深海魚

深海魚
潰された光の魚群
盲しいた魚の涙は
静寂に押し込められた
鱗の形
珊瑚に隠した憂いが
光にゆらめく
届かない
羨望の泉水
私の真昼は奪われ続け
動くことも海流にのる術もままならず
幻影だけが水面に浮上し
一片の残骸も遺さないまま
私の訃報が水底で渦を巻く
迷子になった
私の亡霊が
漂流して
盲目に
魂のよみがえりを繰り返す
夜明けに
憧憬の念を抱いて
迷妄の波にさらわれた
己に泣いてみても
黎明も届かない
毎日に
今日を沈めて
目を閉じる

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奴隷画家の恋

奴隷画家の恋
寂しさに 色をのせればセピア色 インク一つで終わらせた恋
黙ります 薬も飲みます だからまた 愛してください 絵じゃなく私を
なんで生まれてきたんだろう 獄中の裸婦 淋しい魂
誰一人出会わなければ深海で 眠れる盲しいた魚になれた
愛される 愛されないは 言葉遣い 金で雇った奴隷に轡
目も口も 耳も舌も塞ぎなさい 絵をかきなさい それが契約
誰も皆 花咲くように 嘘をつく 雨降るように 涙流れる
捨てられて ひび割れても まだ雨は 気が触れるまで 降れない予報
たくさんの たくさんの詩はいりません 手錠のような色インクたち
あの人に 私の言葉は通じない だから愛すら響かない日々
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少年の向日葵

少年の向日葵
焼け野原に
ひと粒 希望を植えた
今度帰ってくるときに
黒い雨を突き抜けて
太陽は咲いているだろうか
どうしても確かめたくて
ぼくのこころを 焦土に植え付けた
おんぼろ小屋や
瓦礫の合間を 潜って
廃屋のがらんどうを 越えて
真っ直ぐに見える
その黄色い希望の花は
真ん中にぎっしりと 黒い種つけては
ぼくの帰りを待っていた
(あぁ、ぼくが夢見たものは
   賑やかな子どもの笑い声と黄色い光)
回り道をしても 見える
太陽を揺るがす夏の花に
ぼくは瓦礫の街をはしゃいで走った
昭和のポケットに うずくまった
タイムカプセルの思い出は
今では
どこでも咲く六十年前の太陽の日差し
夏にニヤケて
照れくさそうに
焦げ焦げ顔で
囁く向日葵は
ぼくにだけ聞こえる声で
「ただただ、生んでくれてありがとう」と 
ひと粒
コトバのような 種を落とした
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コトノハ

コトノハ
詩人は真実味を帯びた嘘をつく
死人は嘘で舌を抜かれる
ピエロは饒舌な舌まわり
饒舌は銀なり、沈黙は金なり
何を書いても、虚構の中で
遊べや 私
狂詩人
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月齢

月齢
海が荒れている
深い底から彷彿と
なにかが躰を流れていくような
小さな月を身ごもるような
潮の渦
月の吸引力に支配されて
瞳から一粒の海が頬を伝う
女だけが孕んでいるいくつもの風と月の卵
晒らされたのは名月だけが知る裸体
胸の先尖が天に向かって赤く咲くのは
天から夜の乳呑み児がくるから
私は請われるままに授乳する
張った胸を腕で丸く包み込み
胸下のたわわな肉を揉みほぐす
月の使者を迎え入れた5日間は
躰の芯のマグマから
微熱色の母体のぬけがらが
ひたり ひたり
と散っては沈んで逝く
渦巻く流動的高ぶりは鳴り止まず
紅の激流と渇愛の濁流に
胸は揺さぶり 揺さぶられ
乾いた唇からたぎる血の悩みに
小さな情事も静寂に溶けてゆく
月の海でもう一人の私が覚醒し
裏側でもうひとりの私が死んで逝く
私の海を私は渡る
妖しい足取りで
したたかな女の顔で
歳月を重ねてゆく夜
私 月齢 1.5

