降り積もる雪のように

あなたの望む
あなたにおなりなさい
例えば雪のように
柔らかく白く
降り積もりなさい
やがて踏みにじられ
汚されて逝く
その傷や痛みを
涙や嘘で繕うのです
そうして白い瘡蓋で
覆うのです
人はまるで
降り続ける白い粉雪
自分を掘り下げるように
自分を重ねて行く

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何時

死んだ父が
殺された、という
名札をつけて立っている
その横をコンビニ袋に
かつ丼を入れた男が
実存の靴を鳴らして歩く
蛍光灯の下で
頭だけ照らされた女が
命について考えると
部屋には沈黙が訛り
御霊だけが浮遊する
今とは一体、
何時のことだ

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白い炎

年末の庭に放置された大量の菊が
霜が降りる毎に人を誘う手をみせる
いつか燃やさなければ片付かないね、と
そればかり気にしていた母の、
指の第一関節はガンジキのように折れ曲がり
小さく縮んだ菊の亡骸を集めていた
仏壇の裏のセイタカアワダチソウが
鈍色の曇り空にトゲトゲしく突き刺さり
誰かの長い白髪のような枯草は
横倒しに倒れたまま土を覆い隠している
簡単に抜ける
色褪せたそれらのものを集めて鎌で束ねては
焼き場まで持っていく
母はその薄暗いものたちを上手に重ね合わせ
端が折れて黄ばんだ新聞紙を細長く丸めると
マッチを擦る
底に火を置かれたものたちが燻る焔をあげ
小さな骨が何度も折られる音が続き
やがて火は燃え広がっていく
いつか燃やしてしまわなければ…、と
自分に言い聞かせるように母が呟いた後、
あっという間に燃えてしまうものですね、
街から来たという男が古い家を背にして
正直に言う
玄関に注連縄のついたお飾りを吊るすと
そこから
母が入り、娘が入り、猫が入る
今年が無事だったことなど気にも留めず
暮れた寒村には消防団の夜回りの鐘が
夜の中で鳴り渡る
抒情文芸 2020年 春号
清水 哲男選(入選)

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考えない足

初めて履いた運動靴で 
私たちはどこへでも行けた
リュックサックを背負い水筒を持ち
少しのお金と自転車のペダルに乗せたその足で
行きたい所へとハンドルを切れた
時間は私たちの足の後から付いてきた
日時計だらけのデコボコ道を
どこまでも どこまでも
白い運動靴が汚れてきた頃
黒くい靴を履かなければ 行けない所が増えた
手首に巻かれていたのは 手錠のような時計
自転車は納屋の奥で錆びついた
ハンドルは固定されてタイヤは罅割れ
ペダルはもう、回らなかった
今、私は町の停留所で捨てられた牛になって
飼い主が迎えに来てくれそうな車を待つ
草臥れた運動靴を蹄に被せ
定刻通りに来る運転手のバスに乗せられて
この町を周り続ける
バスは決まった方角へと進み
市役所と病院を通過して
同じ場所で私を降ろす
 (便利になったもんだ
 (バスの時間に間に合わない者は
 (買い物も治療も手続き事もできないのだから
小さな押し車に頼る老人と
杖を突く老女が そう呟いて降車した
バスに揺られ 自分の足も動かさないまま
私は町を何周しながら死んでいくのだろう
【便利になったのだ】
ペダルを漕ぐ白い運動靴の足たちが 
時間を逆走して 
バスの中の私を追い越していく
(詩と思想3月号掲載詩)

