何処

憧れる街は いつもディスプレイの中
モニターに入って人混みに紛れてみると
誰かの指で私はデジタル文字にされたり 欠けた映像として 
スクロールされておぼれて消える
明日の浮遊物が明後日の沈殿物になる街の
七十五日の話題を追いかけても 
答えは前後左右に散らばるだけの罠
現世を映す鏡を人差し指で弾く人の、揚げ足をとり
また人差し指が、はじく、はじく、また誰かを指す、その指
会話をなんとか縫合しようとしてみたら 
今度は親指で話題を葬るバーチャルリアリティー
  小さな古家に住んでいた祖母が言っていた言葉
  (阿弥陀さんが、みんな見とるから安心してここで暮らしたらええ
その「ここ」からとても遠い場所でぼんやり光る夜光虫は
おばあちゃんの鍬も鋤もどこにしまったか忘れてしまったし
さつまいもの植え方を教えてくれた父はもういない
私の鎌も錆び付き草刈りの仕方も忘れて畑は荒れ放題
ディスプレイから私を覗けば私は人の住めなくなった廃屋を
大切そうに見せびらかしながら歩いてた
街では成り上り者が虚勢の名を荒らげていく
そういうことを 一番嫌がっていたはずなのに
自分が成り上り者だと指を指される頃に気づく
街の見晴らしは とても高く、そして足元は脆かった
足下のマンホールから人の死臭を帯びた風がいつも噴き上げて
その臭いが 身に染みていくのが怖かった
ネオンは青から黄色、そして赤へと 空高く昇っていく
街は こんなに華やかなのに
人は こんなに賑やかなのに
今、この瞬間に「誰か友達いますか」と
問われると 黙って俯くことしかできない
   私はどこにいるんだろう
   どこに行けばいいんだろう
   これからどうすればいいんだろう
空騒ぎして明日になると宛も無くなる人と 
容易く乾杯して作り笑いを見せて別れてしまえば
私の手と手が真っ直ぐ私の首を絞めにきた
夕陽の沈まない街の、
夕日が沈んだり浮いたりして川に毎日捨てられる泥水の、
その、夕陽が残していくものだけは覚えていて胸は高鳴った
私の古臭い町にも同じ太陽が沈んでいる、と
思い出したら 赤い色が滲んで落ちた
   帰りたいのか、出て行きたいのか
   戻りたいのか、忘れたいのか
空いっぱい黄金色に広がる手のひらの、大きさ、厚さ、懐かしさ
はじめから孫悟空
私の手で掴めたものなど何もないと知ったとき
逃げても逃げても追いかけて正面から向き合ってくれた人と
真っ正直に沈むあの夕陽の町
みんながみんな居なくなった あばら家の
テーブルの上に置き去りにされた阿弥陀如来
今もそこで 私の何処を見てますか
※同人誌「NUE」寄稿原稿⑤

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

おいてけぼり

都会に行けば田舎に帰りたいと泣き
田舎に帰れば都会が忘れられないという
両親と恋人を秤にかけるくらいの、
推し量れない淋しさと重さを見ていたら
安住の地は無くなった
量り売りが得意になった
誰かを乗せて何かを足して二で割る
計算が早くなった
白より黒を、黒よりグレーを選んでた
気が付けば スマートに生きたいと
望めば望むほど ブヨブヨに太った
夜になると どこからか漏れる声がして
誰かがイヤラシイことをしている声だと思っていた
夜、声のする階下の深い溝に目をやると
溝からお母さんの生首が ぱくぱくと
何かを言って泣いている
口から発するのは私の声で何か苦しそうに
訴え続けていた
お母さんの口からたくさんの私が出てくる度
お母さんが泣いている
怖くなって窓の扉を閉め
鍵をしてカーテンを閉じると
暗闇が私に襲いかかる
おいてけぼりに投げ捨てたものを
拾いに飛び込む勇気もなくて
振り返らずに今日を走り去ると
鬼がどこまでもついてくる
※同人誌NUE掲載原稿①