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ハサミを入れる

ハサミを入れる
今日ハサミを入れた
伸びすぎた髪に
何日も 何年も 体の一部だったものが
バサバサの過去を切り落として
後ろ髪の未練を捨てて
鏡に写る新たな自分の顔に
志しが反射する
ハサミを入れる
昔 私を帝王切開した母はハサミのようなもので
裂かれる痛みと共に
私を産んだ
自分の体にハサミを入れて
一生傷を作った子を
母は愛した
温かい言葉はあまり聞かなかったけど
彼女と私をつなぐ臍の緒は
桐の箱に入れられて彼女の胎教を聴きながら
眠るもう一人の私
今日
自分の髪にハサミを入れる
築き上げたものを捨てるように
新しい愛を誰かに差し出すように
女の命を切り落とす
ハサミを入れる
それは
母が愛する者を産むために
悲鳴をあげて 傷ついた証
私にも
母と同じ血が流れているのか
唇を噛み締めて
血の覚悟をした
私が写る
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欠けた器

欠けた器
ひともじで 簡単に ひび割れた くちびる
から あふれる あかい水を なめると
うみのそこから 潮の苦さが 
しみる
温度を識るとは あなたと 
コトバを 交わすこと
で なければ
わたしの今日の動脈があゆみを とめて
青いいろの静脈になって排出されて逝くだけ
おんなの胸の隙間に 寝息をたてる
おとこの墓が いつでも欲しいのです
墓標は
夜にあふれ
朝にぬれて
昼にかわく
  洞窟に
    海底に
      岬に
くちびるから 注がれた ひともじで
簡単に あなたを 壊してみたくて
わたしは 欠けた器に 私を盛る
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感染

感染
お湯の中にたくさんのお父さんが、小さく游いでいました。
【C型肝炎は移りますから、必ず、同じお湯には、浸からないでください。】
 たくさんの小さなお父さんは、アオミドロのようなバスクリンの色と共に、渦を巻いて黒いピリオドへ、吸い込まれていきます。
 
 浴槽に、クレンザーをかけると、最期までこびり付いていたソレらは、泡を吹いて、私の手で容赦なく、擦り殺される。
 昔、母のピリオドの中でピリオドを見えないように消していた、砂消しゴムのような、 固い荒々しさで、母に終止符を打たせなかった、私の原型たちが眠る赤黒い根元。
 私は、過去の私も未来の私も、赦せないまま、鋭い怒りで勢いよく、私が殺して、すっきり綺麗に、洗い流しました。
(サンプルも、コピーも、ダミーも、要らない。
            本物は一人でたくさん!)
 その夜、私は私の父と、まぐわう。
 私の奥を満たす声に、渇きを覚えて、私はくっきり、掠れていった。覚えているのは、 耳から尖った黒い鉛筆を、差し込まれ白紙の私は、もっと綺麗な白に上書き保存され、全ての句読点が塞がれたことだけだ。
 夢は終わらないまま○は、空へと、上り詰め、月に変わり、夜を白く溶かす。
 私は無声の文字を浴びせられ、夢精のコトバを浮かべる海の器。
 波が、昇った月に照らし出されて、表は、ゆらめきながら、きらめきながら、裏は、陰に沈む。
 まるで月の表裏の謎を、そのまま、海が波に、問いただしているように。 
(ワタシタチハ、ハナレテイルノニ、
           コン ナニ、チカイ!)
 私は、渦を巻いて消えていった、ダミーたちのことも、思い浮かべると、激しく満潮になる自分を、月にみせる。月は引力で私を支配し、またお互いが、支配されながら、ゆっくり、二つは、満ち欠けを繰り返し、私は夜を行進してゆく。
 そして、無理矢理、句読点された何億人もの産声を、確かに聞いていた。
 私は来る日も来る日も、浴室を洗い流す。  
 四月二十六日は、ピロリ菌が多量発生し、回避のため、胃カメラを飲む。
 (胃の中は、舌を出した私たちで、いっぱいだ!)
 五月二日、午後二時から造影MRI検査。    
 (血管に流れていたのは【罪】と、いう、罪作り。)
 五月九日、午後一時三十分、結果によっては手術を・・・。
 父は予約、十五分前に間に合わなかった。予約票の束を、自慢げに抱えたまま、死んでいた。
 今、父はやっと、二階中央検査口の階段付近を彷徨いながら、私を探しているのだろうか?
 あまたの産声に責められながら、本物の私を、尋ね歩く姿。
 「お父さん、私の、お腹の中に、今、初めて、
  【お父さん】と、呼べる子が、宿りました。」
 今夜も波が月を映しています。どこかで、私が産まれています。
 そして、お父さん、あなたも。
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蓮とビル

