私の目の前に川が流れていた
多分物心ついたときからだったとおもう
十三才のとき赤く染まった私の体内(なか)から
流れる水をみた
(あの川の向こう側へいきたいな)
なぜかそう思えば想うほど その日から
両親を殺さなければいけない気がした
十八才の時父親に刃物を向けたのは
水の流れが逆流するような
同じ血を持つ二人の
悲劇性だったのかもしれない
(あの川を越えるためにこの男を切り倒さなければ)
私は歪な筏を早く作ってでも
川の向こう側の風景が見たかった
シネ という他力本願の寺にある山水
コロセ という自力本願の寺にある鉄砲水
青い呪いは逆巻く怒濤の飛沫に
父の血清は蝕まれ 視界は濁り
こめかみの動脈瘤は耳から赤い水を垂れ流し
老木は還暦の波紋の年輪を残して倒れた
川の向こう側には
生と老いの悲しみが
一掬いたまっていた
水 一救い
そのてのひらの泉に映っていたのは
ギラギラの眼 昂揚した顔で
笑いながらナイフを向けた
愛娘
あぁ 川は流れ続けるのだ
川は
川は

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十六夜の月

十六夜の月
月夜見という
貴女だけの昔の神を知っているか
冥界を支配し
夜を静寂に帰し貴女の寝顔を細く強く照らして
月光で髪を梳くあの神だ
貴女の為だけに詩(うた)い
姫と蛇を
使い分ける卑怯な
アオイケダモノ
闇の属性 あの神だ
だが
あなたは神と呼んだ男は鬼だったのだ
奴を喚ぶ声は今は闇に溶けて聞こえなくても
覚えていて
月夜には月詠みの詠と指を愛でた猫
鬼の指を透明にて涙を隠した白い猫よ
自ら鬼の名を名乗り鬼を愛した貴女が天女
月夜見はただのフクロウ化けた鬼の二つ銘だ
されど
奴は言った
信じているから手放すのだ
貴女には輝く未来があるのだと
お互いの手首の傷口の言い訳を
知らない月に知らせなくてもいい
僕たちの七年間を知らない嘘月に媚びなくていい
おいつめたのは神の名を持つ黄泉使い魔
誘ったのは鬼女の名を持つ吉祥天
もし今
貴女が来るべき未来に震えているなら
十六夜に雨 激しく
交わらない二人
胸を射抜かれて死んでみようか
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ひとつの噂が投げ込まれ
郵便ポストが破裂した
ひとつの噂が尾鰭をつけて
遊泳する鯨を飲み込んだ
ひとつの噂はひとり歩き
お共を連れ連れ七十五日
七十五日のお祝いに
噂 ひとつ
御葬式

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陰気くさい

陰気くさい
陰気くさい
昔から猫は陰の気を好む
なぁ
いつもはそんなに懐かないくせに
俺の腹の上で寝るほど
今の俺って陰気くさい…?
メスネコめ
悔しいけど
良く
分かってんじゃん

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三日月

三日月
深遠から伸ばされた手筋が
細い糸のように事切れる
声は虚ろな静寂に溶けこんで
白濁した記憶の傷口を指し示す
あなたはいった
ごらん 混じり合う僕達の傷口は
まるで透明な三日月のようだと
なぞる指先 憎く疼く
それは恋心のようだと
私は思う
ちがう枕ではもう
寝たくはないのです
私はうずくまり
傷口を開いては
空を眺めて虚空に三日月を探す

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泥濘に足をとられて淵へ
差し伸べた手に石を握らされ
叫び声に冷飯を詰め込まれ
沈んでゆく肢体
浮かび上がる視界
夜の淵
人影はない

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仇人

仇人
胸の真ん中の常夜灯
ぬばたま色に点滅
凍える閨に入り
独り
歌を歌う液晶画面から
文語体の恋人たち
雨に濡れて
衣に逢瀬の
韻を踏む
待っていたのは
恋人が差し伸べた手
振りほどいたのは
私の後ろの私
新月を忘れてしまった
嘘月
骸になった言葉を
あなたは抱いて
闇夜に御手紙
隔たれた壁の向こう側に
蠢く毒虫
奪うことでしか
あなたを
つなぎ止められない
かった
私は 仇人
赦されない
己の罪を恥じて
奈落の底へと
今日を
彷徨う

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晩餐

晩餐
確か猫の縄張り争いの鳴き声か
犬の不安定な吠え声で
三人は真夜中に起こされたと思う
銘々が空き巣の心配や
戸締まりの確認をし終わると
暗闇からにょきっとでてくる
手を気にしながら
小さな電気ストーブに身を寄せ合い
そこだけをぼんやり光が照らし出した
父は蝕まれてゆく肝臓を
新鮮なレバーで食べてみたいといい
母は心臓に入れた電池を取り外して
ハツにして精をつけたいという
私はキャンバスに色をつけて
食べて生きて行く話をした
三人が各々
言葉を飲み込み
誤嚥なしに噛み砕き
耳から材料を取り込み
頭で味わっては
互いのレシピの奥義を
聴きながら笑った
もうこんな美味しい食事に
ありつけないことも悟った
朝日が昇る前に
父は闘牛士になって
極上の生レバーを手に入れたいとスペインに
母は生き肝を食べたいと
出刃包丁と刺身包丁を持って
鬼婆の弟子入りに
私は絵に描いた餅を探しに街へ出かけた
誰も帰らない家に
あの晩餐のレシピだけが
灯りをつけて
待っていた

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眠り姫

眠り姫

苦悩の夢から誘惑するのは
ヒプノスの白い闇
一錠
征服されたあなたは
青白い顔に
動かなくなった紫の
唇から
僅かな毒の吐息を
漏らし続けて
王子様を排斥しようとする
朝日ののぼる空を
私は早々に折り畳み
寝床の周りに茨を
巡らせれば
誰も踏み込めない
領域にあなたの棺を
用意する
誰の声にも靡かぬよう
進入禁止の立て札が
褪せぬよう
白濁した沈黙の憩いの場を
守ったまま
あなたが
目指して自ら進む
黄泉の国の道すがら
もう一度
私に振り向いてくれるように
今日も明日も明後日も
桃の香の涙を流そう
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夢のように

夢のように
春雨の温かさ体温の如し
掴めぬ虚空 君の姿なり
青空の寂寥を涙雨
水槽の中
金魚一匹の孤独
投げ入れられた小瓶が波紋を呼び覚まし
恋が滑り出そうとしている
まるで夢のように

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