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帰郷

魂の粒子が入り込む真昼の庭園。不在の住処の質量は閑散とした佇まいの
重さに呼吸して、光彩の瞬きを受けて渡す、あるいは、乱反射して滑って
いく。薄緑色に生い茂るやわらかな罪に、赦しは幾度となく繰り返されて
畳の藺草の上に、足跡をつけた人たちが、セピアの影となって、草の香を
湿らせていく。繰り返される粒子たちの歴史。私たち、という姿は障子に
煤けたまま、外界と内界を仕切る薄紙に、ぼくの鼓膜も、なつかしい声に
角度を預けたまま、透き通り、ふるえていく。誰に負われてきたのか、負
ぶさってきたのか、わからないまま、今日来た役人の、インクの付いた袖。
汚れた黒いインクの袖口ばかりが気になって、母さんの手が離せなかった。
子供の視線で覗き込んできたものは、蚊取り線香に巻き取られて細く長く
ジリジリと燃やされていったまま、今でも蚊帳の中を浮遊する、苦い煙。
経机に置かれたわら半紙に何も書けないうちに出て行った、ぼくの、夢。
墨汁をこぼした失敗談だけが、まだ飾られているような、部屋。
泣いてしまえるほどの脆い足場の中に、目の前を通過するいくつもの急行
や快速電車に急かされながら乗り継いできたはずなのに、生い立ちの在処
は、どんどん遠く、そして、鮮やかになるばかり。

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車椅子

地元の植物園で菊花展が開催される頃
入園入口にある車椅子を借りると
母を乗せて湖畔に広がる花々や温室の中を歩き回った
昔、母は祖母を乗せて車椅子を押した
ひと昔前母は 私を乳母車に乗せて
そして泣きだせば 抱いたり負ぶって
この巨大な植物園を歩いた
秋といえど まだ日差しは強く
工事されていないデコボコ道もある
多くのカップルが行き過ぎ 老夫婦が通り過ぎ
工事現場のダンプカーを避けながら
車椅子を押し続けた
私の荷物を胸に抱えて
車椅子から喋っていた母の声が 
だんだん小さくなり 聞こえなくなり
ポプラ並木の紅葉は見えなくなり
裸木や寝そべった枯れすすきを横目にしながら
薄暗い椿の森へと入っていく
車椅子は重くなる
荷物を抱えている母を押しながら
一歩、一歩、と 足を
前に出さなければ進めない苛立ちを踏みしめながら
押し車のグリップに圧し掛かる手のひらの強張りに
肩を震わせながら 前へ、前へと、そして 前には、
坂道、坂道、そしてまた デコボコの坂道
私が車椅子に乗せている人は誰だろう
そして 運んでいるものは何だろう
対岸の入口の傍に菊花展の菊の花が 黄色く灯る
白菊の花の灯りもぼんやり見える
紫や白の緞帳の中に飾られた
菊花を見に来る行列に紛れて
車椅子を押す女が見える

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めんどくさいテレビ

モノクロテレビは 力道山を
独り占めしたことを語り
カラーテレビは 鉄腕アトムで
空を越えたと言う
地上波テレビは
そんなアナログテレビたちの話に拍手を送り
BSで アナログたちを馬鹿にした放映を
夜中に流した
   めんどくさい、ほこり
   めんどくさい、おごり
   めんどくさい、電波
   めんどくさい、ばかり
情報による、情報のための知ったもん勝ちを
昭和に言えなくて令和で言う人
昭和では言えたのに令和で黙る人
         *
金の卵の母の指
昭和のベルトコンベアーに運ばれて
テレビの部品と引き換えに
てのひらの歯車 錆びついた
テレビに映る東京タワー
スカイツリーに抜かれたと
めんどくさい娘が嬉しそうに言うことも
老いた母は 俯き聞いて
腐る前のナシウリ一つ
落とさぬように 大事に抱え
伸びない指で手を合わせると
横を向いては 黙ってかじる

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駅前の信号の青の中を
ホテルの前で屯する入り女の白い手招きを
ビジネスマンの眼鏡の先を
赤いジャンパーの男のポケットの音を
渡り歩いて辿り着く エビス屋のテーブル席
器に盛られたカルパッチョの鯛は
もう捌かれて 目はないのだけど
私がどこを潜り抜けてやってきたのか
一目瞭然で 身体を開いていた
ラテン系の音楽、弾む弦楽器、
その店から流れる音色は 筒抜けに明るく
心労が祟ってイライラしている、
タクシーの運転手のハンドル捌きさえ
リズミカルで陽気にみせる
会話は店内から外界に賑やかに溢れ
テラスの恋人たちは
カラフルなビールで乾杯して
二人の祝日に グラスを傾ける
けれど
赤信号で突っ立たままの歩行者の眼を
ホテルに入れてもらえないまま路地裏に消えた女の顔を
パソコンのディスプレイに取り込まれて点滅しているビジネスマンを
そして
どんどん大声になっていく 赤いジャンパーの男の
膨らんだケットの中のモノのことを
思い浮かべて目を瞑れば
はぐらかしていたものに おいかけられて
サイレンの音は鳴り響く
   (病院に運ばれるのだろうか
   (警察署に行くのだろうか
否、おそらく
目のない 開かれたままの鯛と同じ方角へ…。
賑やかだったエビス屋のラテン音楽は店じまい
華やかだった色を浮かべたあのグラスたちでさえ
他人の顔をして 吊り下げられる
騒がしい喧騒の街を 
巨大な手をした夜が
旅に出た者たちを
ことごとく 片づけていく
(ファントム4号執筆原稿)

