1月10日の夢(とつみえたすいこからの手紙)

 会社が休みになったので、一人でふらっとどこかに出かけようと思う。住んでいる町の市役所の出している広報誌に、ある海岸の名前が載っている。まだ行ったことがないから、ここにしよう。タクシーを止めて、行き先を告げると、運転手はものもいわずに走り出した。どんどん走っていく。どうもかなり遠い場所らしい。これは夢だと分かっていたので、夢を巻き戻すことにする。出かける前に、まず図書館で地図を見て、場所の確認をしよう。暖かい日和なので、図書館の庭にデスクが出ていて、そこが地図の閲覧席になっている。左端の席に老人がうつらうつらしている。ぼくはその老人を追い立てて、そこに座り、畳まれていた大きな地図を広げる。なんと、その海岸は房総半島の突端にあるのだった。行かなくてよかったと思う。
 名古屋城の入り口で友達と待ち合わせた。そこに行くには地下の洞窟を通らなければいけない。まず腰をかがめないと通り抜けられない天井の低い場所を通り、見通しのきかない突き当たりを直角に左に曲がると、急に広い洞窟になる。その奥が名古屋城の入り口で、入場券の売り場に一人の女性がいる。そこで友達を待つことにする。
 家に帰り、郵便受けを覗くと、一通の封書が来ていた。差出人の名前は女文字で「とつみえたすいこ」と書いてある。

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1月9日の夢・サービスの悪いレストラン

屋外レストランでオーナーから巨大な凧のようなものを見せてもらう。その大凧が次々と風にあおられて、空に飛んでいってしまう。
メニューを見て、ランチを注文する。周囲のみんなにはさっと料理が出てきたのに、とてもお腹の減っているぼくのところへは一番最後に出てきた。しかも、器に入っているのは菜っぱのサラダばかりで、いかにもまずそう。量もちょっぴりしかない。
食べ終わるのもぼくが一番遅れてしまった。慌ててレジに行く。財布の中には見慣れぬお札が入っている。千円札と思うものを一枚抜き取って渡すが、オーナーは無言のままだ。どうもそれでは足りないらしい。一万円札のようなものを一枚渡す。すると、オーナーは黙っておつりをくれた。
椅子の上に最後に残った鞄を取って、店を出ようとする。しかし、その鞄はぼくのじゃない。カラフルな柄のついた女物の鞄だ。

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1月7日の夢(久しぶりのトイレ夢)

 会社に「モーツァルトの写真を貸してほしい」というおばあさんがやってきた。あ
りあわせの写真をおばあさんに見せていると、「もっといい写真があった」と言って
、元社長のSと共に隣室へ行ってしまった。なんだか面倒なことになりそうな気がす
るが、そっと覗くと、おばいさんは機嫌良く隣室で自分で写真を探している。ほっと
する。
 いつのまにかそこは千駄ヶ谷にある画廊になっている。老人と展覧会の企画につい
て話しているうち、尿意を覚え、トイレに立つ。トイレ前の床は僅かな斜面になって
いて、そこを汚水が流れている。いやな予感がする。
 案の定、中に入ると、トイレはとても汚くて、床がずぶ濡れだ。中で二人の男が用を足している。便器はなく四方の壁の窓の下が、雲形定規のように、あるいは山の稜線のように不定形に盛り上がっていて、そこに溝が掘られている。そのどこで用を足してもいいらしい。
 できるだけきれいな場所を見つけて用を足し始めるが、ふと見ると、窓の向こうは何かの役所で、窓に向かってすぐ間近で公務員がこちらを向いて忙しく働いている。いくら窓ガラスごしとはいえ、公務員の顔におしっこをかけるのはまずいだろう。気がひけるので、用を足しながらそっと場所を移動する。

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1月5日の夢(日本語をしゃべるバッタ)

