2月20日の夢(エスカレーター逆走)

 会社の同僚と新幹線で浜松に出張する。ぼくらの周りに若い女の子たちが何人も乗って騒いでいたが、みんなどこかへ行ってしまった。浜松に着き、降りようとして、後ろを振り返る。すると、ぼくらの座っていた席に忘れ物がいっぱいある。「あっ、あの女の子たちのだ」とぼくは言うが、同僚は「そんなの、いいじゃないですか」と取り合わず、さっさと降りてしまう。
 ぼくは駅のエスカレーターを先に立って降りる。どうも降りにくいし、エスカレーターも変に白っぽい。よく見ると、それはのぼりのエスカレーターである。だが、ぼくは構わずにそれを下まで降りきる。
 駅ビルの出口が大きなこうもり傘のようなものでふさがれている。ぼくはそれを持ちあげて、下をすり抜けようとするが、うまくいかない。立派な身なりをした支配人がぼくを見兼ねて手伝ってくれるが、かえって出られなくなる。よく見ると、その傘を迂回して、みんな左側から外へすいすい出ている。また、ぼくは失敗してしまったらしい。

カテゴリー: | 2月20日の夢(エスカレーター逆走) はコメントを受け付けていません

2月18日の夢(使えないケータイ)

 ケータイを2台貰った。だが、1台は壊れていて、全く使えない。もう1台を持って歩いてはみたが、電話以外の機能ばかり沢山ついていて、ケータイとしては役に立たない。スイッチを切り替えると、ラジオのように音楽が鳴ったり、CМを流したりする。
 街も随分変わってしまった。大きな床屋があり、ものすごい数の床屋のおじさんがものすごい数の客の髪を切っている。待っている人も店からあふれるほどだ。その店を通り過ぎ、なじみの別の店を探すが、つぶれてしまったのか見当たらない。
 通りではビルを倒す作業が行われている。ところが間違えて、倒さなくてはいいビルを倒してしまった。しかたがないから、もう一度建て直すという。
 近くに橋があり、それは外国の有名な橋を真似たものらしい。ぼくの隣に老人がいて、しきりにぼくに「本当にその橋に似ているのか」と詰め寄ってくる。ぼくはその橋の写真を探すが、橋の全体が写ったものは1枚も見つからない。

カテゴリー: | 2月18日の夢(使えないケータイ) はコメントを受け付けていません

2月17日の夢(コンクール)

 ぼくはあるクリエイティブスタジオに勤めている。社員全員であるコンクールに出す作品をそれぞれ制作することになった。みんな悠然と作っているように見えたので、ぼくものんびりとやっていると、いつのまにか彼らの作品はどんどん完成している。ぼくはアーティストとしては殆ど素人だし、とてもセンスの良いものは作れそうにない。それにある程度できたと思う作品は、なぜかどこかへ消えてしまい、何日経っても完成しない。それでも先輩が「なかなかいいじゃないか」とほめてくれるのに、少し自信が出てきた。先輩たちの中には作品を既に映像に取り込み、試写をしている人もいる。ぼくだけがいつまでも一人、へたくそなコラージュ作品に取り組み続ける。

カテゴリー: | 2月17日の夢(コンクール) はコメントを受け付けていません

2月16日の夢(戦争の終わり)

 ようやく戦争が終わり、あるホールのオープニング式典に出席している。ここの出演者たちは欠席が多いのが問題だ。その女性も休みが多いので、今日も欠勤と思っていたら、遅刻して登場した。しかし、彼女が使っている芸名は本来彼女のものではなく、彼女が演奏する何やら大きな楽器の名前のはずである。ぼくは「そんな芸名はだめだ」と抗議するが、彼女は構わず歌を披露すると言う。しかたなく、ぼくは客席からギターを持って登壇し、伴奏を買って出る。といって、めちゃくちゃな即興演奏をしているだけだ。彼女がぼくに何かを尋ねた。ぼくはてっきり、そのめちゃくちゃな演奏のことで文句を言われたのだと思い、「ただめちゃくちゃに鳴らしているだけだよ」と答える。彼女は「違うのよ。あなたの誕生日はいつ? 私は1月16日。中村さんの誕生日と同じよ」と言う。ぼくはその中村という人に嫉妬して「知らないよ」と、すねる。

カテゴリー: | 2月16日の夢(戦争の終わり) はコメントを受け付けていません

2月14日の夢(偲ぶ会)

 誰かを偲ぶ会に出席しているが、途中で退席しようとすると、出口近くに先輩詩人のK氏が座っていた。厳粛な席なのに、つい大きな声で会話をしてしまう。挨拶して、出口のドアを開こうとすると、ドアは1枚のベニヤ板に過ぎず、外れてしまった。ぼくを送りに来た二人の女性に「これから築地で行われる本葬の方に行ってきます」と言う。

