微睡みの街

今年という文字で
締めくくられる 空を
太陽が仄かな焼け跡をひきずり
金星に輝きを明け渡す頃
ポツン、ポツン、と灯る
薄明かりの外灯が
三角錐に映し出す田舎道
老いた母と年の暮れの真ん中を歩くと
海参だしの年越しそばの 臭いを纏う
高速バスの窓から見えた
振り回され 飛ばされる
風景のような年を いつのまにか
私たちは降車し
町内の明かりの優しさに
身を寄せ合える人々の束の間を
ゆっくりと歩む
昼間食べた年越しそばを 
今 食べている人を思いながら
食卓にある 鯖の味噌感を開けると
今年という過去の始発が
この缶詰だけであった人々の寒さに
身を ブルッと震わせてしまう
だから、こそ、なのか、
石油ストーブのヤカンが
警笛を鳴らし終えた今
「今年」に思いを馳せる 全ての私たちが
ひと時の安らぎを求めて
深呼吸とともに 
しばし一番星の夢を見ることを
来るべき未来に 手渡したい

カテゴリー: 未分類 | コメントする

老いた星

アルデバランの赤い星
老いた星が泣いている
夏も終わりの至彼岸
私が見上げた赤い星
夜空を彩るすべての星に
映える炎が 闇を喚ぶ
誕生の営みを知ってか知らずか
いまだに輝く 老いた星
若い星の生を幾千も見守り
先に逝った星々を幾億と見届け
今なお 輝き続けなければならない
老いた星
なのに
この星は どうだ
青い星 地球
海が空を生んだ惑星
この地球のどこかで もう一人の私が
この星空を見上げているのではないか
何時間も眠れぬ夜に
私が私を揺さぶり起こしているのではないか
「そんなに外にいると体を冷やすわよ」
いつの間にか後ろにいた母が
充血した赤い目で
宇宙の片隅から
私の名前を
小さく呼んだ

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

氷の迷宮

私のカイは北の塔に閉じ込められて、私、あるいは、
自分、についての謎解きをしています。
 私とカイは双子でしたが、私たちの親が雪の女王であったから、
カイは「えいえん」について、永遠に謎解きの筆を、持たされたのです。
 その筆は、ガラスの石でできています。
私はカイの鏡です。ひび割れて役に立たない、カイの鏡です。
 カイが首をかしげると、私の首が四方八方に傾むくし、
カイが怒った顔をすると、私は歪んだ顔を並べます。
 私たちの目には、悪魔の黒い色が、瞳の真ん中に張り付いているので、
どんなに寒くても、泣くことができませんでした。
 カイはひび割れた私を元に戻そうと、一生懸命、雪の女王の永遠について、を、
知ろうとしましたが、ただただ、つかんだままのガラスの石から、
真っ赤な血が、私に流れてくるばかりです。
 カイは必死に、えいえん、えいえん、と、文字で書き続けています。
けれど、どのパーツも当てはまらない・・・。
苦しむカイを見ながら、雪の女王は、いつもいつも、高笑いをするのです。
 私は、そんなカイを見て、泣いてあげればよかった。
カイは、泣けないから、私も泣けない。
私はカイを映す鏡だから、泣けない。
きっとそれを知っていて、こんな寒い北の塔へ、女王はあなたを攫ってきたのでしょう。
 (カイ、もう、いいよ。私、もう、苦しむあなたを、見たくない!)
 私は鏡です。あなたを映す鏡です。
そして、女王の心の中をも、覗ける鏡!
 私はカイの最期の血でまみれた私を、女王に向かって、
見せつけました。
途端、女王の歪んだ顔が赤く赤く、燃え尽きて、砕け散りました。
 私は役に立たない鏡でした。
女王にも相手にされず、カイの苦しむ姿を永遠に映すだけの鏡でした。
 さようなら、カイ、あなたの出口はあなたの痛み。
そして、この迷宮の入り口は私だったのかもしれないの…。
 こうして、私たちの謎解きは終わりました。
世界には春が訪れ、女王は二人を失った悲しみで
酷い火傷の片目から、初めて涙を流したのです。
 女王が最もほしかったもの、それは、
きっと誰もが内に持っては、流れている、温かな、えいえん、

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

当たり前

真っ直ぐ見つめる瞳に映る
真っ直ぐな歩道を
はみ出さずに歩ける人が
この世にどれだけ居ただろう
けれど 道路の白線の中を
歩ける人が殆どで
多分 青信号で
渡ることが出来る人が殆どで
はみ出して
石をぶつけられる悔しさも
赤信号の空気が読めないと
笑い者にされる悔しさも
ガードレールの中を 行く人達は
知らない
真っ直ぐ前を向き
余所見出来ないくらいの
時間の節電
前が見えないまま
手探りで徘徊する
体験の充電
人、独り
ひとりぼっちの当たり前
そんな見え透いた
我が儘だらけの物差しは
棺桶に入る頃に 気付けば良い
分かり合えない 当たり前が
ぶつかり合いながら
私たちは 平行線のままで
嘘つくように 愛し合う

