濡れ落ち葉

都会の住宅街の歩道を 年末を迎えようとする空から
心臓に刺さる零度の雨が 濡れ落ち葉にも突き刺さる
若葉だった頃 親木が大切に繁らせた「父」という葉は
厳格ではなく 風が吹けば吹くままに
アッチにふらふら コッチにふらふら
やがては 対になった葉にすら 見捨てられ
結んだ木の芽に 軽蔑されて 罵声を浴びても
風の吹くまま気の向くままに 酒を飲んでは赤くなり
脅されては 青くなり やがて冬になる頃に
葉の先が黒く染まって 癌に巣くわれ血便垂れる
それでも 悔やんだ歳月を 取り戻すように
働くことだけやめなかった
(自分が死んだら 誰が家族養うんや)
(お父ちゃん 宝くじこうたから これで九州に家族でいこう)
そんな言葉 普通なら もっと早くに言うのが良い父親です、と
人は言うかもしれないが
血便の付きのズボンを自分で洗っては 家族に心配かけないようにと
箪笥の奥底にしまいこんでも 今更九州になんて行けない身体
私は都会の雨に打たれながら 雨に濡れた落ち葉を掃く
掃いても掃いてもアスファルトにこびりつく 濡れ落ち葉
赤黒い血便を垂らした父の 焔のような決意が
どうか安い箒で簡単に 掃き捨てられてしまわないように
特に 私のような弱虫や 
川の字に手を繋いで歩く幼稚園児の靴になど 
決して 踏まれませんように

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ぶらんこ

ブランコを こいでごらん
ここに座って ゆっくりと動かしてごらん
ブランコがわたしを喚ぶので 
わたしは赤い夕焼けをスカートに隠しながら こいでゆく
赤い空に向かってだんだん 滲んでいったのは
わたしの中を 巡る水
スカートの下の暗い夕暮れが わたし一人を責め立てる
夕焼け空とわたしは 世界からはみ出したまま飛んでいく
ブランコをゆすると わたしの胸も小さくふるえて
セーラー服の下の平らな胸は 少しずつふくらんで
幼い痛みに芽吹いてゆく
それでもわたしは夢中でブランコを こいでいた
ブランコの振り子が 天に届きそうな頃
わたしは沈んで堕ちてゆく 大きな赤黒い太陽に向かって
真っ新な白いスニーカーを蹴飛ばし 一番星にしてくれてやる
真夜中になってもわたしは ブランコをこぎつづけた
冷たい鎖をしっかりと掴んだ手の方角から 
暗い闇が押し寄せてくる
地下のマグマが ブランコを突き上げようと 振動する
わたしは こわくて 固く熱くなる鎖にしがみつく
ブランコは 小さな宇宙を渡る船だ
ブランコのなかでわたしは 一度死んで もう一度死ぬのだ
空を渡る船を わたしはこぎつづけなければならないのだ
変態を繰り返すわたしに 
今度はブランコ自身がわたしを 前にも後ろにも激しくゆさぶる
ブランコは 逆送する時間を刻む振り子だ
午前零時の数字に消して 短針の行方をくらますたびに、
わたしは、あああああ、という 自分の文字が暗い空で 
流れては溶けてゆくのだけを知る
前にも後ろにも苛まれながら
無くしたスニーカーの片方を
もう片足で見つけなければならない距離を
噛みしめる
夜空の脇腹から剥がされると 
わたしは昇りつめていた坂を さかさまに堕ちていく
朝 わたしは決まって夜の公園で まだ独り 
ゆれていたブランコのことを 思い出すと
いつも座っている椅子を赤く染めてしまう
茜空に消えた白いスニーカー
あの靴が わたしの片割れ
真っ赤に 染まった私を揺さぶる
裸のままで 泣いてる少女

