飽和する部屋

毎日ため息の数だけ窓に夜
毎夜吐息の数だけ開く眼
毎日錯乱する音楽が
憂いを売りつけ
毎日壁紙を貼り替え続ける
毎夜蛍光灯の光が
私を眩しく辱める
高い空に焦がれ
白い雲に跨り
微風の宵に躰を預ける
そんな夢を囲いの中で見たら
生き物の匂いが
吸いたくなって
窓の外にいる
誰かの名前を
呼びたくなったのに
誰を呼んで良いかわからない
部屋の中
自力で割れない
残っていた風船ひとつ
今も二酸化炭素を 吹き込んでは膨張させ
私は私を圧迫し 心臓から潰していく
「私の息が まだ、ひとこと分残っています」
独房のような部屋から
飛ばした 赤い風船が燃ている

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炎の中で産んだ子に

痛みが私を突き動かすのだ
何十本もの針から
毒が首に差し込まれ
私は自分の神経が
ピアノ線のように
弾けて途切れてゆく
音をだけを聞いていた
腐食してゆく細胞(いと)は
見えない棺に入れられたまま
燃え盛る炎に焼かれ
赤銅に生まれ変わるのだ
抉られた針の穴から
くすぶり続ける
赤い暗号たちが
火と火という記号の羅列を作り上げ
言葉を残せと責め立てる
首に貼られた血止めのテープを取り払い
首筋から溢れ出す痛みをかき集めて
私の首(もじ)を
差し出した
さぁ
赤鬼のは現れたかったか
赤い顔をして怒れる
私に似た
赤鬼を私の血肉で
虜にできたか
そして
その首(もじ)だけを
愛せるか
私と赤鬼は
断頭台で晒し者にされながら
永い間くちづけを交わす
舌を這わせ口腔に滑り込ませては
お互いの臓器を舐め回しながら食いちぎる
繋がれた舌から
夜の沈黙の中で
アーッ、あ。アーッ、あ。アーッ、アーッッ!
という
母音だけの垂れ流しが始まると
字と行間が 滴り落ちる
私は鬼の子を産むだろう
痛みの中で怒りの中で
燃え盛る炎の中で
銀の針のような視線をした
紅蓮のオーラをもつ鬼を
人々いつしか詩と呼ぶだろう
そのためだけに
私は 今日 
愛する赤鬼を
喰い殺したのだ

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ピンクのマニキュアを買う
好きな男に会うためだけ
その日の私の爪を
彩るのは四十になると
決して塗れない色のピンク
この指先で好きな男に
触れるのだ
真夜中風邪を引きながら
何度もコーティングしては
塗り直し 塗り直し
たった一日持てば用はない物を
私は三時間かけて染め上げた
ホテルのドア口で
マニキュア瓶と別れ
五反田で鞄の留め金に
爪がこすれ
渋谷の人ごみに色が褪せて
私の男にあったとき
私の指に爪はなかった
ただ
私の指が
あなたの身体の輪郭になぞりあげ
よじれたあなたが声をあげた時にだけ
私の爪には 赤い火が灯るのだ
あなたの身体の 隅々に私の爪痕が
今も さ迷って
黒く 喘ぐあなたを
ピンクに 染め上げてゆく
一夜限りの恋物語は
一夜だからこそ
千年のシナリオを
感じたままに
あとは男の爪に
委ねよう
お互いの 指切りが
ひとつの 思い出となるように
男の長い指を
私は 今日引きちぎり
私の指は 男にあげた

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夢からの便り

忘れ去りたい過去ほど 眉間に刻まれ
悩んだ汗や疲れた陰が 額に滲む
頭の記憶より先に 肩で風を切って歩んだ
白い足跡だけが 残された街
握りこぶしを離せない花ざかりの古拙に舞う
桜の花びらの数を 見送るたび
五月の風が 友を攫ってゆく
初めて手を合わすことの
不可思議の 重さ
気づいてしまえば 震える肩とその指先
「夢から醒めない夢を見ている」怖い、と
泣いていた少女の 手のひらには
もう、指折り数える歳月に節目が覗く
誰かの見た夢の端っこの 通過点を
合掌する手の隙間から薄目を開ければ
厳しい人の優しい眼差しが 微笑んだ
肩をしっかりと寄せ合った 恋人同士だとしても
沈黙の花を 咲かせなくては いけないよ、
春鳥たちに それぞれの 夢を託けるために

