2009年12月22日
草地の時間(村野美優詩集)
寝床のふね
村野美優
このあいだまで
赤土色のふとん袋を
ねぐらにしていたうさぎたちが
いつのまにかここに移動してきて
しずかな夜の海を
一緒に渡るようになった
ひたひた
へやの扉をあけると
畳まれたふとんの上で
しずかに船出を待っている
もやい綱を解くように
ふとんをひろげて横になる
わたしの背骨は竜骨になる
甲板にはうさぎが二匹
へさきには時の船頭が乗る
ひたひた
へやの扉を越えて
いきものたちの寝息のなかを
今日も寝床のふねが行く
あたらしい草たちが
聞き耳を立て
伸びていく
村野さんがうさぎ二匹と暮らしていることは、聞いていたので、彼女の日々の暮らしの一場面が
目に浮かんでくる。もっともうさぎと暮らしていたからって、こんな広々とした?たのしい詩が生まれる
わけじゃないですよね。この詩集全体から、村野さんの原感覚とも言うべき、この世界への感受の仕
方が伝わってきます。身辺のどんな存在とも(植物や動物たち、そして空間や時間とも)溶け合い、
一緒になれる共生感覚が、自然に溢れ出していて、詩人てこういう人のことをいうのでは…と、頁を
ひらくたび思ってしまう、そんな詩集でした。まさに草地の時間を感じました。もう一つ載せます。
藍色のうさぎ
白いうさぎと
茶色いうさぎが
やってきた晩
わたしはうさぎの夢を見た
夢のなかにはうさぎが三匹いた
白いうさぎと
茶色いうさぎと
藍色のうさぎ
藍色のうさぎは
わたしの胸の穴の深みに
長いこと棲んでいたので
すっかりかたちをなくしていたが
白いうさぎのあたまを撫でると
藍色のうさぎもよろこんで目を細めた
茶色いうさぎが葉っぱを食べると
藍色のうさぎの腹も満たされた
二匹のうさぎが寄り添って眠ると
藍色のうさぎもうっとりとなった
藍色のうさぎは
ときどき胸の穴から抜けだし
どこかへ行こうとした
だが自分がどこへ行きたいのか
わからないようだった
ただ夢のなかで藍色に広がり
ぼんやりと漂うだけだった
この詩は私の一番好きな作品でした。このような具体的なやさしい表現で、人が生きていることの
あてどなさや、存在感、そして愛の感情やその意味を表現されたことに打たれます。
2009年09月22日
サーラの木があった
以倉紘平さんの詩集『フィリップ・マーロウの拳銃』のなかから、好きな詩をひとつ載せさせていただきたい。
サーラの木があった
駅に着くと
サーラの木があった
思い出せるのはただそれだけである
そこからいかなる言葉も紡がれようがなかった
こころみるとすべて作りごとのような気がしてくるのである
〈駅〉とは何だろうそれはこの世のことではあるまいか
〈着く〉とは何だろうそれは遠い所から
この世に生まれたことを意味しているのではあるまいか
サーラには匂いと色があったはずだ
甘い花のかおり
風がにおいを運んできたのだろう
(風はひろびろとした野の方に過ぎさったのか
びっしりとつまった街の家並みのほうへ吹きすぎたのか)
そう書くともう汚れてしまう感じなのだ
たくさんの小さな花
朝日に輝いていたのか夕映えにきらめいていたのか
(乗客の中に行商のおばさんが
少女が乗っていたのかどうか
だいいち駅名や時刻表があったのかどうか)
そんなことを考えるともう嘘のような気がしてくるのである
だから
なにか豊かなものがあったとしかいいようがない
白い花の色とかおり
すみやかに時が流れ
あっという間だった
この世のことはもうそれ以外に
ぼくはなにも思い出せないのである
””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””
この詩集は装丁にも粋な題名にも、心ひかれた。 サーラの木とは、あの沙羅双樹の沙羅の木のこと。お釈迦さまが亡くなられたとき、いっせいに花開き、降り注ぎ、その死を悲しんだと言われる木である。朝開き夕べにはしぼむという、その一日花は夏椿とも呼ばれてる白い美しい花である。
私は、以倉さんの詩にはいつも深いところでの心の共振のようなものを覚えている。「人が生きている…その根源にある大きな感情に触れることができ、さらにそのかなたへと思いを運んでくれるような…」と、私は手紙に書いた気がする。そして、そのかなたとは、ふしぎに懐かしい場所なのだ。
彼のこの前の詩集『プシュバ・ブリシュティ』のなかにもサーラの木のことが出てくる。
その”〈サーラ〉という語”という詩のなかから一部を引用したい。
(きれはししか思い出せない夢がある。気分情緒しか残っ
ていない夢もある。たしかに見た夢でありながら、わたしの
意識にひとたびものぼることなく忘れられた夢は、誰に
所属しているのだろう。そのときの夢はどこを旅してい
るのだろう。ことばの及ばぬ内面世界のはるかな時空だ
ろうか。それは日常の世界を越えて旅するもう一人の私
である。意識の上に突如としてのぼってくることばは、
未知の領土を 旅するもう一人の私からの通信である。/……
宇宙樹サーラは、 その枝葉のやみに青い地球を抱えている。/
人間はサーラの花散る宇宙 をよぎる旅人である)
2009年08月23日
影の鳥(Shadow Birds)
影の鳥
水野るり子
鳥は死んでから
だんだんやせていくのです
町には窓がたくさんあって
夜になるとどの窓のおくにも
橙色の月がのぼります
でもお皿の上の暗がりには
やせた鳥たちが何羽もかくれています
鳥たちは
お皿の上にほそい片足を置いて
大きな影法師になって
月のない空へ舞い上っていくのです
死んだ鳥たちは
雨の降りしきる空で
びっしょりぬれた卵を
いくつもいくつも生むのです
そうして冷たい片足を伸ばして
沈んでいく月をのぞくと
深いところには
人間がいて
窓のなかで
ちぢんださびしい木を切っています
Shadow Birds
(Translated by Edwin A.Cranston)
Birds after dying
gradually grow thin
In the town there are many windous
Deep in every one at night
an orange moon rises
But in the dark on the platter
a flock of thin birds hids
Each bird stands
with one thin leg on the platter
becomes a large, black shadow
leaps toward a moonless sky
The dead birds
in the rain-gusting sky
lay dripping-wet eggs
clutch after clutch
And each stretching out one cold leg
they peer at the sinking moon
In a deep place
are humans
inside windows
cutting shrunken, lonely trees
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「影の鳥」 は初期の作品です。一枚の画を描くような気持ちで自分のなかの
イメージを詩にしました。詩集『ヘンゼルとグレーテルの島』 に入れました。
