全に明かすわけにもいかないから、「ぼくのことは紳士録でも何でも見てもらえば分かる。けっして怪しい者ではない」と、おかみさんと姉娘に話す。しかし、もうこの店には入れてもらえないだろうなと思いつつ、店を後にする。
 別の日、また上司に「仕事の前に床屋へ行って来い」と言われる。別の店を探すつもりだったが、裏町や住宅街をさまよっても床屋は見つからない。しかたなく、こないだの床屋に入る。追い返されるかと思ったが、どうやら受け容れてもらえそうだ。(夢ここまで)
では、行って来ます。

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