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タイムリミット

冷蔵庫の中で母は 
飛蚊症と老眼の目を凝らしながら
自分の賞味期限を何度も何度も 
毎日 確かめる
私は母の頭の中から 一番初めに腐ってゆく
もやしや木綿豆腐の水を 
流しに垂らして 生ゴミにして毎日棄てる
それでも
白い冷蔵庫の中身は
綺麗な白いものから 腐ってゆく
私が昔飲んでいた 牛乳とか
誕生日に頬張った 生クリームとか
甘い思い出ほど 固まったまま
苦い時が過ぎ カビが生える
このままでは私は見つけてしまう
腐ってカビの生えた母
白い骨と粉になった母
そして温度計が 午前零時を指した頃
白い母が 覗き見る
凍てた私の温度の変化 
お前もとうとう、腐ったね、って

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アンテナ

アンテナが張り巡らされて うるさい
春の雨の水滴が どんなに意思表示しても
夜を昼に変えるような速度で
彼女たちを 蒸発させてゆく
私の内側にあるものを
私の外側のことと 置き換えて
無言で罵り合う 電波塔の赤い光
黙ったまま 私のスカートの中を
のぞき見したことを 告げていた
 (アナタノ受信トレイニ 一件)
アンテナが張り巡らされて うるさい
青い空を滅多刺しにした あの黒い導火線たち
ことにワイヤーで取り巻かれた 黒光りする蛇が
とぐろを巻いて 上から舌を出している
私は頭を覗かれ 体をグルグル巻きに縛られ
点滅する文字となって 
多くの知らない人たちのもとへ 拡散される
 (キンキュウニ オタシカメクダイ)
粉々になった私は
たぶん、あの日蒸発した春の雨のようで
いつも、スカートを覗かれている小学生
切り裂かれて転げ落ちた空のようで
黒い蛇に見下ろされて 
監視されては 怯えるモグラ
 (パソコンガ ウイルスニ カンセンシテイマス)
私は
アンテナに縛られ運ばれ 粉々になりながら
拡散されては 消されてゆく
 (デリート、デリート、デリート、)

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春の視線

病院の玄関で、横たわったまま
毛布で、ぐるぐる巻きにされた
早歩きの真っ青な老人に、追い抜かれてゆく
受付の予約診のカードを促す女事務員は
にこにこ顔で、カードナンバーを
ゆっくり吐き出す
(お客様の番号は、六十一番です。)
(おきゃくさまのばんごうは、ろくじゅう、 いち、ばん、です。)
(オキャクサマノバンゴウハ、ロクジュウ、イチ、バン、デス。)
診察室に行くまでに、背の高い初老の外科医が一人、若いナース達に説教するが
白いスカートから出ている春の生足達は もう退社後の黒いストッキングで遠足中だ
待合室で詩集の一ページ目に
 「春ですね、今日は花見日和です。おたくも、どこかへ?」
と、問いかけられた。
私は無視して、詩集の二ページ目を捲る
中段落には
 「今年は良く分からない気候でしたからね、急激に体調を崩す人が多いでしょう.。
  ほら、あの人も入院三回目ですよ。」
私は私を追い越していった、あの、青い老人の行方を問われたが、答えられない
苦しくなって、詩集の三ページ、最後の行に目を移す
 「友人は、マンションの最上階から 夜桜に喚ばれたんだ!と、
言い張って赤いピリオドになりました。」
真夜中の赤い目覚まし時計が けたたましい音で叫ぶように
診察室から名前が呼ばれる
そして、ピアノのスローバラードのような 薬を与えられ
私は病院を通り抜けて私の朝を、迎えるだろう    
外は、むせるような春、春、春・・・
桜並木は丘の上の病院から下の車道まで 同じ顔した同じ色
苦い薬袋の群れ
背を曲げて 薬局を出て行く人々の群れは俯き
その後ろで 青い真っ新なジーパン達
桜を仰いで 枝、揺すり
花びらを散らして、子供の奇声に笑い合う
私は来ないバスを待ちながら
春の詩集が手放せない
桜の下には、たくさんの死体が埋まっている、と、
言っていた夜のことを想いながら
桜の下にいるたくさんの酔っ払い達の昼を
バスと私は、駆け抜ける
多種多様仕掛けの目覚まし時計は、
「春」を指したまま、目覚めることもない