2009年08月16日
鳥(Bird)
鳥
水野るり子
空のまんなかで
凍死するのがいる
雹にうたれて
胴体だけで
墜ちてくるのがいる
ふいに
空で溺れかける
瞬間の鳥が
恐怖の足でつかむ
はじめての空
その空の深度へ
首はすでに
首だけのスピードで
落ちはじめている
Bird
E.A.Cranston訳
There’s one that freezes to death
in midair
There’s one that’s a headless body
falling to death
beaten by hail
Caught by surprise
drowning in the sky
instantly the bird
clutches with the feet of fear
its first sky
Out of the depth of that sky
its head has already begun
at the speed of head alone
to fall
”””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””
これは第一詩集「動物図鑑」に載せた作品です。
五月頃、はげしい雹に撃たれて落ちる鳥がいるという事をきいて書いた作品です。
2009年07月31日
オーロックスの頁・(The Aurochs Page)
オーロックスの頁
水野るり子
この地上が 深い森に覆われ
その中を オーロックスの群れが
移動する丘のように 駆けていたころ
世界はやっと 神話のはじまりだったのか
貴族達が 巨大なその角のジョッキに
夜ごと 泡立つ酒を満たし
ハンターたちが 密猟を楽しんでいたころ
世界はまだ 神話のつづきだったのか
やがて 森は失せ
あの不敵な野牛たちは滅びていった
うつろな杯と 苦い酔いを遺して
破り取られた オーロックスの長いページよ
世界は それ以来 落丁のままだ
”””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””
(オーロックスは長い角をもつ大きな野牛であり、飼牛の祖先だった。ユニコーン伝説のもとになり
旧約聖書にも登場する。角はジョッキとして珍重され、肉は食べられ、1627年に最後の1頭が死んだ)
The Aurochs page
( Edwin A.Cranston訳)
The earth was covered in dense forest
through it roamed herds of aurochs
like moving hills maybe the world at last
was entering the time of myth
When nobles every night filled giant horns
to overflowing with the frothy mead
and hunters took their sport in poarching game
maybe the world was still in myth’s continuum
Finally the forest vanished
those intrepid wild oxen followed into oblivion
leaving hollow drinking cups and a bitter intoxication
the long aurochs page torn out the world’s book
has ever since been incomplete
””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””””
(この作品は以前「夢を見てるのはだれ?」という葉書詩のシリーズに発表したものです。一部訂正しました。)
2009年07月29日
灯台(Lighthouse)
灯台
水野るり子
真夜中の空に
雪が降りつづいています
鳥は もう一羽の
相似形の鳥への
ひたすらな記憶によって
風の圏外へ飛び去り
魚類は凍てついたまま
聴覚の外を回遊しています
〈カタツムリの螺旋は暗く閉され〉
私は内側に倒れたローソクを
ともすことができません
そうして
残されたこの島の位置は
今 闇に侵蝕されていきます
『ヘンゼルとグレーテルの島』より
Lighthouse ( Edwin A・Cranston訳)
Snow falls steadily in the midnight sky
A bird
impelled by memory of another bird
shaped like it
flies away
out of the wind.
Fish
still frozen
circle beyond earshot
〈The snail’s spiral is dark,closed in〉
I cannot light the candle
that fell over,inward
And now
the location of this island still remaining
is eaten away by the dark
2009年07月10日
影, Shadow(E・Cranston訳)
影 <クレーの”冬のイメージ>より
水野るり子
雪が一日中降っています
子どもが窓からのぞいています
木は貝類のほのぐらい夢のなかから
ほっそりと身を起し
さびしい夢の触手みたいに
吹雪の中でゆれています
〈ゆきの底には
大きな水色の貝が死んでいるよ……〉
鳥は銀のほうきの一閃で
翼と足をもぎとられ
まっ白い調理場へ
さかさまに投げこまれていきます
〈おかあさん
おかあさん
ぼくを助けて……〉
灰色の分厚いカンヴァスのおくへ
子どもの声が吸いこまれていく夕刻
一粒の涙が
大きな黒い影をひいて
空の深みへ落ちていくのです
Shadow -after Klee's 'Image d'hiver.'-
It's been snowing all day
A child is looking out a window
Trees lift slenderly
from murky dreams of shellfish
wavering in the blinding snow
like lonely antennae
<Down deep under the snow
there's a big, blue clam that's lying dead...>
Wings and legs swept off
in the flash of a silver room
one by one the birds
are tossed upside-down
into a spotless white kitchen
<Mother!!
Mother!
Help me!>
The child's voice
is sucked into a thick, gray canvas
in the evening
A single teardrop
trailing a huge, black shadow
falls into the depth of the sky