風葬

貴方は
飼い慣らされた春が またひとつ
骨を見せて通り過ぎて逝くのだ、と
冬の葬列の隙間から
骸が風化してゆく言い訳たちを 赦す
親しい者たちの名を
彫り込んだ胸を
見せることもなく
風花の舞う季節に
怯えることもなく
名もない風を受け止めてきた
ただ そんな悲しい景色のことを
赤文字で書いてはいけないよ、と
人を焼くような 人を焦がすような
色では書いてはいけないよ、と
青ペンを手渡してくれた時
触れた 貴方の指先
その温度 その体温が
泣いていた

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巡る水

人工的に中性緩和された都会の水は
下水に流された水子の怒りのように
喉に張り付いたまま 炎となって泣き止まない
生まれ出るはずの者たちが きちんと産まれなかった
不定形な塊となって 数多の人の
血肉を呪い腐らせ 脳髄を麻痺させ
命の再構築の原理について 原始に戻れと神経を焼き切る
記憶を辿れば その源泉は女であった
     *
赤ちゃんが鼻づまりをおこせば
口でその水を吸い出して息をさせてあげるのよ
それは母との未来を語った水の記憶
その土地に嫁いだからには
その土地の水に馴染むことから始めるのだと
土間の囲炉裏の側で 腰を下ろして母を叱っていたのが
亡き祖母の水の記憶
水は 厳しい
けれど私を守る水は汚濁をのみながらも
なんと 清浄であっただろうか
都会の水で干上がった身体を横たえ 喉の嵐を家水で鎮める
毎夜静かに湧き上がる井戸水が
私の血液を更新してゆく度
女という血脈が こぼしてきた
苦い水の事を想う
私も又 人と人との間を巡りつづけ
誰かを潤す為の水でありたいと

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がらんどう

なぜ
さびしいのだろう
わたしの からだに
ふさがらない、あな

あいてるなら
すべての凹凸をふさぎ
きょうかいせん
すら
なくしてくれる
きょうき
を まつ
わたしはすべての
あなを ふさがれて
あな、た

ころしてくれる
ゆめ を
ほしがる
さめない よる

みたせない
まま
まだ、
だ、と、
まだ、まだ、
だ、と
くちびるの すきまに
カギ、

もとめる
やがて
さしこまれる
やわらかな
きずぐち を
ひろげながら
わたしの
くらやみを
ひらいて ひらいて
それを
あな、た

おもいこんで ゆく
また、
まだ、
あい、
くるしい、夜。

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ある招待状

今日 郵便屋のおじさんががあらわれて 記憶を配達しますという
宛先は 「レスボス島よりティータイムを」と、書かれてある
(招待状か 何かだろうか・・・。)
開けてはいけない気がしたのは
昔の彼女が愛用したプワゾンの香が 甘い顔をのぞかせていたから・・・
なのに私の手は あの抗いようもない
眩暈の痛みに会いたくてゆっくりと封を切る
     *
封入口から一番初めに出てきたのは 桜の花びらだった
その花びらには、一文字「恋」とだけ 書かれてあった
次に出てきたのは星空だった
流星の先っぽに「憧」を 乗せていた
最後に出てきたのは歪んだ赤い唇で大笑いする甲高い声
ゾロゾロとムカデが何万匹も這い出して
そのムカデには彼女の顔が張り付いていた
そして鱗には「憎」が黒くて鋭い鎧をきて
私の鼻から口から耳から穴という穴から
噛み付きながら舐めまわし
細胞を侵食し壊死させながら
記憶を 再封入するよう片付けてゆく
      *
私は小さく折りたたまれながら誰かの手で捨てられようとしていた と
その矢先、招待状の底辺から挿入させられたペーパーナイフをもった
誰かの手に落ちていた
ペーパーナイフの手は、私を丁寧に拾いあげて 広げて 広げあげ尽くして
その手をナイフからペンに持ち替え「男」と太く硬い文字で一筆書きを施した
全ての悪夢や私の身体で蠢いていた蜜虫は叫び声を上げて逃げ出した
今 私はその男の腕の中で昔愛した女の名を呼んだ罪で
クシャクシャにされながら、捺印を施され 
記憶は「激」という文字だらけで 真っ白に汚されて更新された
        *
いづれ 「御祝儀」袋に納められ
大安吉日 晴れた日に
あなたのもとに届く予定だ

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火の鳥

夕焼けに黒く灼かれて一羽飛ぶあれは私よひとりという鳥
抒情文芸 小島ゆかり 選  入選作品

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あなたが 今触れている
パソコンのキーボードの
アイ、の漢字変換の音と
わたしの 来い、の
漢字一文字変換の音が
響き合う
あなたが触れる
ピアノの鍵盤の黒から 流れるフレーズを
わたしの唇の赤が リフレインして
溢れ出す
哀しみを音にしてみれば
指先から唇まで
喜びに変換された メロディーたちが
触れ合いながら 染み渡る
あなたが わたしに届くまで
わたしが あなたに響くまで
これから起きる出来事すべて
人と人とは交差しながら
時間より早く
空間より高く
音楽より鋭く
想いを伝えるために
言葉を織りなし
虚空に音を解き放ち
嬉し泣きと泣き笑いを
繰り返しながら
それぞれの音で
歩んでゆく
抒情文芸150号  清水哲男 選   入選 
選評 本誌にて記載有り。