 金持ちのお屋敷に遊びに行った。水辺に張り出した木のテラスで、主人から沢山の数の絵ハガキを見て欲しいと言われる。世界のさまざまな観光名所を撮った写真を使い、その名所の建物や事物の形に切り抜かれた絵はがきだ。一枚一枚撮った写真が違うから、絵葉書の形もばらばらだ。そのハガキに書かれたメッセージを主人はぼくに見せたいのだが、ぼくはつい絵葉書自体が珍しいので、ぱらぱらと形だけ眺め、「すごいですね。一枚一枚違う」と言って、主人に返す。主人は不満そうに、「よくそんなに早く読めますね」と言うが、ぼくは取り合わない。
 その主人には四人の子どもたちがいる。女、男、女、女の順番である。その娘の一人が飼っている小さな犬が、夜の庭にいた大きなバッタに飛びかかって、馬乗りになった。緑色のバッタはものすごくでかく、日本語をしゃべる。犬はバッタの体を押し開き、体の一部を食いちぎろうとする。バッタは悲鳴を上げるでもなく、落ち着いた男の声で「やめなさい」と言うが、犬は食いちぎってしまう。さらに犬は棒のようなものを銜えてきて、それを道具にして、バッタの体から柱のようなものを抜き取ろうとする。またバッタは日本語でやめるように言うが、あっという間にバッタの体は壊され、バッタは「あーあ、とうとうやっちゃった」と、ひとごとのように言う。
 部屋にいた長女が、犬の飼い主の妹を呼び入れる。妹は一人は色が黒くて、顔にぶつぶつ吹き出物ができている。もう一人の妹は白い顔をしている。室内に最初からいた長女と長男は海外旅行から帰ってきたばかりなので、今度は妹二人が海外旅行に行く相談をしている。

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1月4日の夢(展覧会)

 会社で展覧会をやることになった。会場になったのは、薄暗くてだだっ広い喫茶店。始めたときには一つも作品がなかったので、ぼくが第一号の作品を作る。人の形に切り抜いた紙をくしゃくしゃに丸めてから、それを台の上に飾ると、紙が元に戻る勢いで自動人形のように動いて、ドラマを演じる。そのアイデアにみんな大喝采だ。その後も、さまざまなありあわせの材料を利用して、次々と作品を作っては飾り付けていく。夕方には家から作品を持って駆けつけた女性社員も加わり、どんどん展覧会が充実していく。飾り付けが終わるのを見届けて帰りたいが、もう夜の八時だ。明日の朝来て、見ればいいかと思う。

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1月3日の幽霊夢

居間のソファーで蒲団をかぶって昼寝をしていた。夢の中で、ぼくの右手には壁があって、そこにがっしりした体格の男の影だけが映っている。別の男がそれを指さして、「これはAさんだ」と言う。Aさんとは昨年11月に急逝した長老詩人である。確かに、それはA氏の影のようだ。影は壁に立ち姿で映ったまま、微動もしない。ぼくはこれが昼寝の夢であることが分かっていて、それがA氏の幽霊であると感じている。でも、A氏とは若い頃からの長いつきあいだし、親しい人なんだから怖くないと思う。外出していた妻が玄関から帰ってきた。隣の部屋に皎々と電気をつけて、仕事をしだした。ぼくは安心して、再び眠りにつこうとする。足下の方で、ざーっ、ざーっという音がしている。はっと目を開けると、家の中は薄暗いままで、妻はまだ帰っていない。やっと妻が帰ってきた。本当に隣の部屋に電気をつけて、仕事をしだす。ざーっ、ざーっという音は、ぼくのかぶっている蒲団が床にこすれて、立てている音ではないかと思う。また、はっとする。家の中は薄暗い。妻は帰っていない。
(というのを何度も繰り返しているうちに、金縛りがとけて本当に眼を覚ましました。そして本当に妻が帰ってきました。ソファーの右側には実際に壁があります。でも、蒲団は床にはついておらず、ざーっ、ざーっという音の由来は不明です)

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1月2日の初夢

 会社で創業者のK氏をリーダーとして何かのプロジェクトを進めている。だが、ぼくはそれを途中で抜け出して、総武線の電車に乗る。本に夢中になっていて、目指す下町の駅(蔵前?)で降りるのを忘れそうになる。電車には妻と母も乗っている。ぼくは二人に「この駅で医者に行くんだ」と言い訳をし、ぼく自身も半分その気になって、ちゃんとその駅で降りる。二人も同じ駅で降り、ぼくと別れる。ぼくはしばらく医者を探して、街を歩き回るが、知らない街で新しい医者を見つけて、薬を貰うのは大変だ。そんな手間をかけるより、山の手のいつもの医者に行こうと思う。二人に出会わないよう、そっと駅に戻り、再び電車に乗る。さっきとは反対向きの電車で山の手に戻り、高円寺あたりの駅で降りる。まだまだ夕方まで時間があるから、ここで医者にかかろうと思う。

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12月27日の夢(テレビクルー)

