3月3日の夢(シェアハウス)

 新しいしゃれた家に転居した。ここは二家族のシェアハウスで、今日、まだ小学生ぐらいの娘を連れた母親が引っ越してきた。共同で使う台所はとても広く、シンクは奥行きが10メートルぐらいありそうだ。ぼくはそこにスーパーから買ってきたお弁当の食べ殻を置いたままにしておいたので、みっともないと思い、水道の水を出しながらスポンジで洗い始める。反対側で母娘が食事の支度をしており、娘が水栓に近寄ってきたので、沢山の食べ残しがついたままの弁当殻がとても恥ずかしい。ぼくは「これ、1週間か10日前のものなんですよ」と言い訳をする。

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3月2日の夢(半ズボン)

 一昨日の夢の続きを見た。ホテルで朝、ズボンが汚れていたので、新しいものに穿きかえる。これも新調したおしゃれなズボンのはずなのに、冬なのに半ズボンなのだった。しかたなく、その恰好でダム湖か大きな川のほとりを歩いて、朝食会場に向かう。ホテルの建物に入ると、そこは迷路のように入り組んでいて、仲間たちの後をついていったはずなのに、1人置き去りにされて迷子になる。すれちがった男がぼくに「ズボンが脱げかけているよ」と注意してくれる。慌てて穿き直すが、びっくりしたので間違えてパンツまで脱いでしまい、男に照れ笑いをしてみせる。

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2月28日の夢(人間瞬間伝送機の夢)

 今日は出張に行く日だ。会社にいるが、まだ出発まで時間があるので、いったん中野の自宅に戻る。だが、家には同行するはずの妻がおらず、小学生の息子だけがいる。家はすっかり新しくなっていて、なんだか大金持ちになったみたいだ。息子がぼくのために新調してくれたお洒落な洋服やスーツケース、カバンを持たせてくれる。とてもかっこいい。だが、タクシー乗り場がなかなか見つからず、時間ぎりぎりになってしまった。おまけにこの駅は本当に東京駅だろうか。昔の名古屋駅のように見える。梯子のような垂直に近い木の階段を登る。両手に荷物を抱えているので、落ちてしまいそうだ。階段の上のデスクで駅員が制服制帽で座り、書きものをしているが、助けてくれない。だが、荷物をまず放り投げて、両手で這うようにして、なんとか改札口上る。こんな時間で列車に間に合うだろうかと心配になるが、今は新幹線ではなく、瞬間伝送機であっという間に目的地に着けるのだった。たちまちぼくは避暑地にいる。そこには同僚の桃色クローバーZのメンバーたちがいて、みんなで宿に移動する。しかし、旅行会社から貰ったバウチャーにはいろいろな種類があり、どこへどう行けばよいのか分からない。それにしても妻はどうしたのだろう? 家に電話すると、息子が出て、妻に変わるというのでびっくりする。妻はのんびりとした声で「まだ早いじゃないの。夜の12時までに行けばいいでしょ」と言う。確かに、瞬間伝送機で来たから、予定時間よりずっと早く着いてしまったのだ。

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2月27日の夢(北向きの窓)

 深夜、家族が寝静まっている中、ぼく1人が起きている。ふと北向きの窓を見ると、いつもは左側のサッシが開けてあるのに、今日は右側が開いている。そこからマンションの廊下の白い壁のはがれかけた部分が見える。その窓から何か怖いものが入ってきそうな気がするが、見るのをやめ、家の奥に入る。

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2月26日の夢(朗読パフォーマンス)

 ステージで男女三人のグループが詩の朗読をしていると、その右に突如登場した男たちのグループが別のパフォーマンスを始める。「死せる詩人の会」による妨害行為だ。客席から彼らを止めに入った若者たちとの間で暴力沙汰になる。三人の朗読者たちはステージで立ちすくんでいたが、ようやく話がついて妨害者たちは退場し、再び朗読が始まる。だが、彼らの朗読はあまり上手ではない。

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2月23日の夢(3つ目のパソコン)

 会社のオフィスにいる。デスクは全部座卓である。ぼくと隣の女性社員のデスクの間に置いてあるパソコンを取り上げると、やけに軽い。それに、これは女性のパソコンだ。「あれっ、ぼくのiMacは?」と言いながら、二台目のパソコンを取る。それもぼくのではない。三台目に手に取ったパソコンがぼくのものだった。

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2月18日の夢(現代美術館)

 詩人たちのグループの一員として、団体で現代美術館を見学する。食堂や休憩室をそのまま通り抜け、展示室へ入る。女性詩人たちがぼくを呼ぶ。「ボタンを押しながらこの筆で何もない空間に文字の形を書くと、ちゃんとその文字ができるのよ。やってみて」と言う。とっさに何の文字を書いてよいのかわからず、筆を横に動かすと、「一」に似た形が何もない空間に浮かび上がる。続けて、筆を動かすと、どんなふうにやっても虎の絵が浮かび上がる。沢山の虎の絵ができたところで筆を置くと、周囲から一斉に拍手が起きる。ぼくは照れくさくなる。

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2月12日の夢(父親と企画書)

 父親に分厚い企画書を読ませている。一番重要な部分は、彼が今読んでいるページの前のページだ。ぼくはそこに戻らせ、内容を詳しく説明するが、父親は乗り気ではない。

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2月11日の夢(電車)

 駅の構内。停車している電車のすぐ前を横切ると、すぐに電車が動き出したのでびっくりする。だが、電車は発車したわけではなく、前・右・前と鍵の手に動いて、駅の壁に向き合ってまた停車した。何十年も前の電車のような、四角張った一両だけの車体である。
 電車で飯田橋に行く予定だったが、本に夢中になっていて、ふとホームの駅名表示を見る。浅草橋だ。乗り越してしまった。

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2月9日の夢(手術)

 泌尿器科に行くと、女医さんが「手術の必要があります。でも手術ができるのは今日しかありません」と言う。ほかの男性患者と三人で手術の順番を待つことにする。だが、待てど暮らせど順番が来ない。待合室を覗くと、今日に限って患者が満員で、女医の手が空かないのだ。「トイレに行っておいた方がよいでしょうか」と尋ねるが、「そうね」と女医は気のない返事しかしない。自分の判断でトイレへ行くことにし、トイレのドアを開ける。
 トイレの中は真ん中に大きな穴があり、全体が灰色の石臼のような感じ。床は汚いが、スリッパがないので、裸足のままで入る。およそトイレらしくないけれど、ここはトイレなのだからと、石臼の外側に用を足し始める。すると、真ん中の穴の底に痩せた老人が現れる。穴はほぼ人の身長の深さなので、ちょうど真ん中の禿げた頭だけが、床から顔を出す。ぼくは彼の頭におしっこがかからないように苦労する。
 トイレから戻ると、待ち時間が長いので、食事が出されていた。しかし、ぼくは運悪く、食べ逃してしまった。いつのまにか他の男たちは手術を終えたようだが、日が暮れて夜が来ても、ぼくだけは忘れられたみたいに待ち続ける。いったんクリニックを離れ、帰ってきてみると、シャッターを下ろした商店街の一角に、手術用のベッドがセットされている。だが、女医も看護師もいない。戻ってきたぼくを見て、誰かが彼らを呼びに行ってくれる。もう夜の十時だ。半分あきらめかけている。すると、夜の車道を、女医と看護師たちが点滴や手術道具を持って、ぼくに向かって走ってくるのが見える。
 

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