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

家出娘

肉体の、
肉体の檻が邪魔だ
空間をよぎって その声は
いつも私を焦らせる
部屋を暗くして闇にうずくまる
部屋の心音と私の動悸が重なって
あらゆる、存在に理由を付けたがる私の思考が
膨大な情報を流し込み細胞から壊死させていく
追い詰められ逃げ場所をなくした私の、
吐く息の温度を奪い、呼吸が酸素を求めて 
外景の底を這いずり回る
薬はカプセルの中にしまわれているのが幸せ
   でも、薬を飲まなければ、あなたはあなたの激情で
   頭ごとあなたを、壊してしまうでしょう
      (私は囲われているものはみんな嫌い)
電車に運ばれていくときは一人が当たり前だったのに
二人だと容易く独り、になりきってしまう、この街の、
ありきたりの軽薄さに 慣れることはなかった
風に乗ることもできず、風をまとうこともなく、ただ、
風に飛ばされていく炎のようなモノたちを、
いつまでも大切そうに見送って
電車が来るたびに「自由になりたい」と小石をぶつけながら
踏切に、自分の遺体を何度も泣きながら置いた
愛することにも愛されることにも不慣れで 
懐疑的な頭から爪の先までを終おうとすると見えてしまう、
名前の付いた箱に入りきれないモノ、あるいは、
その箱の向こう側で息をしている、名付けられない世の名詞
見たこともない事実だけを尋ねて歩きたい
居心地のいいユートピアも、ほど遠い身で、 
リュックサックに大事そうに負ぶさっている
“自由に生きられないなら、死にたい”を、
取り出してしまえれば 
私はやっと 自分らしく迷えるだろうか
旅の途中で私を生かそうとしていた
ペットボトルの水や、カプセル薬を全部海に流してしまった
肉体という殻を脱して、この世に名のつく物よ、さらば
その果てにある、果てのないものの正体が
手を振って私を呼ぶのが見える
ただの家出娘
もう帰る家も器も持たない、
ただ、それだけのこと
(ファントム2号掲載原稿)

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

師走に鬼

あなたがトマトといえばピザやパスタが出てくるのに
わたしがトマトといえば三割引の見切り品を
手渡されるのはなぜだろう
あなたがケーキと呼ぶだけでバースデーケーキが出てきて
わたしがケーキと言えば名前の無いカットケーキが登場し
あなたが鳥と言えば七面鳥の丸焼きがテーブルに並ぶのに
わたしは代わりにニワトリ小屋に行く
あなたの一万円を人々は褒めた
わたしの一万円を人々はクシャクシャで折れ曲りすぎだと貶す
人が又、人を喰らって生き延びる
人の値打ちを数える鬼が
師走に坊主を走らせて
人の隙間を見て嗤う

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

ふるえる手

 
母が母でなくなる時 母の手はふるえる
乗り合わせのバスは無言劇
親切だったおばさんは 母の乗車後には夢になる
向かう先はお山の真上の病院で薬をもらえば
また手が ふるえる、ふるえる、大量の薬を飲む手
繰り返される寒村の暗黙の了解の中に罠
私たちの幕は知らない人の手で いつも高い所から降ろされた
時間が役立たずになったバスから 現実を眺め
乗客は自分の夢の中から外界と交信する
人々は一方的に語り掛け、語り合い
それが一方通行でも母は笑い そして彼らは母を嗤った
困惑の表情の下から覗く、また、ふるえる手
   大きな字しか見えない年老いた運転手が、真冬に黒いサングラスをかけ、
   ガタガタと 不随意運動を起こすバスに体を預け、毎日を綱渡りする。
   バスは神社の横で洗車され、病院を潜り、寺の隣の火葬場で、ゆっく
   り回転する。往きと復えりを病院の乗車口で間違えた若い女は、ショ
   ッピングモールの場所を、ハキハキと尋ねて生き延びた。その、大き
   なショッピングバッグを、羨ましそうに眺めるバスの中の、人びと。
(今更、家は捨てられへん、この年になって何処に住むんや
(若い頃は「金の玉子」と謳われても便利に私らはガラクタや
(一体誰が私らの消費消耗期限決めて捨てるんかなぁ
この国で、この町で幸せになるの、というフレーズの
歌や漫画のタイトルを 聴いていたり見ていた記憶は遠く
目的地に辿り着いても 杖を手放せないまま
動けなくなった母の身体を揺さぶり 降車ボタンを押すと
私の手にも薄気味悪い暗黙の了解が夕暮れの顔をして降りくる
ふるえる母の手を見ていると
逃れられない大きな不随意運動が伝わって
私の首をますます斜めに傾ける
選べない一軒の総合病院の不透明な薬袋の膨らんだ白い企みを
何も言わない乗客たちは 俯いたまま大事そうに抱え込む
老人バスを振り返り 彼らを見送る頃には
夕陽が沈む遠い山で バスは真っ黒に焦がされる
(詩と思想研究会作品)

