蓮とビル

蓮とビル
一面の蓮畑の向こう側に曇り空の高層ビルが
雷声で話し合う。
明日は誰をミンチにするか
今日は都会の迷路に誰を放り込むか
大金は誰の胸元にくれてやるか
空中会議が押し進み空には 札束の太陽が昇り始めていた。
     *         *
地上に蓮の花は咲く。
無造作に切り開かれた蓮池に灰色の曇り空を映した
デスマスクが ひとつ 浮かんでは消え ひとつ 浮かんでは消え
あの稲妻に打たれて死んでいった者たちがその肉片や恨みで
蓮の花に存在理由を残したがるように、
浮かび上がっては 花を開花させてゆく
まるで走り書きの遺言状のように。
      *        *
蓮は咲く。
略奪された怪文章、奇っ怪な暗号化された象形文字、
それら全てに笑みを浮かべながら 花心から曇り空に放り上げて
弁天様の琴の音に奏でさせ 肉声を透明にして死人たちの
その汁をすすりながら蓮根を絡ませ
一本 また 一本 蓮の花は艶やかに花開く
水面には逆さまに映るガラスの塔(ビル)
そのもろいこざかしい妄念を 吸い取るように飲み干すように
太陽に張り合うように 巨大な花を咲かせてゆく。
      *         *
圧縮されたマッチ箱の中の集団の炎。静謐な緑の靄。
その間に細長い一本の平均台が用意されて空へ続いていた。
あなたは右手の先に大量の錠剤と粉薬と万年筆。
左手の先に私をのせて均衡を保ちながら、
その狭間をゆく独りの修羅。
生まれ落ちたその瞬間に、あなたの頭上には高層ビルのように
うずたかく積まれた本棚を背負ては、言林の森で何度も
怒り、泣き叫び、迷子になりながら、ペン先で、心臓に刺さった
茨の棘をくりぬき樹海を切り裂いて、やってきた独りの修羅。
蓮から浮かび上がる 幾万の、千切れた手があなたのくるぶしを
「呪」で固めたり、「怨」で掴んだりしよとする。
その狭間を右に傾き、左足は躓きながらも、
六十五マイルの標識は一方通行のままだ。
       *           *
蓮は言う・・・。
よくここまで来ましたね。さぁ、その薬袋と女を捨てて
この花心に飛び込みなさい。私は、
お前のようなやさしく強い修羅を求めていました。
もう良いでしょう。
早く薬も万年筆も貫かれて泣くだけの汚い小娘を捨てなさい・・・。
この匂い立つ 淡いうすピンクの「わたくし」に抱かれてみなさい。
母体のような悦楽を孕んだ「わたくし」が、お前に褒美を授けましょう。
お前を創り上げ そしてお前が最も憎み、今、最も還りたい
あの・・・懐かしい海で泳ぎなさい。
さぁ・・・。おいで・・・。
本当の「わたくし」たちだけが支配する 残酷な やすらぎの「都」へ・・・。
        *           *
蓮は ひとりの修羅をのみ込むと、二度と花弁を開くことはなかった。

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