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

銀の記憶

銀の記憶
銀の鳥籠のなかに 白いインコがいます
右側に白猫のお母さん 左側に黒猫のお父さん
時々籠を揺らしては インコが怖がって
ピーピー鳴くのを不思議そうに笑ってから
赤いザラリとした舌を ペロリ、ペロリ、と
出すのです
インコは怖がって インコであることをやめました
部屋に銀の縁取の三面鏡があります
右側には過去 正面には現在 左側は
真っ黒に塗りつぶされていました
首が左側に傾いているので 未来を見るためには
どうしても右側の過去が 同じ角度で眼に映るのです
私は正面に映っている 自分の顔を見たことがありません
そこで私は鏡の中央に「入口」と書いて
そこから鏡の中に 入って行きました
鏡の中は万華鏡になっていて 全てが私の欠片
が、次の瞬間には 私の姿は嘘になる
「光輝く未来に辿り着くまで、決して裸になってはいけません!」
万華鏡の中心地に置かれていたのは
沢山の仮面と帽子 派手な衣服やマスク
それらが私に 耳打ちする
「自分で自分を欺き通せるよう、これらを纏って 猫背で歩け!」
それからどうしたかですって?
私は衣服を纏い銀のシャープペンで
相変わらず文字を ノートに走らせています
鏡に映っているのは 右側に頬杖ついている私
けれど
枕元を見てください
自分で自分を放棄したインコの羽根
あの羽根は死骸から解き放たれ
銀の鉄格子の中を飛び立とうとしてノートになり
羽根ペンになり
私の裸はこころ、と呼ばれ
自動手記で未来を 夜が明けるまで
写し取ろうと羽ばたきます

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

共食い

共食い
共食いの夢をみた
小さな車海老が 殻だけになった海老を
バリバリと 食べていた
青いインクの揺れる 四角い水槽から
延び上がった車海老
味塩と天麩羅粉が まぶしてあった
昨日の忘年会で出てきた姿、そのままで
塩とケチャップで 塗りたくられた赤い海老
湯あげで抜け殻になって 今、胴体を無くして
脚を食いちぎられているのは
一週間前に鍋に押し込められて
浮かんで食べた白い海老
二つとも 私が食べた海老なのだけど
赤い大海老に喰われる
小さな湯だった殻だけの
白い甲殻類をバキバキと
水槽からよじ上ってまで食べていた日々を
送っていたのは この私
引き締まった身だけを むしゃむしゃ食べて
要らなくなった殻を
ハイエナに与えていたのも
この私
共食いは毎日続いて
私を彩り縁取形どり
夜になると 頭の中で消化する
忘年会
冷えきった外を甲殻のコートで武装して
共食いの街を歩む
年を忘れるどころか 年を呼び覚ます夢が
今夜も枕を黒くする
ああ、もしかしたら
あの日 茹で海老を食べ続けていたのは
私と私の子孫ではないか
そして この私すら
共食いの理念を腹に宿した
「女」ではないか
「醜女」
確かに 夢の中の海老の顔は
私に似ていた

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

売買

売買
私はいつも仕事場で
フックのバリを ニッパーで切り落とす
作業で流れてくる
プラスチックのフックたち
人の首の形をした その筋にある
イボのような バリたちを 今日もニッパーで はね飛ばす
次々と私の手で はねられる
きれいになったフックは 売れて
はみ出て邪魔な バリたちと
八時間で 膨れ上がった 血豆は
豆でありながらも 売れないままで
真っ白い軍手は 売られても
赤黒いシミがついた 手袋は
もう 売れない
はみ出しモノは 捨てられる
そこの会社の製品には
なれないからだ
真新しい軍手は歓迎される
それは人に使って貰えるからだ
私が放心状態で闇雲に はねた首
より、多く、の
リストラ社員
私が力いっぱい切った バリ
はみ出しモノは 要らないからだ
私が夢中で作った 血豆
今日 過労死している誰かの血
(イタイ、痛い、イタイ、)
製品は 陳列台を飾るだろう
残酷な白さが 
清廉潔白の輝きを放つだろう
けれど 私の指は
黙ったまま 明日に備えて
バンドエード二枚で 口封じされる
シミだらけの手袋は 捨てられるだろう
こんなにも働いたのに
役に立たないと言われて
明日にはゴミ箱に 棄てられる
私は 
言われたように
仕事をしているだけなのに
要らない、と、切られるバリも
汗と、血と、水と、埃に まみれた手袋も
仕事が、したい、したい、と
言いながら 死体になって逝くだろう
(イタイ、遺体、イタイ、)
会社から悠々と運ばれてゆく
製品たちを見送る頃
事務所の片隅では
私の使った ニッパーが
罪を犯した囚人にように
分厚いナイロン袋で
ぐるぐる巻きにされて
窒息死の刑を 受けている
バンドエードを 剥がして
私は 敗れた薄皮から
自然と流れる 水と血を眺めて
手のひらから 噴き出る汗を
じっと見る
これが私の手
これが私の仕事
この痛みが お給料になる
 (そんなにまでして、そこに居たいの?)
ひりひり、と 熱を持つ
売れない指で
切り落として軽く捨てる毎日
そのうしろで
全部 キャッシュになって
みんな バイバイ 
   (詩と思想 第22回 新人賞作品)