カテゴリー: | 2月14日の夢(偲ぶ会) はコメントを受け付けていません

2月12日の夢(館長室)

 詩の研究会の講師の同僚であるA氏と二人、日差しが明るく差し込む、どこかの館長室のソファーに座っている。A氏は一身上のことで館長に相談があるらしいのだが、館長は乗り気ではない。ぼくはA氏に、「ぼくが一緒に行ってあげてもいいですから」と言って、励ます。

カテゴリー: | 2月12日の夢(館長室) はコメントを受け付けていません

2月11日の夢(講師席)

 今日からちょうど1年前に、ぼくはある詩のコンクールで優勝したのだった。そのとき、優勝盾を貰ったのだが、もうひとつ貰い忘れたものがあり、それを受け取りにいく。
 行ってみると、そのほかに野菜やいろんな貰い物があり、持って帰るのが大変だ。ネギの泥をはたきながら、なんとかして全部を袋に押し込めようと苦闘する。そのうち、野菜とそれ以外のものを分けて、2つの袋に入れれば簡単なことに気づく。
 詩の研究会に早く着いて、真ん中あたりの席に座っている。話し声が聞こえるので、後ろを振り返ると若い女性の研究生が二人話している。1人が「清水哲男さんに講評してもらえるんじゃないのか。がっかり」とぼやいている。ぼくが講師だと気づかないのだ。やっぱり黒板の前の、みんなに向き合う席に座らないと、講師らしくないかなと考える。

カテゴリー: | 2月11日の夢(講師席) はコメントを受け付けていません

2月8日の夢(見えない手)

 ぼくの住んでいるマンションに女友達が引っ越してきた。
 昼寝をしていると、布団の中に誰のものでもない、見えない手がいくつもあることに気づく。ぼくの体のあちこちをそれが触ったり、くすぐったりする。つかもうとすると、その手をつかむことができる。だが、それはすぐに場所を変え、布団の中のあちこちに現れる。目をあけて、布団をめくり、正体を確かめてやろうとするが、いくら力をこめても体が動かないので、それを見ることができない。2つの見えない手がだんだん首の近くに迫ってきた。このままでは首を絞められてしまうのではないかと、必死に抗う。

カテゴリー: | 2月8日の夢(見えない手) はコメントを受け付けていません

2月6日の夢(2人の女性)

 会社で働いていると、突然何者かに拉致されてしまった。そこはお屋敷の前の路上で、お屋敷には老婦人とその秘書らしい若い女性が住んでいる。ぼくは二人に沢山の書状の束にサインをさせられる。ぼくがこれまで書いてきた帯文や跋文に対する支払いの領収証らしい。お金を貰えるなら悪い気はしない。目の前の公園では何人かの男たちが掃除をさせられている。
 署名を終えて、男たちと屋敷に入ると、中では宴会が開かれている。空腹なので沢山食べたいのだが、一椀一汁しかもらえない。全員に写真の束が配られる。他の男たちはそれぞれ自分の仕事を記録した写真を沢山貰っている。だが、ぼくはここで仕事をするのは初めてなので、他人の写真を何枚か貰っただけだ。
 昼間からここにいて、もう夜だが、2人の女性はまだぼくを帰してくれない。会社も忙しいのに、困ったなと思う。若い方の女性が「これからも京都出張があるの?」と尋ねる。ぼくは「いや、ないと思いますよ」と答える。

カテゴリー: | 2月6日の夢(2人の女性) はコメントを受け付けていません

2月1日の夢(編集会議)

 詩誌「黄金時代」の編集会議が始まるまで、まだ随分と間がある。のんびり出先で待っていると、いつのまにか居眠りをしたのだろう。時計は定刻の6時まであと10分を指している。会場はすぐ近くなのだが、タクシーを飛ばそうと思う。外に出ると、そこは岡のてっぺんで、四方はすべて下りの坂道だ。タクシーは何台も坂道を登ってくるが、すべて実車である。遠くから空車が走ってくるのを見て、駆け寄ると、ぼくの見間違いでそれは車ではなく人なのだった。
 なんとかタクシーをつかまえたらしく、ぼくは編集会議に出席している。メンバーは編集委員のOさんと印刷所兼出版社S堂の女性社長Cさんとぼくである。今回の特集はO氏の企画らしく、童話が掲載されている。ぼくはその校正を届けに、印刷を頼んでいるS堂に歩いて向かう。原稿料がわりに抱えていた切手を、ぼくはうっかり道路にすべてぶちまけてしまい、拾い直す。S堂に着くと、こちらにもCさんがいた。編集会議に戻ると、やはりCさんがいる。しかし、若々しくて痩せているから、こちらはきっとCさんの娘さんなのだろう。「切手は要らないと言われました。だから、この切手はすべてあなたの会社のものです」と、ぼくは同席していたD社のT専務に言う。

カテゴリー: | 2月1日の夢(編集会議) はコメントを受け付けていません