10月29日の夢(反社の邸宅)

 妻と街を歩いていて、ふとしたことから反社の頭目が乗った黒塗りの乗用車に乗せられる。ぼくらは彼の邸宅に招待されたらしい。途中、何かの用足しのため、同乗していたぼく以外の人たちがいったん降りる。妻だけが戻らないでいるうち、黒服の運転手は無言のまま車を発進させる。ぼくが「妻がまだだ!」と叫ぶが、車は止まらない。後部座席にいた頭目がどすのきいた声で「止まれ、という声くらい聞いてやれ」と言うと、ようやく車は交差点を渡り切ったところで停止し、遅れていた妻も乗り込んだ。しかし運転手の男は返事すらしない。
 頭目の邸宅でもある反社グループの拠点の建物に着いた。東京ドームほどの広大な内部に、歌舞伎町のような歓楽街が広がっている。頭目は妻を呼び寄せて、7枚のDVDを手渡す。「これらの映画をすべて観て、どれを購入すべきかあんたが決めてくれ」。
 夜になって、妻の姿が消えていることに気づく。どうやらDVDをどこかで試写しているらしい。ステージではコーラスグループが享楽的なナンバーを歌っている。やがて戻って来た妻は「この映画は最後まで見切れなかったわ」と言う。ぼくは「その一本目はつまらなくて、途中までしか見られなかったと、頭目に報告すればいいよ」とアドバイスする。
 妻の携帯が鳴った。妻が試写をしていた場所は歓楽街のどこかの店の一角だったらしく、そこのママの女性からだ。「席のチャージ料を支払ってよ」と女は言う。「こんな程度でチャージ料を払わなければならないのかしら」と妻は不満たらたらだ。
 突然、壁に窓が開き、そこからさっきの黒服の運転手が満面の笑顔を浮かべて、ぼくらにカメラを向け、二人の姿を撮影してくれる。どうやらぼくらは早々にここから逃げ出した方がよさそうだ。

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10月27日の夢(川の見学)

 ぼくは小学生で先生に連れられて、川の見学に来ている。川の岸には全共闘時代のバリケードを思わせるように机が並べられており、ぼくはその上を歩く。川には既に生徒が降りていて、岸辺を興味深そうに眺めているところだ。ぼくは上から「何かあるの?」と生徒に声をかけ、机から川に足から飛び込む。かなりの高さがあって怖かったが、なんとか川に降りられた。
 それからぼくはいったん下流に移動し、また岸に並べられた机の上を引き返してくる。すると机の上に詩人のN氏がいて、なにか演説をしている。そして、ぼくに向かってひょいと片手を伸ばすので、反射的にその手に握られていたものを受け取ってしまう。受け取ったものをよくよく眺めてみると、それは単なるゴミだった。急いで元の場所に戻るが、川の中に生徒たちはもういない。

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10月25日の夢(今朝見た三つの夢)

 カナダの原住民の人々の運営するアンテナショップを訪れる。建物の床に敷かれたカーペットの上にさまざまな民芸品が置かれ、アイヌのような衣装を着た女性が店番をしている。真ん中に炭がらが山のように置かれ、赤い火が燃えている。そこでおまじないができるらしいが、説明書も何も見当たらない。店番の女性もどこかに行ってしまった。
 ぼくは小学生で、新幹線で修学旅行に行こうとしている。ぼくの指定席は七号車の一番だ。いくつも車両を通り抜け、指定された席にいくと、男子と女子が一人ずつ隣に着席している。窓から隣のホームに停車しているこだま型の新幹線が見える。「これから一週間、ここで生活するんだね」とぼくが言うと、ほかの二人も苦笑する。
 ぼくの元の勤め先であるS社に週明けに出社すると、S社の社屋はまるで廃墟のようになっている。階段を登ると、そこにぼくの夢について書いた答案用紙が散らばっているので、慌てて拾い集める。U社長がそれを見とがめて「これは何? こっち側に用があるの?」と尋ねてくる。ぼくは逃げるように階段を駆け下りるが、その途端階段は崩れて、もう登ることができなくなる。社員たちが三々五々出社してきた。義母の飼い猫も出てきて、ぼくの前にお腹を出して寝転がり、撫でてくれと言う。ぼくは社員たちに「どこから向こう側に戻ればいいの? あっちのトンネルから?」と尋ねるが、彼らはみんな見知らぬ顔で、誰もぼくの問いに答えてくれない。ぼくのデスクがすぐそば見えるが、その前に透明アクリル板の壁が設置されている。席にあるパソコンを取ってくればこちら側でも仕事ができるのにと思うが、透明な壁を超えて向こう側へ行く方法がわからない。

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10月15日の夢(封筒を探す)

 会社で四角く厚いものをうまく収納できるA4判の封筒を探し回っている。
 中年の男のだみ声が聞こえる。会社を代表して葬儀に出席するよう指示されたことに抗議している内容だ。会社側はそれに対して、男をなおも出席させようとして、説得を試みている。

