9月7日の夢(ダガルディン)

 「ダガルディン(Dagaldin)」という名前の素敵なファンタジー小説が発表され、人気を呼んでいる。よく考えてみると、この変なタイトルの中には「ガルド(gald)」という文字が入っている。「ガルド」というのは、この小説を出版した会社が作ったディズニーランドのような遊園地の名前である。その施設へ行く楽しさを、この物語は暗示したものなのだと分かる。

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9月6日の夢(FAX)

 FAXから出力された用紙が大量に、機械の周りの床に散らばっている。一番上にある数枚は、女の子っぽいかわいい便せんにぎっしりと文字が書かれたもので、これは絶対ぼく宛のものだと思い、それを拾い上げる。
 次の用紙も同様な便せんに書かれたものだが、文字がすべて赤いインクでプリントアウトされている。これもぼく宛のものだと思う。
 最後に残ったのは、やはりかわいい女の子向けの便せんに書かれたものだ。元プロのミュージシャンで今はフリーのライターをしているIくんが、「それはぼくのでしょう。いつもこういう用紙で、小林という人が送ってくるんです」と言いながら、周りの女性社員たちの笑いの中で、それを拾い集めて、持っていく。
 レストランで会社のパーティーに出席している。妻には夜10時までに帰ると言っておいたのだが、カウンターの背後の壁にかけられた時計を見ると、もう10時10分だ。でも今から帰れば10時40分までには戻れるかもしれない。そんなことを考えているところへ、ボーイが日本茶をいれた湯飲みを一つだけ、ぼくのテーブルに持ってきた。ぼくだけに持ってきてくれたのだろうか、それとも隣の人に持ってきたものなのだろうか?

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8月5日の夢(夢日記を書く夢)

 女性と女性が激しく争っている。いつのまにか二人は男性どうしになっており、一方はレスラーのような筋肉質である。二人は車の上で争っているが、それはゴミ収集車のような車だ。なぜか弱そうな男の方が強くて、レスラーのような男の手をとり、それを機械の中に巻き込んでしまう。腕は切断され、レスラーの男は「腕が切れちゃったよー」と野太い声で泣き叫ぶ。
 夢の中で夢をしきりに記述している。今日はちゃんと書いたぞ、と思うが、それは夢の中だということに気がつく。目覚めて、今度こそその夢を書き付けたと思うが、やっぱりそれも夢だった。何度も繰り返すうち、書き付ける紙が手近になくなり、そこにあった人間の背丈ほどの大きさの長方形の箱の包装紙にメモをする。それは誰かが誰かにプレゼントするための贈り物で、十字にリボンが巻かれている。こんなものに書いてはまずいと思うが、書き始めた以上やめることができない。

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9月1日の夢(片道切符)

 暑さも忙しさも一段落して、野川の岸辺を散歩したら、川州にちょこんととまっているカワセミと目が合いました。多分、雛鳥なのでしょう。しばらく歩くと、上流から二羽のカワセミが並んで猛スピードで飛んできました。川の真ん中で餌を狙うアオサギの首のあたりを通過して、雛の待つ場所へまっしぐら。両親が餌をくわえてきたのでしょうか。
(以上は現実。夢はここから)
 夏休みに妻と小さな息子と三人で温泉旅行に出かけた。ところが途中でいくら探しても、帰りの切符がない。どうやら片道切符だけで出てきてしまったようだ。取引先の一つに旅行代理店があって、そこに予約をしたはずなのに、切符を受け取り忘れたに違いないと思い、旅の途中からぼくだけ一人、東京に戻る。
 代理店に行き、受付で「一色ですが」と名乗ると、やはり預かってもらっていたチケットがあるらしく、「一色さん・・・」とマイクで呼び出しがあった。切符を受け取り、意気揚々と列車で家族のもとへ戻ろうとする。
 ところがターミナルのホームで、ふと気づいた。切符を受け取って、どこへしまったのか、全く記憶が抜け落ちているのだ。慌ててポケットやら手帖の中やらを改めるが、見つからない。もう向こうからぼくの乗る列車がやってくるのに・・・。
 だが、幸いなことに切符はあった。そして、その切符を見て、ぼくの旅先は東北地方の日本海側にある温泉であることが分かる。