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正解

親指ですら右手と左手では 形が違うのに
なぜ簡単に手を合わせて 祈れるのだろう
感情線の皺に深さも その上がり具合や切れ目も違うのに
右手と左手を合わせて しあわせと言うコトバに
置き換えたりするのだろう
 昔 入水自殺した友人は
 いち、たす、はち、は、じゅうろく、だ、
 と、言い切って元気に解答した
 それを聞いた独裁者のような指導者は
 面白がって手を叩いては 世間に言い廻って
 笑った
 私も 笑っていた 
 多分・・・困ったような顔をして・・・
右手でいち、を指折って そこから左手で、はち、を足したら
両手で一本 指が余った
その曲がれない小指が 彼女のような気がして
私は彼女が溺死した池に 今も合掌することが出来ない
 どうして教えてあげなかった
 いち、たす、はち、は、きゅう、だ、と。
   (それって合ってる?)
 どうして指導者を名乗る常識人は逃げまわる
 彼女を殺した噂を未だに垂れ流しながら
 どうして彼女は最期まで言い張った
 いち、たす、はち、は、じゅうろく、だ、と。
   (それって、間違ってる?)
世界のどこかにいるもう一人の彼女が同じ答えを発する声が
水底から波紋の息を拡げて 浮かび上がる度
私の原稿用紙の端っこは汚れて ぶらさがりの句読点が
となりの句点の○の褒めコトバを
欲しがっては叫んでいる
夜に白い小指立てながらペンを握っている間だけでいい。
薄っぺらいこの世界に 正解のカタチひとつぶら下げて
黒い句読点、の、その先に来る余白たち
どうか、どうか、読んで欲しい
合掌できない多くの手のひらたちの
言い訳くらいには はみ出したくて
黒いぶらさがり、イコール、彼女の叫び 、

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バレンタイン プレッツェル モカ

ショートドリップのコーヒーの素朴さから 70cmの距離を隔てて
バレンタイン プレッツェル モカは 期間限定の
女の企みのような 甘さだ
店内の女客は両手で ホットカップを 大切に抱えながら
その狡すぎる香りに酔しれ お喋りが止まらない
夢中にさせているのはきっと 70cm前の苦いコーヒーを
飲んでる男の身辺盗聴と 彼の飲んだマグカップの独り占めと
その手段の 独占法
 (女同士の掟の説法、含み笑いが本音で笑い、
              ハーレークイーンの本は夢見がち)
アーモンドの粒子と解けないチョコの分だけ 喉に引っかかる秘密を飲み込み
スマートホンにタッチするように 話題を次々スルーしてゆく
開いたままの早口たちに向かって
モノも言わない赤いノートパソコンは 頬杖ついて
食べかけのまま放置される チーズタルトと軽量ダウンの
軽薄さが気になって 仕方がない
私は今日 都会の街のトレンドと すれ違ったままの きのう、を思い出す
  昨日私は働いて 店の倉庫で叱られて 二割引になった
  品出しをしては 曲がる腰に三割引
  そんなわたしの背中を心配してくれたお客さんに 半額シールを
  心を込めて 貼り付けたら 倉庫の片隅で隠れて泣いた
辛いこと九割九分の店の中 優しさ、一分、貰ったら
しみったれた私には 苦さがあっての甘さだと 教えてくれる
バレンタイン プレッツェル モカ
けれど
毎日飲んではいけないよ
バレンタイン プレッツェル モカの、企みに 飲み干されてしまうよ、と
あの緊張だらけの日々を 今、70cm先の素朴な苦いコーヒーが
私に、今、を 問いかける

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不在の子

畑の中に一粒で 埋もれたままの
不在の子
光と水と温度や湿度
縁に触れては 発芽する
父は土を耕して道作り
母は伸びゆく日々を信じては
二人で肥やしを 与えつづける
畑に根付いたその子の色を
誰がどうして 変えられようか
双葉に嘘が絡みつき
茎が打算や嫉妬に呪われて
気付けば文字どおりの蟻地獄
根元【あし】をすくわれ 
虚偽と手を組む 不肖の子
だが
種の理念は揺るがない
実もならないまま 萎れても
不肖の子にある不在の種は
自分に嘘はつけないと
父母の汗の道の上
叫びながら 泣きながら
語り続ける想い道
愛せないまま 愛したい
理由はすべて底にある
知らないままで 走り出す
たった独りで ひとりに向かって
私が死んでも その人が
私の種を口伝てに 配ってくれれば有難い
その人が漏らして落とした道の上
新たな新芽が発芽する
見えない姿 
不在の子
誰の中でも住んでいる
選んだ道の反対側の
未知の上の道の上
愛されないまま 愛されたいと
憎んだの空の向こう側
堪えてふるえて飛び込んで
泣いて眠れる
赦し中に

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木目を合わせる

(薄っぺらな一枚の板
  一人じゃ何もできないけれど)     
作業所で木箱を作る
出来るだけ木目を合わせて 板切れが 
ささくれたり 曲がったり
歪にならないように
木目を合わせる
元は一本であった
樹の生命力溢れる節目たち、の
一枚一枚の板には 
人の目のような渦がある
木目はそこから 
私の人相を見ている
一人では使い物にならない
平板や横板や仕切り板が集まって
私の手の中で
再生の決意を促す
木目を合わせる
人間も一枚の 木理
一人一人その断面は くいちがい
年輪の渦から 引きはがされても
自分たちが通ってきた道を 
私に見せつけながら
新たな木々たちと 
お互いの手のひらの
皺と皺を合わせて 
繋いでいるように
一枚の板は 再び 
陽光にそびえる
一本の
大樹の姿の 夢を見ている

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