蓮とビル
一面の蓮畑の向こう側に曇り空の高層ビルが
雷声で話し合う。
明日は誰をミンチにするか
今日は都会の迷路に誰を放り込むか
大金は誰の胸元にくれてやるか
空中会議が押し進み空には 札束の太陽が昇り始めていた。
     *         *
地上に蓮の花は咲く。
無造作に切り開かれた蓮池に灰色の曇り空を映した
デスマスクが ひとつ 浮かんでは消え ひとつ 浮かんでは消え
あの稲妻に打たれて死んでいった者たちがその肉片や恨みで
蓮の花に存在理由を残したがるように、
浮かび上がっては 花を開花させてゆく
まるで走り書きの遺言状のように。
      *        *
蓮は咲く。
略奪された怪文章、奇っ怪な暗号化された象形文字、
それら全てに笑みを浮かべながら 花心から曇り空に放り上げて
弁天様の琴の音に奏でさせ 肉声を透明にして死人たちの
その汁をすすりながら蓮根を絡ませ
一本 また 一本 蓮の花は艶やかに花開く
水面には逆さまに映るガラスの塔(ビル)
そのもろいこざかしい妄念を 吸い取るように飲み干すように
太陽に張り合うように 巨大な花を咲かせてゆく。
      *         *
圧縮されたマッチ箱の中の集団の炎。静謐な緑の靄。
その間に細長い一本の平均台が用意されて空へ続いていた。
あなたは右手の先に大量の錠剤と粉薬と万年筆。
左手の先に私をのせて均衡を保ちながら、
その狭間をゆく独りの修羅。
生まれ落ちたその瞬間に、あなたの頭上には高層ビルのように
うずたかく積まれた本棚を背負ては、言林の森で何度も
怒り、泣き叫び、迷子になりながら、ペン先で、心臓に刺さった
茨の棘をくりぬき樹海を切り裂いて、やってきた独りの修羅。
蓮から浮かび上がる 幾万の、千切れた手があなたのくるぶしを
「呪」で固めたり、「怨」で掴んだりしよとする。
その狭間を右に傾き、左足は躓きながらも、
六十五マイルの標識は一方通行のままだ。
       *           *
蓮は言う・・・。
よくここまで来ましたね。さぁ、その薬袋と女を捨てて
この花心に飛び込みなさい。私は、
お前のようなやさしく強い修羅を求めていました。
もう良いでしょう。
早く薬も万年筆も貫かれて泣くだけの汚い小娘を捨てなさい・・・。
この匂い立つ 淡いうすピンクの「わたくし」に抱かれてみなさい。
母体のような悦楽を孕んだ「わたくし」が、お前に褒美を授けましょう。
お前を創り上げ そしてお前が最も憎み、今、最も還りたい
あの・・・懐かしい海で泳ぎなさい。
さぁ・・・。おいで・・・。
本当の「わたくし」たちだけが支配する 残酷な やすらぎの「都」へ・・・。
        *           *
蓮は ひとりの修羅をのみ込むと、二度と花弁を開くことはなかった。
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路地裏

路地裏
突き落とされた路地裏で
私は私の影と戦いながら
転がった空き缶に
また飲める水はあるか
自動販売機の返金口に
指を入れては
百円玉が光ってないか
訪ねて歩いた
けれど
落ちていた自宅用の
合い鍵をみては
家の鍵ではないと
決めつけた
死ねばいいのに!
吐かれる言葉は
全て自分への当てつけだと
確信した
路地裏は
いつもどおり
日がのぼり
日がしずむだけなのに
私は荷物たちを握りしめ
影踏みをやめられないまま
路地裏から出られない

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