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

希望

「希望」が足りないね、と小さくレジで笑われた。
小銭の中には 絶望がびっしり入っていたので
安心していたのに、「希望」が足りないせいで今日
もごはんが買えない。
 てっとり早く生きるために、神社に行って拝ん
でみると、感謝箱が現れた。その中から「希望」
のようなものの匂いが立ち込めるので賽銭泥棒を
してみたが、小銭入れの中に増えたのは、罪悪感
だった。
 神主は私を見ると罪悪尽忠の凡夫だと警察に突
き出した。警察は、私の持っている小銭入れを確
かめると、ニヤニヤ笑いながら棒で殴り、黒い手
袋で口を塞いだ。
 次の日、テレビは嬉しそうに喋り続ける。
【たった今、絶望を一人、駆除致しました。】
【これで少しは「希望」が持てますね】

 その後「希望」は選挙活動を始め、拡声器片手に
スローガンを打ち立てる。
【絶望が少年少女を殺します。こんな世の中にこそ、
「希望」のひかりを!】
【「希望」、「希望」、「希望」に清き一票を!】
 レジのおばちゃんは、拍手した。神主さんは、握
手した。警察は深く敬礼し、神主さんと手をつなぐ。
「希望」がテレビの前で、神社参拝を始めると、そ
の白い手で、私の折りたたまれた感謝箱に小銭を投
げては、笑顔で鈴を響かせる。

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

その井戸

夜、仏間でおつとめが終わり最後の合掌を済ますと、決まって
庭の古井戸から、ぽちゃり、と何かが落ちて、沈んでいく音が
する。         
               ※
私の中に井戸ができた。悲しいことがあるとそこに、
〈 〉を投げ込んだ。深い井戸だし、水もたっぷりあ
るように見えた。その証拠に井戸から続く蛇口をひね
ると、井戸に投げ込んだ〈 〉からは〈 〉とは思え
ないような浄化された湧き水が飲めた。私の他に井戸
を持っている人がいなかった。みんなが持っているの
は、ため池だったので、日照りが続くと水がなくなり、
村人は、池に自分が捨てたものが見つかるのを恐れて、
私の水を分けてくれるよう、手を合わせて懇願した。
はじめは私だけ井戸を持っていることが気持悪いと言
っていたくせに、みんなにはため池がないと生きては
いけないらしい。私は井戸から〈 〉を取り出して村
人の一人一人に、分け与えた。〈 〉は、井戸に尽きる
ことなくあるように思えた。〈 〉がある限り、私はと
りあえず、ため池の身代わり程度に、村に居られる理
由もできていた。ところが、私の井戸に飛び込む自殺
者がいるという噂が出回り始める。それからは噂だけ
がどんどん口汚い罵りをあげて飛び込んで行き井戸の
底を汚していく。村人は、笑顔で残念そうな声をあげ
て、私の井戸の〈 〉は、汚れすぎて用無しだという。
そして、「これ以上自殺者を出さないために」などと、
煽り文句のビラで、井戸の〈 〉を、ますます、埋め
立てていった。数日後、役所から私の井戸の入り口を
完全封鎖するための赤銅の厚い鉄板と杭が届けられる。
私は、真っ黒な井戸の底にある〈 〉に向かって、何
かを呟きながら、そのまま、飛び込んだ。
 
               ※
夜、私のいなくなった仏間に名前のない人たちが連なって心経
を唱えている。黒い仏壇には出来立ての小さな私の位牌があっ
て、白い影の人たちの声が終わると、庭の古井戸に名のある人
が、ぽちゃり、と何かを沈めては含み笑いを残して去っていく。

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

短歌     五首

真夜中に時計の秒針胸を刺す丑三つ過ぎても消えないお化け
エアコンが冷房暖房間違える台風前の平熱微熱
忘れたい忘れたいと書くほどに思い出すため「寺山修司」
宛てのない手紙を書くより宛てのある手応えもあるコトバが欲しい
東京に空がないと泣く君の肩を抱く東京の人東京の雨

