供物

供物
私たちはお互いに捧げものにする「生け贄」について
話し合ってました
私が家に上がった百足を殺していた頃
あなたは勉強の邪魔になった金蛇を
殺していました
私が「百足は炎のような黒さだった。」というと
あなたは「金蛇は雲のような、白い腹をみせた。」
という
私が、「それが憎くて怖かった。」というと
あなたは、「怖くて、淋しかった。」という
私は「とても、痛かった!」というと
あなたは、「とても、悲しかった!」という
その痛みと悲しみを 私たちは 違う文字にして
両親のお仏壇に 飾って手を合わす
お父さん、お母さん、
これが私たちが 初めて殺めた生き物です
あなた方に 奉納します
お父さんが 怖いです
お母さんが 憎いです
お父さんとお母さんに殺された 私たちの
生物を捧げます
この歪な文字は はなむけ の、花
私たちの手は血まみれです
真っ赤な二本の蝋燭が めらめらと燃え上がり
汚れて黒ずんで 腐り堕ちて 青ざめながら
溶けて逝きます
お父さん、お母さん、赦してください
私たちは こんなふうにしか 生きられません
やがて 私たちの肉体も甘い透明な不浄の水となり
その蜜に群がる無数の黒い
ハイエナのような蟻たちによって
笑われながら 解体され 
あなた方の所へ 運ばれてゆくことでしょう
その時は
お父さん、お母さん、一緒になりながら
私たちを 食べてください
 ・・・お前たちの一生も、所詮、
       虫螻みたいだったねと・・・
あぁ、
カラカラとした笑い声が 
カラダから響いてきます
私たちが捧げたものは 全部昔から 
奪われていたモノたちばかりでした
 
 父に・・
   そして、母に・・・

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淋しい充電器

淋しい充電器
一万円札だけの旅
一万円札だけの価値
自分の電池が切れるまで 歩く
チャリチャリとポケットに詰め込んだ
値打ちを確かめて 入ってゆくのは暗い路地
贅沢な焼き豚丼で 電池をチャージ
心配してくれない親は
感情電池を切断したままだ
帰りたいのに帰れない日に限って
丼屋のBGMは フル回転で
前頭葉に染み渡る、から
聞いたような口を開いて 私に涙を伝達する
店から外部への接触はシャッターの隙間から
オレンジ色に光る 街角娘をシャットアウト
斜め上の高級レストランの三階から 
白く輝く白熱灯
見下ろしていたのは 大雨の中
赤黒い泥としみに感電した
ネットカフェの看板持ち
私は歩く 
黒い服を着込んで
背中は 停電したままで
来たことも無い暗い道
でも いつか身を屈めて辿った
苦しい産道の指示表示のネオンに向かって
一本道のアーケード街の光を 目指す
私がエコーで 私の内部を見つめるように
私が心電図で 息をしていることが
ばれないように 
停電したまま停滞を続けて 這っていく
 人間は大声を出して働く
 電池が切れるまで
 ネオンの色はすぐ変わる
 見失うための目くらませ
スクランブル交差点から 
はみ出したいと 強く思った
信号が赤になったら
一目散に 走り抜けたいと思った
路地裏はそんな暗い跳躍力で 点滅していた
移りゆく景色を電線に阻まれ此処に来るまでに
何度更新をかけても 電波は届かなかった
誰でもない誰かである 宛もないメールが
ひとこと 欲しかったのだ
夕暮れが赤黒く胸にこみ上げるように
すれ違った人の 笑顔や言葉が響き渡って
私の内を 交信して 消えることは無い
真っ黒い個室の充電器からは 
人が流す血のむくみが感じる赤が
充電中の表示と共に 滲んで落ちて
私の夜が 赤く零れたまま 掬えない

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未来の魚

未来の魚

父は生きる 沈黙の中に
母は語る 夢のような言葉
私は横たわる 足りない絶望を枕にして
川の字になった
冷え切った水槽の中
打ち上げられた魚を三匹
飼って眺めて笑っていたのは
水槽を覗くいびつな
あべこべになった
薄笑いの目 目 目 目
金貨で競いたがる噂話
コインで
家族を秤にかけた優越を
父の呻き声がかき消して
母のヒステリーが口から火を吐いて
私たちの水槽がパシャリと軽い音で弾けた
川の字なんて
はじめからなかった
まして
川で泳ぐ水すらない
ただ 今度生まれ変わるなら
人にさばかれる魚ではなく
家族三人
一つの田に植えられた
秋の稲穂になろう
実がなるほどに
頭を垂れ
人の糧となり 人を満たせる
秋の夕陽に映えた
沈黙だけの 幸せを抱えた
金色の
稲穂畑の一粒だけにでも