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青い骨

左手首に巻き付いた羅針盤が 重い
針が進むたび あなたの温度は青白く
凍える海を目指してゆく
万年筆の先を
指に刺してでも 温もりを
あなたに注いであげたいのに
あなたは 時に苛まれながら
私の体へ少しずつ 遺言状を書き写す
(僕が死んだら、海へ散骨して欲しい)
私の体に沈んでゆく
あなたの声を忘れたくなくて
喉仏のあたりを 私は緩く齧る
左手首を締め付ける 海を指した羅針盤
あなたは 早く軽くなりたいと
もう一人の自分に 憧れながら
ノウゼンカズラが 項垂れて
落ちて逝く夏を呪うように羨望する
(来年もあの花を、二人で見られるだろうか)
海は、とおい、と、うねりをあげて
私達の 今夜を飲み込むだろう
夜の海に 染め上げた指で 
私はあなたの尖骨を ペン先にして
遺言状を 二通書き終えたら
きっと 私は二度死ぬだろう
とおい、と、海鳴りは 響く
左手首の羅針盤 針は重なり合ったまま
今、息を止めた

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マヌケな家政婦

片づけておいてね、って 言った
私の責任だとしても
鞄という鞄の ファスナーもホックも全部
ジッパーは下ろされ パックリと口を開けて
私を 逆さまに覗いて笑っていた
自分では見つからなかったモノすら
見つけられてしまっては
机の上に置いてあったし
窓際の洗濯鋏やハンガーには
恥も一緒に吊り下げられていた
片づけておいたよ、って
あなたは確かに言っていたのに
部屋の真ん中に置かれた鍵付きの
特大キャリーケース
ポツンとそのまま 置かれてた
 当然だよね
 鍵を閉めたまま
 鍵だけ持って帰ったんだから
 悔しかったでしょうね
 その中に あなたが一番みたい秘密が
 入っていたんだから
もう決して 開かないキャリーケース
もう決して 瞼を開くことのないあなた
片づけて 片づけて
私は 泣きながら
冷めた箱に キスをする

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返品不可

あたし、夜の街が好き
あたしの知らない街の飲み屋で
みんな あたしの噂話をしているから
 (オヤジ、靴下は脱がさないけど、下着は下まで下ろしたがるの)
スカートの中身を楽しむ ゲイシャガールたち
話に赤い灯が あかあか 灯る
進学校、制服男子の集団コンパには 
持ち寄りの小銭で貸しきる高い宴会場
背が高くなりたい 男の子
ホテルで仰向きになって 肉食ってるマグロの刺身が
楽だの 楽でないだの
体中の痣の赤身は シップでベタベタ貼って置いて
ラップで巻いとけば 綺麗な所だけみせれるよ、って
今日の 折込チラシにも入っていたし 
駅前で ティッシュと一緒に配ってた
ブクブク膨れていくお腹
たぶん子供がいるのね
誰とも交われなかった 悲しい子が
お腹の中で お腹をすかして全部みていた
さっき コンビニで
ちょっとばかり高い充電器を買っていたコ
そしたら いきなり
「お客様 当店は返品不可でして・・・」
なんて 若い店員に 見掛けだけで言われちゃって
そのコ
五倍のお金を支払って
「お釣りいらないから」って 鼻で笑って出て行った
それでも 家には帰れないんだろう
両親に 新しい家族と故郷を つくってあげたのだろうけど
扉を開ける鍵を 街で失くして
錆付いてしまったままの 冷たい門は
二度と 開くことはない

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ネズミ

上京して赤信号で渡ったら 叱られた
コンビニにまで 「並びなさい」の、
足型マークが付けてある
お金を払わなければ 何処にも行けない街が
嫌いになるまで 居たかったのは
この街で 私を映す目をした「わたし」に
探されたかったから
銀座線の乗り方も知らないままで
赤坂が大阪と どう違うのかも知らないままで
南青山に 何があるのかも知らないままで
いつもと同じ時間 いつもと同じように
くたびれて帰るアパート、の
窓際から「欲」と「好奇心」がぶらさがったまま
私を 見下ろしていた
今日 居酒屋に入っていって
独り ウーロン茶で酔ったふりをする
 (私、詩人なんです!シンジンショウ、とちゃったりして 凄いでしょう!
なんて 絶対、言わないよ
凄くないから
それって、ちっとも凄くない
今日面接に行ったら それとない圧力をかけられたんだ
 (まず 頭を下げることから覚えるんだね 
 (これだから ユニクロを着た田舎娘は気に食わないんだ
都会の顔をしたお代官様は やんわり罠を仕掛けて突き帰す
アパートに帰ると 
最近 ビニールを齧り続ける小動物の音がする
多分 ネズミが いるのだろう
姿は見えないけれど ちょこまか動く 
汚いネズミが 街に穴を 空けていく