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ぞう

大きな一頭のゾウの写真をこっそりと 
一人だけ見ることのできる男がいた
男はゾウを連れてきて
人々に目隠しをして触らせた
北の民はゾウの耳を撫でて
ゾウは耳だと言った
東の民はゾウの尻のあたりを巡り
ゾウは匂いのする丸いモノだと言い
西の民はゾウの足を抱いて
大木に違いないという
そして南の民はゾウの鼻に触れ
ゾウは長いのだと言い張った
戦争がはじまり
写真を見た男だけが
高みの見物をした
そして
殺して剥製にしたソレに
「お前は金になった」とだけ
耳打ちした

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噂は一人、散歩するのが好きだった
特に 夜
人の歯の隙間からどうしても出てしまう溜息や
口臭を嗅ぐのが好きだった
同じ道を通り同じ流れに沿って歩き
同じ家の窓明かりの下で影になって
一周するだけの噂
なんとなく人間臭い所が好きなのに
さみしい噂
その日 噂は鍵の掛け忘れで
散歩の時間は午前二時半、丑三つ時
噂は聞いてしまったのだ
「──では、こちらが加害者になってしまう、
      君、死んではくれまいか?」
噂は黙っていられない
黙っていれば、誰かが死んでしまうのだ
いや、黙って入れさえすれば
少なくとも自分の保身は守られる
横並びに大きな邸宅の間に挟まれた選挙事務所の窓明かり
電気が消えた翌日に、一人の男が首を吊ったと載せる朝刊
『福祉介護職員自殺』
── 自責の念に追い詰められたと遺書を残す
以前から高齢者虐待があるのでは?という話が出ていたことも、
病院のベッドが足らなくなれば末期癌の老齢患者は、その施設に
入れられたら二度と帰ってこられないことも、噂は知っていた
その介護施設長の声を、あの夜、あの事務所で聞いた噂
噂は 自分が黙っていたことを嘆いた
自分は噂だから、誰にも信じてもらえない
けれど、黙っていたことで人が一人死んでしまった…
噂が悩んでいるうちに
マスコミは、どんどん先を行く
〝本当に虐待はあったのか?
〝証拠がないじゃないか!
〝丁稚上げの出鱈目だらけで、自殺者がでたじゃないか″と
噂は言いたい
〝虐待はあった!
〝仕組まれた自殺だと!
〝強いものが弱いものを装って、被害者をつくった結果だ″と
あの夜の事務所の前を、噂が通り過ぎようとすると
再び施設長の声が頭の上の窓の隙間から降ってきた
「うまくいった。次はこの辺りのこいつに死んでもらおう…。
    大丈夫さ、いつ死んでもわからない老人ばかりだからな…。」
噂は我慢できない!
噂は飛び出した!
身体中から飛び出した!
噂は夜、町中のポストにビラを作って投げ込んだ
マスコミにも電話をかけてすべてを語った
噂は「うわさ」に生まれて、自分に一番出来ることをしたと思った
(これで、もう、死ななくていい人が、殺されることはない)
その翌日、噂の姿を見かけた者はいなくなった
誰かが「噂は遠い所へ送られた」と言った
そして人々は口にした
「ホント、噂なんて一体誰が産んだのかしら?
    どうせすぐ、消えるだけのモノなのに…」
(モノクローム2号掲載原稿)

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