鍋の中

生肉のままでは 水分が多くて煮えないからと
腹を裁かれ生血を取り出し 三枚におろされた、肉
塩分があらかじめ多いからと 再度合成調味料を
流し込まれ みりん漬けされる
新鮮な生肉であったもが 解体されながら
甘酸っぱくなっていくのを 料理人は楽しんだ
滅多にない食材は 新米シェフが作る、
初めての創作料理として 棚上げされた
調理は深夜に 執行される
まず、腹を裂き腸を取り除き 三枚に卸され
綺麗に押し広げられた
まな板に横たわる口が 何か言いたそうに
死んでいない魚の目をして 相手をずっと睨んでいる
誰もいないはずの 寝台所に横にされ 脳ミソを
麻酔とアルコールづけにされて 瓶詰された
声が出ないように喉に差し込まれた押しポンプに使う、管からは
白い空気だけが漏れている
右手を巨大なピンキングバサミで ごろり、と
切り落としては 文字が書けないようにして
左手を刺身包丁で皮をそいで 携帯が持てないようにする
ぐつぐつと煮えたぎる鍋に 易々と放り込まれ
鶏ガラスープになるまで煮詰められた、父の、
出汁を一口 主任シェフが嘗めると
首を横に振って 目をつぶる
まな板の魚の目から ボトボト水滴がこぼれていて
新米看護師が むしゃくしゃして
いきなり三角ポストに投げ捨てた
(臭いものには、蓋をしておきなさい
主任の命令で 新米シェフの手が
父の瞼を 下ろしてゆく
夜の創作料理の失敗例とそのプロセスを
ベテラン看護師が ファイリングして片づける
(介護と飼い殺しは、似ていたね・・・
私は夜のシェフたちが秘密で作り上げた
父の亡骸スープのレシピをどうしても知りたくて
空になった鍋の中 ギラギラ光る眼二つ
遺っていないか 漁りだす

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