カテゴリー: 06_短歌 | コメントする

こころ

(心)はいつも正しかったのに (心)に一番遠いのは私だった
(心)は全てのものを正しい名前で呼べたし書いてみせたのに、
自分の名前は 知らなかった
(心)は正しいことが大好きで(心)の法則に従えない者は
屈服するか屈折するしかない
私は(心)のことが好きだったが(心)を見たことはなかった
(心)をどうしていかわからないし(心)が何者か知らないのに
できるだけキレイな(心)というものが欲しかった
(心)は芸術家でなんだって作り出せたし自由奔放に生きているくせに
自分が一番不自由だと喚いた
(心)に足りないものは私にも足りないし
(心)が見えるものは私にも見えるのに
その向こう側の( )に続く途はいつも見えない
ただその途の途中で、打ち捨てられた田畑、
雨水を湛えた汚いポリバケツが映し出す曇り空や
廃屋のポストに無理矢理突っ込まれた新聞紙たちの、
褪せた印刷文字の( )、
そういうものに(心)は淋しく引っかかる
          ※
信じてくれますか、信じてくれますか、責められると
(心)はいつもも俯いて 押し黙り、答えられない
蓮の花がどんなに美しく語ろうとしても
(心)は蓮の中の、泥の過去を言い当てた
          ※
   蓮など泥の中で育ちも悪い
   美しく見えても末は ハチスになって滅ぶ
   燃え尽きるだけの執念の女が見せる一時の虚栄の姿など
   時の前に鮮烈に脆く崩れ去るではないか
   
   (私)が欲しいのは 私の中で眠る花
   夢の中で腐る花でなければ
   泥の中に還る花でもない
   捨てきらなければ 咲かない花
   放たなければ 呼べない花
   殺さなければ 名付けられない花
   盲目の国の ただ一つ、
   ただ一つの、( )
          ※
(心)はそうして「蓮の花」を分析して分解して
粉砕した花の上を歩いていく
(心)が正しさを武器にすると時代は頭を垂れ命は瞼を閉じた
誰も(心)に触れなかったし(心)を傷付けた者は気が触れた
(心)は誰も愛さなかったし、私もまた、誰も信じなかった
それなのに、
信じてくれますか、信じてくれますか、花が尋ねると
(心)はいつも俯いて、ただ一つの答えが言えない
          ※
疲れ果てた(心)は(心)を取り出し泥の中に埋めて眠る
暗闇の中に光る蓮が一本、傍らで生きてきたことなど知る由もなく
(心)は、もう目覚めることもない
ポスト戦後詩ノート 8号 /杉中昌樹 編集
(一色真理  特集)掲載原稿

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

赤目の夏

透けすぎたナイロン袋に絹豆腐のラッピングパックの角が刺さって破れる。
都会の余波が、障子のすすけたような町にも、ずっしりやってきた。私の
伸びる指に、深く彫刻刀で削り取られた縦長の皺とそれを映す充血した目。
赤目が飲み込んできた都会の水は、私の身体を浸し続け、不純物と一緒に
パックされたこの塊の、はみ出したい鋭さにも似て、また、目を赤くさせ
た。
                ※
充血した目玉たちが口も聞かず蛇に次々と飲み込まれ腹の内側、内側に
押し込められ追い詰められる早朝。優先座席で目を閉じたふりをするア
ロハシャツの若者を赤目が刺し、俯いて座るセーラー服に、舌打ちを繰
り返す。ほんの少しの隙間ができるとボヤがおこり、発火する炎を目は
映し続けた。目の前の大きな咳払いは、この夏の終着駅まで続くだろう、
と思うと、赤目は殺意を抱いた。新聞で隠された口元の企みを、上目使
いで見抜く、また、充血した朝の日。
赤目が黙々とそれぞれの殺人計画を目に宿す頃、また、新しい赤目が飲み
込まれ詰められ、揺れ動いて何かがぶつかって、ひび割れる。パックされ
た、一発触発の肉弾戦の中で、誰の目に窓の外の景色が見えていただろう。
誰の目に朝日があっただろうか。
人と人との間に流れる血は冷房されたまま、どんどん無言になり、共通の
言葉は崩れ落ち、充血の目玉が大量生産され、スマホの電波だけが喋り続
ける。眠れない夜から、私たちは疲れた朝の縁に立ち、夜に向かって出勤
して、迷路に潜る。
凍えた目玉たちは血走っては、腐っていく、玉子の未来。
詰め込まれた怒りを宿して、私たちはどこに行きつくのだろう?
冷ややかな蛇行を繰り返す蛇に操られながら、玉子は朦朧と溶けて一つずつ
腐っていく。黒目の幼子があんなにも憧れていた新宿。ここにきたら新しく
何か、を生むはずだったものが、赤目になる頃には、殺されていく。
                ※
透けすぎたナイロン袋からはみだした、絹豆腐のラッピングパックが、指を
突き刺すと、指先からぷっくり膨れ上がる赤目が生まれる。それを見つめる
私の目が、また赤く腫れあがり、詰め込まれた猛暑が冷ややかに、体の中を
蛇行する。

カテゴリー: 02_詩 | コメントする