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10月14日の夢(山のような金貨)

ぼくと妻と、亡くなった妻の父親の三人で、大きなテーブルを囲んで食事をしている。結婚記念日のパーティーかもしれない。テーブルには陽の光を受けてきらきらと輝く金貨が山のように積まれ、三人ともその金貨を胸にたくさん金メダルのように付けている。それらの金貨をぼくらは胸に取り付けるマイクだと思っている。テーブルのそれぞれの前には三つの大きな楕円形の皿が置かれ、そこにはトマトソースで色づけられたスパゲティーが盛り上げられている。それと共に、大きめの貝殻を背負うイカのような、たくさんの長い脚を持つ海生物が二つずつ並べられている。それは妻の自慢の料理のようだが、父はそれを「気持ちが悪い」と言い、ぼくも父にならって「気持ち悪い、気持ち悪い」と言って、箸で別の皿に取り分ける。妻は何も言わないが、ちょっと残念そうな顔をする。

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10月11日の夢(暮らしやすい家)

 妻が家を快適にしてくれたので、とても暮らしやすくなった。おかげで機嫌がよく、帰宅しがてら道行く人々にそのことを自慢げに話しかけ続ける。途中、水滴のついた板塀があった。それを指さしながら、「これは雨ではないかな……いやいや、〇〇(忘れた)のために濡れたのかも……」と、なおも機嫌よく話すのが止まらない。

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10月10日の夢(ラジオ)

 旧知の女性詩人のHさんがラジオで詩についてのDJをするという。そんなことをしても面白くないのではないかと思ったが、聞いてみると意外に楽しい。
 雑誌にイラスト付きでエッセイを発表しようとしている二人の詩人がいる。某誌ならイラストは原稿料一万円で依頼しているみたいだよ、と助言をする。

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9月29日の夢(Yさんの家)

 詩人で芥川賞作家のYさん(女性・故人)の家を訪問する。家は多くの幼児を預かる施設になっている。Yさんは内向的でおとなしい人柄と思っていたが、会ってみると元気のいい多弁な若い女性だったので驚く。ひとしきり談笑した後、左の部屋に彼女を残し、真ん中のロビーのような場所に戻ると、庭から「大変だあーっ!」と叫ぶ男の声が聞こえる。慌てて芝生の庭に出ると、別棟にある建物が火事か何かになったらしい。火も煙も見えないが、二階の窓から男が身を乗り出して、脱衣籠のようなものに入れた赤ちゃんたちを地上にいる人に手渡している。庭には少し年齢の高い子供たちがいて、それを受け取るが、やっぱりまだ子供なので、判断ができないらしい。赤ちゃんの籠をどすんと音を立てて、地上に放り投げるように置く。ぼくはびっくりして、籠を拾い、別の子供に「ちゃんと大人の人に手渡してね」と言う。火事騒ぎが終わり、ロビーに戻ったぼくはYさんに「いつ火事に気づいたの?」と尋ねる。彼女は小さな声で、早口に喋り立てるが、周りの騒音にまぎれて、ひとことも聞き取ることができない。
 帰り道、バス停の前の芝生の舗道に寝転がって、バスを待っている。ちょうどバスがやってきたが、起き上がる間もなく、バスはぼくを置いて発車してしまった。行き先表示を見ると、どうやらぼくの乗るべきバスだったようだ。しまった。ちゃんと次の発車時刻を確認しておくべきだったと思い、ぼくは歩いてバス停に掲示された時刻表を見に行く。

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9月20日の夢(封筒の中身)

 会社で仕事していると、印刷所の女性が大きな封筒を届けてくれた。封筒には「スケジュール表」と書いてあるが、開けてみると中に入っていたのは、数枚のビルの中の見取り図面だった。「こんなものが出てきたけど、スケジュール表じゃないね」と近くの席の社員たちに見せようと思うが、年取った社員も若い社員も皆忙しそうだったので、封筒を棚の上に置き、自分も仕事に集中する。。

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9月18日の夢(生きている死者)

 ぼくは大宇宙を一周して地球へ戻ってきたところだ。ぼくは旅の途中で既に死んでしまったが、意識も肉体も保ったまま、地面に立っている。ぼくの方に沢山の飛行機の編隊が、そして列車の群が、それぞれ横一列に並んで進んでくる。手前では狭い川をはさんで両側に二列の縦隊をつくって人々が並んでいる。ぼくはその右岸の人々の足元の岸辺に寝転がっている。しかし、ぼくは死んでいるため見えないのか、誰もぼくに注意を払わない。葬式か結婚式かわからないが、何かの儀式に参列するために二列の人々が着飾って前進していく。ぼくは左の列の最後尾につく。その列のニ・三人前に肩を出したドレスを着た妻がいて、周りの人たちと談笑しているが、やはりぼくには気づかないままだ。

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