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枠の中

首をかしげたくなることが 多すぎて
私の首は傾いてしまった
傾いたまま世界をみたら
結構 真っ直ぐ見えるものだ
私の首が引きつってしまった
痛い首の糸は 皮より薄く細くできていたから
いろんなものが そこから透けて見えた
(ウエノヒトニハ、ナンデモ、ハイハイ、イイナサイ!)
かなしみは
そんな
首を傾げることから 始まり
そして
引きって 固まった私の身体を
真っ直ぐだ、と
言い張る 平衡視線たちが
スケスケのまま あけすけに
嗤いながら  私を見下すのだ

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ヨイコノイキギレ

オカアサン、モウシンドイデス
ジブントチガウ、ジブンガ
イツカ、オカアサンヲ、コロスヨウデ、コワイデス
薬を飲んで眠るのよ
お前は眠っているときは、本当によい子なのだから
オカアサン
ワタシ ナンデウンダノ
ワタシ、ネムッタママダッタラ
コトバナンテ、イラナカッタヨネ
アナタノ、ナカデネムッタママ
ナガレテイケタラ
オカアサン二、クロウヤ、シンパイナンテ
サセナカッタヨネ
いいから、いいからお薬を飲んで温かくして眠るのよ
イヤイヤ、ナニモ、カンガエラレナクナルノハ、イヤナノ!
風邪を引いているから息切れをおこしているのね
のど飴と生姜湯で歪んだ声は治すのよ
お前の声は綺麗な良く響く声だから大切に
できるだけ良い言葉ばかり使いなさい
動けないときは
せめて人に見せる顔は少しでいいから
笑ってみせなさい
いつか、そのお返しはお前に戻ってくるのだから
オカアサン
ツラインデス
ソウデキタナラ
ドンナニ、ラクカ
アイスルヒト二
バセイヲ、ハク、コノ、クチ、カラ
ハァ、ハァ、ト
ツバヤ、タンガ、デテキテ
ナケテハ、イキギレヲ、オコシマス
カツテアナタノナカデ、ツナガッテ、ネムッタママ、ノ
ワタシナラ
イキギレモセズニ
キット
ヨイコデイラレタノニ
オカアサン
クスリヲノムカラ
モウイチド
イキギレシナイ
ヨイコ二
ウミナオシテ、クダサイ
あら、お父さんが呼んでるわ!
今夜は冷えるから、よい子にして眠るのよ
オカアサン
オカアサン…
オヤスミナサイ…

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音の寸景

静けさを計るウサギの赤い目
重力を油で滲ませた猫の目
繋がりから逃れたいブランコの軋み
掲示板から剥がされたくない
選挙ポスターの唸り
ウグイス嬢の声に
救われた議長を乗せた選挙カーに
手を伸ばす少女の、救われない、声
挙手した少女の手は縛られたまま運ばれ
行方知れずの歌を唄う
病葉の温度を計る風は
夕暮れ時をかけて 遠くの電車に紛れ込む
大松で動く機関車の炎にくべられる
火の怒りが「命乞い」をしなさい!
と、軍人に命令させる
命に「恋」を賭けない
少女の沈黙が 繋がり合っていた
全ての長いものたちの区切りで
軋みだしてゆく
ウサギの瞳が赤を零す頃 青い雨の銀糸が
シダ植物たちを
腐らせては 征服してゆく、の、を
知りすぎた、猫の眼
コトバの原始を 後ろ足で 横切って行く
    *
やがて 声が消える
コトバが地球を 支えきれなくて
ブランコの鎖でできた 夜汽車は
揺れながら 揺れながら
軋み続けることだけを 世界に教える

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