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彼岸花の影法師

彼岸花と影法師

寂れた公園のブランコに
射し込む夕陽と 鱗雲
私を見下ろす背の高い
夜間ライトの点滅が
今年の夏に 終わりを告げる
夕暮れ迫るあの空に
向かう流星 帚星
飛行機雲に 願いを込めて
ブランコ 揺らして ゆれている
足の上がらなくなった母の
時計を止めようとしたがる父の
その終焉の空を視て 
滲んだ空は どんよりと
赤くなっては 水になる
父母の骨を焼く 空を
私は私の水で 消せたらと
過ぎゆく季節に 地団駄踏んで
強くブランコの 振り子をゆらす
どんなに抵抗してみても
追いつけないし 追い越せない
白髪になった彼岸花
夜露を零して 黒くなる
先に逝った黒い花弁の赤い花
冠燃やして手ぐすね引いて
ここまで、おいでと
父母を喚ぶ
夜道のような 影法師
冠 亡くした 彼岸花
やがて 闇に呑まれては
見えなくなって 溶けたまま
私が歩む獣道 家路で待ってた 白い猫
二匹は 足跡 足音も
無いまま帰る 古い家
りん、と 鳴った鈴の音は
夜道の影への 抗いと
知っていたのか 死人花

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櫻狂(ハナクルヒ)

櫻狂(ハナクルヒ)

櫻(ハナ)に喚ばれたんだ、と少年(アナタ)は云った
 (一)
  春は宵櫻(バナ)
  漆黒の薄衣纏し少年は
  夜々に微熱を身に帯びて
  春の目覚めを恐れては
  右手に短刀 黒袈裟羽織り
  まほろばの櫻(ハナ)に春を見る
  櫻(ハナ)よ 華よ 心あらば
  我が身の卑しき早春の
  性(サガ)の時を御身に封じ給え
  されど我が身も男(オノコ)故
  今 一度(ひとたび)の憐憫を
 (二)
  否 我は老い櫻(バナ)
  もはや華の季節(トキ)は過ぎました
  妖しき言の葉薄紅の紅に宿して花弁舞う
  春を忘却に沈めた櫻に何のご用がございましょう
  吹く風に抗えば命を冥府に墜ちるでしょう
  黄泉路 開かぬうちにお帰りを
  人が櫻(ハナ)に狂うなど
  ましてや櫻(ハナ)が人に恋うなど
  (三)
  春は夜
  宵に酔い
  月が奏でる魂の旋律
  共する二つの影は赤裸々に
  深みに墜ちては昇りつめて濡れそぼる
  幽妙な舟底は雫に溢れ
  注がれる熱に鼓動は嘶き
  時空(トキ)を超えて滑り出す
  狂い櫻(バナ)と雄の四魂
  絡み合い墜ちては突き上げ
  奪い奪われ紅櫻
  死と再生を繰り返し
  櫻(ハナ)は満月
  月に咲く
  (四) 
  女の潮は男(オノコ)の精を巧みに操り
  尚 朱く 紅く天に向かう
  男子は聖域を犯したその手で
  小刀 ひとつ
  自らの心の臓を櫻(ハナ)に捧げて 来世の春を誓う
  
 【櫻狂(ハナグルヒ)恋し女(ひと)は華と為り
          来世の縁(えにし)を此処に結ばん】
  黄泉平坂
  禍事の
  良しも悪しも
  人知れずして
  恋と呼ぼうか妖しと云うか
  
只、 櫻(ハナ)に喚ばれたんだと、少年(アナタ)は云った…
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墓標に名を彫る

墓標に名を彫る
どれほど
強い自己愛だけで
詩を綴るのか
紙が腐る程の
自分が吐く息
白いはずの紙は
黒く窒息していった
汗ばんでいく人間性
教室の裏側で 翻ったままで戻らない 答案用紙
あの夏 甲子園の決勝戦で
負けて歯を食いしばりながら
自分たちの夏の残骸を拾う野球児たち
たった一度のミスから
ファール球をキャッチ出来なくて
勝敗が決まったその青年は
一生涯をかけて
自分の骨を見つめて
暮らすのだ
ひと一人 生きるということは
全体の敗戦前で発狂しながら
個人として背負わなければならない未来の過失
体感の過ちは 
頭を責め 季節を凍らせたまま 
自分への墓標に
絶えず枯れた花束を 手向けること仕向ける
苦渋は辛酸と手を繋ぎ 笑顔を磔の刑にした
人の真夜中を垣間見た 詩人が
その光景を 描写しては 破り捨てる
 (歌えない夜に 笑っていない眼)
詩人の目は
いつも自分が まだ
ギリギリ 人であるかを知るため
墓にむけて 仲間の
文字を 刻んで
泣けるか泣けないか
  (人を見て 己の底を視る)
刻め 刻め
過去から続く
傷を引っ掻くように
強く 刻め
ファール球を落として
一生笑うことが出来なかった
青年の笑顔が
浮き出るまでに
お前が背負うべき
リスクの名前たちすら ファイルにして
生きた過ちをも 道連れに
人は 現世も 幽世も 
修羅を 逝く

