11月13日の夢(人間の壁)

 会社が四国あたりの地方都市に引っ越した。雨が降っている。今日はY社から依頼された新しい切り口によるピアノの啓蒙本を作るための打ち合わせの日だ。いきなり音楽の必要性を説くのでなく、子供の情操教育の話からソフトにピアノの効果をアピールする冊子である。
 二時からのつもりだったが、二階の窓から見ていると、一時に早くも下の街路に自転車の停まる音がした。調律鞄を持った男が降りたところだ。きっとあの男が打ち合わせの相手だろう。急いでデスクの引き出しを開け、名刺を探すが一枚も見当たらない。そうしているうちに男が上がってきて、ぼくの名前を呼ぶ。出ていくと、カラーで印刷された名刺と小物のノベルティをさりげなく手渡してくる。ぼくはしかたなく「今名刺を切らしてまして」と弁解する。
 さて打ち合わせ場所を探すが、二階はもちろん一階に行っても空いているテーブルがない。玄関前にちょっとした台のような場所があり、そこでしようかと思うと、若い男が不愛想に「ここは俺が使っているところだ」と凄む。しかたがないので外に出て、喫茶店に入ろうと思う。しかし傘立てをいくら探しても自分の傘がない。おまけにぼくのズボンにはどうやらお尻に穴が開いているようだ。まあ、この程度なら外から見えないかもしれないと思う。
 男に外出を促すと、男もしぶしぶついてくるが、「本当は予定が詰まっていて、時間がないんだ」というようなことをぶつぶつと呟いている。
 喫茶店に入ると、隣の席にいる知らない女性がなぜかピアノの情操教育上の効果について話しかけてくる。なぜぼくらの話題について知っているのかと怪訝に思うが、「そうそう」と相槌を打つ。突然店中の男たちが人間の壁になって押し寄せてきて、ぼくは押しつぶされそうになる。

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