自宅を小劇場にして詩劇を上演することになった。内容はN氏に任せきりにしたので、開演するまで分からない。一度稽古場に立ち寄ったことがあったが、あいにくちょうどリハが終わったところだった。
上演は自宅の奥の部屋を舞台と観客席、手前の部屋をロビーにして行われる。無関係の部屋の扉をトイレと勘違いして開けようとする観客がいたので、トイレの前の壁に「WC」と書いた紙を貼ろうとするが、ハサミが上手に使えないし、他の準備をしている初老のスタッフと交錯して、なかなか作業がはかどらない。
開演時間になった。意外にも行列ができるほどの観客が集まった。定時になっても入場が終わらないので、10分押しにしようとスタッフに伝えようとする。だが振り向くと入場は終わっていたので、両手で頭の上に大きな〇を作ってみせる。
幕を上げてみると、天井桟敷ふうの不条理劇だった。舞台は奈落を使った地下に部屋が二つ、地上に二つの計4室に壁で仕切られていて、まるで心臓のようだ。途中に壁があるので、下手側の客は上手側の舞台がうまく覗き込めない。上手側の客も下手の舞台が見えない。訳者の一人が観客に向かい、「奈落も使っていいということでしたので、活用することにしました」と釈明する。ぼくはトイレに行きたいが、あまりに芝居が面白いので舞台に釘付けになっている。
第一幕が終わり、第二幕が始まると、観客はだいぶ少なくなって、空席が目立ち始めた。それでも遠慮して廊下で立ち見している観客たちがいるので、「どうぞ中に入ってください」と案内する。役者たちの中には亡くなった詩人も交っているらしく、懐かしいKさんの声も聞こえる。玄関のあたりが騒がしくなったので振り返ると、大阪から知人のJさんたちも今到着したところだ。