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8月31日の夢(プレゼン)

クライアントのところにみんなでプレゼンに行く。新しい楽器のカタログだ。ぼくは今回何もしなかったのだが、みんながちゃんと考えてくれたらしい。なんと紙のカタログではなく、小さなバスケットの中にパウンドケーキのようにカタログが詰め合わされたセットだ。これはユニーク。だが、その蓋を開けて説明しているうち、デザイナーのOくんが突然「しまった!」と言う。何か失敗があったらしい。
そのプレゼンで浜松へ行く途中、メンバーの一人が間違えて焼津で新幹線を降りて、食事に行ってしまった。ぼくはびっくりするが、社長は「後から追いついてくるさ」と悠然としている。「ちゃんと引っ張ってでも、連れてくればよかったのに」と、ぼくは社長に文句を言う。

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8月30日の夢(川のような道路)

ジャズピアニストのO氏の学校コンサートの取材に行く。会場になった教室は机も椅子も少ししかない上、机と椅子の間が狭いので、空席があるのに、気の弱いぼくは座ることができずにいる。まだ開演まで間がある。O氏がついっと外に出たので、ぼくも後を追う。彼は道路をどんどん進んでいく。そこには別の学校の校舎があり、その前に看板がある。描かれているのは楽器かレコードプレーヤーのようなものだ。彼はぼくに「これはドイツの会社と共同開発されたものだ」と説明し、ぼくは必死で彼の言葉のメモをとる。そこへ追いかけてきた学校コンサートのスタッフたちが、「もう始まります。ここは会場から遠いので、タクシーで行きましょう」と、彼をタクシーに押し込んで走り去る。しかたなく、ぼくだけ徒歩で帰ることにする。この道をまっすぐ帰るだけだから、どんどん戻ればいいと思うが、行けども行けども元の学校にたどりつけない。おまけに降っていた雨がたまり、交差する道は川のようになっている。一瞬、この川は渡れないと思うが、「いや、これは道路なのだ」と思い直し、不安を押さえて川のような道路を渡りきる。

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8月29日の夢(地下街閉鎖)

ぼくの夢には十数年前から度々出てくる地下街がありました。それは全く同じ地下街なのですが、最初の夢ではすごく賑やかだったのに、年が経つにつれて商店がシャッターを下ろし、少しずつ廃墟になっていったんです。今年、夢で久しぶりに入ろうとしたら、出入り口がアスファルトで閉鎖されていました。すごいショック!
(夢ここから)
 表参道を食事を買おうとしてぐるぐる歩き回る。いつもの地下街に入ろうとすると、そこに通じる出入り口はアスファルトで埋められ、閉鎖されていた。
 同僚のSさんがコピーを書いた冊子を校正するよう、社長に指示される。しかし、原稿が見あたらない。彼女のデスクの上にもないし、引き出しを開けてファイルを取りだし、中身を一つ一つチェックしてみるが、やはりない。会社を出て、表参道の街を探して回るが成果がない。
 会社に戻り、そう社長に報告していると、ピエロの格好をした男が現れて、身振りで「ついてこい」と言う。ついて行くと、キャットストリートの一角で踊り出した。急速なスピンを踊る彼の姿は一匹のペンギンにしか見えない。しかし、ぼくが探しているのはペンギンではなく、原稿なのだ。頭に来る。おまけに空から何かが降ってきたので、掌に受けてみると、何匹もの太った蛭だ。これではたまらない。

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8月28日の夢(二十郎とエノケン)

夢に出てくるエノケンって、昔のコメディアンの榎本健一のことだけど、そういう自分も「健一」の「健」の字が分からなくて、検索してしまいました。ぼくの枕元のピアノの上に、実はエノケン直筆のサイン入り扇子が飾ってあります。うちが昔、芸人宿だった頃、本人から貰ったのだとか。
(夢ここから)
 ギターの弾き語りで歌っている。歌詞は「太郎がこんなに悲しい。二郎がこんなに悲しい。三郎も四郎も悲しい。ぼくらがこんなに悲しいなら、二十郎はどんなにもっと悲しいだろう」という歌。
 日比谷公園のあたりを観光バスに乗って走っている。ガイドを務めているのはエノケンのようだ。ふと振り返ると、窓の外の通り過ぎてきた風景がモノクロになって、昔の日比谷の風景が見える。蓮池の向こうにごつごつした山脈がある。かつてここにはこんな山があったのかと驚く。

