一冊の本


全ての真理を解き明かす一冊の本について、
かつてない論争が繰り広げられていた。

知識人によるアカデミズムの下で、言論は飛躍し燃え上がり、時の支配者に都合よく解釈され、買収され、配布されながら、数値と数字だけが、宇宙に向かってはね上がる。
やがて学者や識者による団体が結成され、
一冊の本はダイナミックに膨れ上がっていった。

新聞広告はもとより、報道やメディアによる拡散。書店では店頭平積みイチオシ販売。「真理の一冊をご家庭に!」。ポストには謳い文句が投げ込まれ、それ以外のモノを口封じしながら回っていく。

「これこそが文明。これこそが発明。謎を究明。これで解明!」。一冊の本によるコミュニティができあがると、本について知らない者を罵り、本による教団ができ、一冊の本は聖典になっていった。

ポストの下では字が読めない者は死に、意味が分からない者は倒れ続けた。門には鍵がかかり、合言葉によって、入り口から出られる者と、出口から入れる者など、事細かに人々が分類される。本を読まない子供などは、親や教師に激しく叱責された。

本に書いてある通りの社会が国中に実現した頃、それはそれで都合が悪いという人たちが、本を焼き始める。拍手し絶賛していた知識人は、時が経つにつれ、弁明したり、逃亡したり、殺されたりして、いつしか誰も本について語らなくなっていった。

            *

ここに一冊の本がある。
人類が滅亡して何億年にもなるのだが……、
どのページをめくっても白紙のままで
文字のひとつも書かれていない。




(詩と思想2023年 12月号 掲載原稿)

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