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刺さる雨

ずぶ濡れのアパートを 飛び出して
たよりない街の たよりない自分から
駆け出して行く
「お前を産んだ途端に、
お母さんの人生は終わってしまったんだ」と、
罵る泣き声のようなものを
私は 誰に伝えたらいい
望まれないで 産まれてくることの
理不尽さをのせた産声は
雨に 叩かれ続ける
ねえ、
私は どこまで走ればいい
はじめから
ずぶ濡れながら喚いて
生きてきたような 私
それでも
雨がやむ頃には
晴れた空が 私の影だけを
映すだろうか
しかくいものを見ては まるいと言い
まるいものの中で 傷つけられてきた
そんな自分にしか なれなかったのに
私の影を埋める
誰かの陰を感じながら
雨が 頬を濡らし続ける

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誰かが 私の家の
屋根裏部屋に上がって オナニーしている
階下には 小さな人形が
黒い大きな座椅子に 足を開げて 置いてある
その人が 上で 思春期をふるわせた声を漏らす度
椅子からはみ出した 人形の指先に
麻痺した ヒビが入っていく
足を開かされた人形の 窪みから
夢のような目が 覗きこんでいる
その目が 昼と夜の間を
瞬きしながら 行き来する
外は 雨
小さな隙間を作ってしまった二階の ブラインドから
人形の顔に 粒子のような水が落ちる度
窪みの目は 見開いたまま 独りでに 充血していく
(そろそろ、を、、して、、かないと、)
誰かがしきりに 喋っているが
その正体を 私は知らない

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364日

ドラマチックに声をあげながら 静止していくのは
流れるはずの血液 聞こえるはずの心音
足早にそこから立ち去っていきたいのに
抱えた季節を手放せないから 動けない
与えられた名前の一生分の意味を
順番に呼ばれてゆく葬列の後ろ側には
もう、誰もいない
頭の中を電車が通過してゆく
その響きが終わらないうちに
触れ合った肌のぬくもりが 凍えて
冷えた 冬が顔を出す
黒い携帯を 雪の中に埋めて
着信履歴だけを残したまま 壊してしまいたい
名前を 呼ばれていた
「あなた」と呼んだ私ではない人に
ちがう名で呼ばれる 「あなた」が
(処方箋をください。黒い携帯と同じようなものを)
白いジャケットを羽織った多くの人に
私の時間を三百六十四日分 支払うと
携帯の履歴だけ袋に詰めてもらう
あとは 
透明に滴り落ちる 一日に縋りつくだけ 

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S

寡黙から 泣き止まないS
誰かに救ってもらいたいS
オムライスを掬うスプーンを 手渡すように
救いを手渡して 掬って食べることができる
Sの始まりから終わりへの 繋がり
救われないあなたに 救って欲しい 私がシンクロして
向き合うことの大きさに 比例してゆくS
誰もが知っている街の 誰も来ることのできないお店で
私たちは銀河系の言葉で 星の名をオーダーして食べる
一番美味しかった蠍座のアンタレスの 赤い心臓を
フォークで突き刺して 私たちは食べた
皿の上には赤い毒まみれの オムライス
 すくえないね・・・と、あなたは言った
 うん。すくえない・・・。と、わたしは呟いた
無限大の真似を 横向きでしたかった S
でも 
スプーンは転がってしまって 横たわったまま
迷宮入りに なってしまった
饒舌からはみ出して 戻れないS
繋がらない途切れた距離にいるのに
あの時 スプーンを手渡したかったのは
救われたいSに 私の心臓を すくって、
食べて欲しかったからかもしれない
 銀河鉄道に乗って 二人
 カムパネルラの 後ろ姿を
 見かけた話がとまらない
(話に釣られたS、話に吊るされたS,)
ああ、センチメントに向き合う 二つのエスよ
その話が 有限な街のレジのなかに収まって
誰にでも買われてしまうことは
もう とっくの昔に 知っていたのだけれど

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