 社長に買い物を任され、お買い得と思われる商品を紙袋いっぱいに詰め込む。それから数日経ってみると、一番上にあった数種の食パンはすべて白カビにおおわれていた。失敗した。慌ててパンを隠す。他の買い物を得意そうに取り出すが、同僚たちは「これはあそこでいくらで買えたよ」と口々に言う。ぼくは高いものを買わされていたのだ。
 女性姉妹の家で制作をしている。校正を二カ所姉妹から指摘される。同僚達が一斉にそれをメモする。ぼくはそのまま聞き逃してしまうが、これではまずいと、後から校正紙を広げ、指摘された箇所を探すが、見つからない。
 そこから移動することになり、バスに乗る。停留所で降りるとき、沢山の撮影機材を全部下ろせたかどうか不安でしかたがない。おまけに降り口のステップにあった機材の袋をうっかり踏みつけてしまった。乗客の一人の男性が友人にぼくらのことを話している。「○○の収録に似ているけど、誰と誰が競走しているのか、どうしても分からないね」。そういうタレントが競走する番組がきっとあるのだろう。ぼくは二本の集音マイクを両手にかついでいる。

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二日分の夢

 昨日はコンサートへ行っていたので、夢がアップできず、二日分です。
(12月25日の夢)
 詩人のM氏は実は会社では有能なコピーライターで、ばりばり働いており、座談会などにも出席している。驚いたことに、ぼくの敬愛する詩人のT氏も同じ職場で働いているのだ。彼らが忙しく働いている隣の会社にいるぼくは毎日ほとんど仕事がなく、蒲団を敷いて寝てばかりいる。
 「今日は展覧会をやる日だ」と言って、六時半頃M氏は会社を出ていった。だが、誰もその展覧会に行ってやろうとはしない。それを見て、同僚の営業女性社員のIさんが「こうしてみると、やっぱりMさんの展覧会は面白くないから、みんな行ってあげないのよね」と笑いながら言う。確かに、彼に人望があれば、義理でも出席してあげるだろうと思う。
 そんなIさんは「あたしは今度ジーンズメーカーに入ることにした。ここではいずれ1万円になるのよね」と得意げに話している。1万円というのは、時給のことだろうか。一人だけこの会社を出て、いいところへ就職してしまうのはずるいなと思う。しかし、彼女がいなくなったら、他社にいる腕利き営業ウーマンのOさんに入社してもらえばいいやとも思う。
(12月26日の夢)
 妻と外国旅行のツアーに出かけた。ガイド役を務めるのは日本人の音楽家で、ある国の地下に眠る音楽遺跡を探訪する旅だ。
 ツアーのゲストとしてソニー・ロリンズが登場する。若い白人である。あれ、ロリンズってこんな人だったっけ? そのロリンズに妻は日本語で「これは○○ですか」と質問する。ロリンズは日本語がわからず、何度も妻に聞き返す。見かねて、別の参加者の女性がロリンズに「○○ってことよ」と説明する。質問ではなく、ただの感想だから、聞き流せばいいという意味らしい。
 そばに透明なパイプがあり、水が流れている。その水に乗って、おみやげが流れてきた。ボールだ。そのボールが割れると卵が現れ、卵が割れると中から猫が現れた。かわいい。ツアーのおみやげに、この猫を一匹ずつ連れて帰っていいらしい。
 妻と空港の通路を急ぎ足で歩く。参加者の男性が押しているカートの中から、ぼくはこっそりおみやげの食品の一つを盗み取る。どうやら気づかれなかったようだ。

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12月24日の夢(タクシー)

 銀座から帰ろうとしている。電車に乗る。都電のようにクラシックな車両で、内部には労働者がいっぱい。年の瀬の労働争議のため、昔の電車を記念に走らせているのだという。タイミングよく記念すべき電車に乗れたな、と思う。
 この電車に乗れたおかげで、新宿まで意外に早く戻れた。ここからあと10分ほどで家まで帰りたいが、ここからは電車はない。タクシーを拾おうと道路へ出る。ちょうど目の前でタクシーが一台、舗道に乗り上げて苦労してUターンしていく。それをやり過ごし、右の方から「空車」のサインを出して走ってきたタクシーに手を上げる。運転手は「わかったむという印しに手を上げるが、視線の方向がぼくとは違う。見ると、道路中央でやはり手を上げていた男がいて、その男にタクシーに乗られてしまう

 ここまで来たのに、なかなかタクシーはつかまらない。

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