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

シャッフル

シャッフル
スタバで混ぜられる泡だらけのエスプレッソの真ん中で
私は沈む
午後の授業を終えた女子高生の唇に
オバサンのような赤が塗られると
私は笑いに殺される
白いマグカップに口紅を付けられるという
特権を競い合う女子高生の唇たちに
堂々と殺されてゆく
 (エスプレッソを混ぜているのは 誰?)
くるくると、回されているのは私なのだと
斜め前のイタリア語を喋る日本人が
イヤリングに軽く触れるように
視線を向ける
   機械仕掛けの店員は
   緑のエプロンで交代制
   店内のミニスカートの制服も
   指定席が交代制
 (かわす、交わす、逃げる、避ける、捕える、交わる、)
きれいなお姉さんに憧れる、汚いオバサンになりたくない女子高生と
きれいなお姉さんのままではいられない、働くお姉さんと
その端っこで ネズミみたいに小さくなっている私、に
クリスマスソングは 平等に降りかかってしまう、から
不公平をかき混ぜたら すぐ、サインペンで
君たちの今日に スペードのエースを並べ立ててやる
私が暴き出しては黙殺する 小さな世界と雑音たちが
黒く熱くなっているうちに 
白色の、スタバのマグカップの中が、冷め切って、
飲み干せない泡ぶくの中心に
私の、心臓だけ
ぽっかりと浮かんでしまう、から、
秘密を隠すように 息をひそめて
私は独りで くるくると、踊らなければならない
長いスプーンと私は 踊り続ける
まるで今日の私が
わたし、を 密告しないように

カテゴリー: 02_詩 | コメントする


我慢できなくなった空から
ゆらゆら ゆらゆら 焔(ほむら)が見えます
お父さんは
「良い子にしていなさい。」 と
布団をかぶせたまま 出て行きました
こんな嵐の前日は 必ず空に
ニタリと嗤う 月が見えます
私 シンクロして 私を探す
輪郭をなくして出て行く 私
為すがままに ゆらゆらと 立ち上がり
ほろほろと 見えない月に 喚ばれていました
白いノートから 我慢できなくなった文字
くっきり 浮かべて 立ち上り
私の影が 月に映えて 嗤っています
横隔膜の雨音で 辛うじて護ろうとする自我
から、はみ出そうとする 私の渚
お母さんが
「今日は外へ出てはなりません。」 と
完全に締め切った二重窓
カーテンの隙間から 嗤う月
伸ばされた腕を 私は欲しがりました
月に 抱かれて 苛まれて 
弄られて 悦んで そして、
私は猫のような玉虫色の目をして
真夜中になる 
 (汐が引くまで還れまい)
空に咲いた私の輪郭を 啜っては
ニタリと嗤う 月の聲
私を片目の達磨が 二つ並んでみてました
もう、墨を 入れてあげられない 両目から
黒い涙が 流れます
女の業力 支配して
月は色濃く 陰落とし
今宵の雨を 嗤います

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

せんせい。

せんせい。
せんせい。
みんなが違うことばかり言うのです。
私の国は、日本だといい、
私の国は、大和朝廷だったといい、
私の国は、経済大国だったといいます。
社会の先生に聞いたら
それらは全て正解だったといい、
倫理の先生に聞いたら
それらは全て間違いだというのです。
そして
生活指導の先生は
オーストラリアの首都は
シドニーだといっていましたが、
国語の先生は
キャンベラだ、と
こっそり 教えてくれました。
それらを
家庭科の先生に言うと、
【時々、名誉や富が変わったり
   加わったりすると スパイスされた
              品名になる。】
という料理のレシピを私にくださいました。
せんせい。
私の一番大好きなせんせい。
あなたは理科室で、それらのコトバが
私の耳にこれ以上、入ってこないように
私の両耳たぶにピアスホールの穴を
バキンと開けて、こういいましたよね。
 【この痛みだけを信じなさい。
   この耳たぶから流れる、赤い温みを信じなさい。
     冬に耳が疼く度に、それらの間違いを、
       記憶から消しなさい。】 と。
                      
せんせい。
また、あの理科室で痛みをください。
私をピアッサーで刺したときのように
もう一度痛みで、答えをください。
あなたに応える私になるために、
もっと、強く、酷く、貫いてください。
そして、また、あの、真っ赤な部屋で、
教え込んでください。
 【君が産まれた国は、
   アルコールの炎と消毒液の似合う、
     この理科室だけだ】 と。

カテゴリー: 02_詩 | コメントする