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海を抱く

海を抱く
あなたが こぼす一粒の海
その海の深さを私は知りたい
あなたが今 眠れないで
泣いているのではないか
赤子のように泣きじゃくる 私の男よ
不眠の闇に
あなたは 私のなきがらを
視たのではないか
暗い空から降る不安を 撒き散らしながら
私の在処を探して あなたは海を流す
 
 ここにいるわよ
 水に游がせた言葉で
 やさしさを染み込ませ 隙間をふさぐ
 追憶の果て
 あなたに幾人もの女人が手をさしのべては
 泥濘に突き落としただろうか
遠くで赤子の 夜泣きがきこえる
月のない夜
すてられた貝殻の 海鳴りのように
あなたが 私を呼ぶ
 
 波打ち際には雨に濡れたままの貝殻
 暗い空からうち捨てられた 夢
 誰もがひとりであって独りでないこと
私はそれらを拾い集めて 空へ帰す
広い 腕が欲しいのです
いつか目覚める 生まれたての
あなたを 游がせたくて
私は 両腕で 海を抱く

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香水物語

香水物語

待つことのはじまりの香の名前には少女が似合うロリータ・レンピッカ
誘惑の呪文を纏う死の眠り夜の肌からヒクノテック・プアゾン
イブが摘む林檎の形硝子瓶アダムの喉に刺さった紫
赤い毒どんな夜をも眠らせる今宵も君が私を殺す
くちづけて抱いた夜から滑り出す恋を夢見て恋に憑かれて
この夜を越えたあなたは微笑んで振り向かないでサクレをふわり
待ちわびて待つことの意味の牢獄に囚われていた二人の蝶々
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なみだが ことばに なってしまう
あなたが つぶやいた 一滴の海
そのいいわけを 海辺で さがす
あなたの 塩分が おんなの
いちばん しょっぱい所に しみる
 渇いた夜 私は貴方を 絞り続けた
 カラカラ鳴る 喉を切り裂いて
 溢れる赤い言葉を 待っていた
 受話器の向こうで さざ波が
 無言の大海を 游いだあと
 海の雫が 夜の頬に伝う
なみだが ことばに なってしまう
 残酷な仕返しで 私を水没させる声
 男と女の隙間から 零れてしまう塩水が
 海を名乗り お互いの クレバスを
 押し広げては 深みに堕ちる
(そこが最後の海溝ならば
 いつか必ず出て行かなければなりません)
なみだが・・・
 切り出せない サヨナラの 始まり
 貝の口に閉じ込めて 底から
 あぶくをひとつづつ 貴方に向かって
 ふかく 吐く
(ため息の住処に 
      コトバは居ましたか?)
思いつきしか 思いつけないくせに
思いがけない言葉が ひっかかったまま
夜の海辺で 彷徨う ふたり
 波に浚われ 夜に喰われて 
 未来のない夢 来ない朝
なみだが ことばを けしてゆく
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どこへ

どこへ
病院の食堂を占領して聞こえてくるのは
明日の仕込みや日替わり定食の在庫を数える
炊事のおばさんの障子をビリビリ破る声
「分かったの?」 「返事は?」
白い三角巾の黒い対応は繰り返され
声はスピードを上げて走り出す
けれど
食堂の最前列の窓際に黙って腰掛け
薄められた日替わり定食を食べる老夫婦の
背中に差し込む日差しのカラーは
優しい黄緑色に照らされていた
幾度も咳き込み鼻と喉にチューブの管を通された
旦那さんを介護するため片足を引きずりながらの老婦人
ご飯を小さじスプーンで一掬いすると 
咳と共に吐き飛ばされる米粒
よそ見してくれる妻を
上目遣いですまなさそうに彼女を見ながら
味噌汁を飲み干す夫
窓側の向こうを見つめ続ける婦人のかけた
眼鏡の片隅で
若き日々の二人はまだ生きている
車椅子の夫との二人三脚で歩みながら
躓いた妻の重い片足
それでも他人とは明るく振る舞おうとする声で
彼女は車椅子のグリップを
強く握ったまま押し通す
夫を乗せた車椅子の
沈黙の硬さを守り通して
(どこへ・・・いくの・・・どこかへいくんでしょ・・・?)
すれ違う知り合いの一人が
「だいぶ良くなったわね、元気だしよ!」
の 一声に
眼鏡からとうとう涙を零し
「ありがとね。ありがとね。」
という老婦人とわずかな声を振り絞って
感謝の言葉を掠れた声で届ける夫
ああ・・・二人は私の両親だ・・・。
田舎の不便な市立病院のタクシーの電話番号を
何度も婦人はかけ間違いながら
遅くやってきた黒いタクシーに
ゆっくりと重い体を折りたたんで
老夫婦は消えていった
夕暮れの陽差しに濃い影を残して
二人して どこへ・・・?
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