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8月26日の夢(現物支給)

 ぼくの会社では従業員全員に制服代として65000円、食費として150000円が支給される。しかし、現物支給されることも多く、制服代の一部としてグランドピアノ型のトイピアノをデスクに一台ずつ支給されて、置いている人が多い。また、食費は朝食と夕食はバター付きパン、昼はお弁当で支給されることが多い。

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8月25日の夢(研究会は大騒動)

今日は恒例の「S研究会」でした。夢でも研究会をやっていました。
(夢ここから)
 今日は研究会の日だ。初めて使う会場はどこかのレストランの二階。なんだか勝手が違う。メンバーは19人と聞いていたのに、部屋にはメンバーがぎっしり。おまけに知らない顔ばかりだ。ぼくの座るスペースすらないくらい。やっと講師席のスペースを見つけて座ると、そのぼくの後ろにもメンバーが座布団を敷いて座ってしまう。これでは困る。さらに壁際まで後退すると、そこは狭いが一段舞台のように床が高くなっている。ここなら安心だ。
 改めて会場を見渡すと、亡くなったはずの大先輩の詩人、斉藤まもるさんがにこにこして座っている。「なぜか思潮社がいっしょに行くというので、今度中国へ行くんだよ」と上機嫌だ。しかし、講師のN氏が現れない。時間が来たので、とりあえず開会し、そのことを話すと、会場から二本手が上がり、「今Nさんは虫歯の治療中です。携帯電話の向こうから治療器具のガーガー言う音が聞こえました」と言う。そんなことをやっているうち、別の講師のO氏の巨体が目の前を通り過ぎた。ええっ、なんで彼がここに?と思う。
 さあ、作品合評の開始だ。「では最初の人」と言おうとして、自分の手元の作品集を見ると、あまりに読み過ぎてページがくしゃくしゃになっていて、どこが一ページ目か分からない。慌てて一ページ目を探し当てるが、それはエッセーだ。エッセーなんか詩の研究会では取り上げられないから、飛ばすことにする。ところが次のページをめくると、そこは19ページだ。泡を食って隣の人に確認すると、どうやら全員の作品集が1ページの次に19ページが来ているらしい。そこで、その作品を書いた人に最初に自作朗読をしてもらうことにする。
 作者は若い男性である。朗読の途中で突然、ギイーンとエレキギターの音が入る。どうやらエアギターらしい。しゃれたことをするな、と思う。続いて彼はぎりぎりっ、ぎりぎりっと歯ぎしりをする。そしてまた朗読に戻る。しかも、なぜか作品集に印刷してあるのとは全く違うテキストを読んで、さっさと着席してしまう。あっけにとられるが、習慣的に「はい。この作品はいかがでしょうか」と言ってしまう。前列とそのすぐ後ろの二人のメンバーが手を挙げる。一人は1歳か2歳の子供をだっこした若い母親だ。「では、赤ちゃん、いや、お子さんをだっこした方」と彼女を指名する。彼女ははきはきとこの作品を支持する発言をするが、肝心の作者はぼくの隣に座り込んで友人と私語をしている。うるさいから注意しようか、と思い、立ち上がる。一度立ち上がってしまうと、もうぼくの座るスペースがなくなっている。
(ここから別の夢)
 会社にチョコレートケーキが送られてきた。社員みんなで分けて食べるのだが、手づかみで自分の分を取ると、皿に沢山取れてしまう。取ってしまったものはしかたがない。いざ食べようとすると、小さな羽虫がいっぱい飛んできて、ケーキにとまる。振り払っても、振り払っても虫がとまる。これでは生きた虫もいっしょに食べてしまいそうだ。

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