宿題

母に愛を頂戴と 両手を差し出すと
母は遠い所を見るように 私を見つめる
朝 白い大きなお皿の上に
母の首が置いてあった
寝室の机の上にある手が握っていたのは
((少しでも足しになれば…、
という文字だった
私は
愛する、ということについて 解答するために
母の首を提出した
倫理の先生は激怒し警察に電話を掛けた
心理学や哲学の先生は大絶賛して拍手した
社会の先生は私を取材し
科学の先生は私の脳波を計った
そして医学部の講師は
母の首をいくらで売ってくれるかと
真夜中に呼び出した
ただ用務員のおじさんだけが
私と同じような解答をしたので
飼育係にさせられたという
私の答え合わせは 誰がするのだろう
愛する、ということを宿題にした人は 
一体誰だったのだろう
校舎では
警察やマスコミや大学教授やドクターが
大声でナニカを喋り続けている
母の首を抱えながら 自分の首を傾けると
飼育小屋の中にいる用務員のおじさんと目が合った
次の日 私の首が
飼育小屋の棚の上に置かれている夕刊が
出回った
どうやら宿題の答え合わせは
その先から 始まるらしい

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雨の交差点

   ── 女が女の話をするときは注意した方がいい
会議室の黒い椅子たちが話し合っていた夕暮れ時
誰かが誰かに差し出したヨーグルトの白いスプーンが
雨の交差点の真ん中で シャベルのように突き刺さっている
何で何をすくいたかったのか 忘れてしまったスプーンは
今となっては誰かを埋めた後の シャベルに過ぎない
交差点の真ん中に置かれているものは
多分 そういうものたち
濡れた道路を滑っていく物思いや憂鬱を
車がライトに反射させて跳ね飛ばし
もう一つの地下世界が 現実を下から眺めている
右にも左にも上にも下にも斜めにも
渡れる道はあるのに 私たちは
用心深い「とおりゃんせ」を 繰り返す
ビニール袋の中の二リットル水たちが太ももに何度もぶつかり
歩みを止めようとする
夜のホテルのフロントの女は 上目づかいで
「女が女の話をするときは気を付けた方がいい」と
母の声で キーを手渡す
部屋に鍵を差し込むと
地下鉄の噴き上げる ぬるい風が
背中しか見せない男たちをベルトコンベアーで運んでは
エレベーターに詰め込んでいく
みんな あの四つ角に行くのだと、
シングルベッドは言う
この部屋には父がいて
いつも遠い家族のことをなんとかして守ろうと
思案しながら眠りについたことを
枕は 私に語った
さむいことも さみしいことも
濡れることも 迷うことも
足場を失うことも
知る、交差点で 父は
〝つかれた〟と呟いて 霧になる
黒い会議室で鞄に詰め込んだ書類には
ペットがペットでなくなると 捨てに行くこと
そして又、
親が親でなくなると 捨てに行く、という
規約が記されていた
この紙切れも明日にはバラまかれ拡散され
使い回され回収できない頃
あったことがなかったようにして
土の中に埋められるのだろう
私の手の中に刺さる捻じれたネジの記憶
雨に洗われてクリアーになる視界
草臥れていくものと、すり減っていくものと
等価交換して見えてくるもの
── 私が女の顔をしている時 父は死んだのだ
雨の交差点で〝さびしい〟と叫んだ声も
何かに揉み消されるように
車はスピードを落とすことなく
黒いケムリを吹きかけながら
逃げるように
走り去る
(詩の合評会に出したもの)

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井戸のふた

雨天が続き狭い古井戸に 水嵩が増す。
私の仕事は、モノクロの写真を陽に透かして、セピア色
に変色させたあと、井戸に沈める仕事だ。夜に、井戸の
ふたを開ける。白い私が発光して浮かんでくる。黒い私
は未成熟だと、発酵して沈められる。井戸は、私と私に
境界線を引き、浮かべる者と、沈めるモノを、水圧で推
し量る。
長雨は続き、人は何かが雨を降らせているのではないか、
と噂したが、井戸は変わらず水量を増やし続けた。
夜、井戸のふたを開けると、沈めたはずの写真が、こぼ
れ落ちていた。恐る恐るその一枚を手にすると、私はこ
の仕事を辞めたいと、井戸に訴えた。それでも井戸は黙
ったまま、来る日も来る日も、浮かべる私と沈める私を、
選別して、沈黙を続ける。
(雨は 上がらない
(私も 浮かばれない
(何の 雨かもわからない
古井戸には私しか、棲まない。けれど、どうやっても雨
は止まないので、飽和した井戸は決壊した。古井戸の底
から大きなモノクロ写真が二枚吐き出される。庭に井戸
の家と、その水をおいしそうに飲む藁葺き屋の大家族。
(井戸はなぜ沈めていたのだろう、黙っていたのだろう
写し出された二枚の写真が鮮やかな輪郭を保ち、幼い私
が不思議そうに、こちらを振り返っている。
井戸は最後の仕事を終えたように大きな口を開けると、
雨の降らない空を見上げては、笑うように干上がった。
(詩と思想10月号掲載作品)

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彼岸と語る

耳の隙間から浸水してきた水圧に
古家と私の身体はただ錆びついて
歯車の音は止む
薄暗い仏壇に薄寒い軽薄が漂い
手を合わせる家族を失った遺族たち
残された者と取り残された者の会話は
姑と小姑その娘という憎しみの砦を越えて
「実家」を再現する幼年時代の話題は
齢(よわい)八十を超えた者の
記憶の中でしか遊び場を知らず
また その先の逝き場を覚悟させる
幼馴染みが何人渡っていったのだろう
(病気で、異郷で、突然死で、独りで
(なんの、知らせもなく
何食わぬ顔で向かえていた明日に
二本足で立てない未来が待ち受ける
((年は取りたくないもんだ…
緑茶すら啜らず紅茶も飲まず
湯気を立てているものすべてが
冷めてしまったことを私たちは語り合った
凍てつく外界の降りしきる雨に身体を濡らし
実家を後にする叔母の物静かな世間話が
背中に長い独りを見せつける
隣の襖から香るお線香とひしゃげた蝋燭の炎
何人分もの灯火が風雨の強弱に煽られながら
梁の上を越えて昇っていく
私の持つ小さな火も知らず燃え尽き
煙は天井を燻し続けていくだろう
この家の天井に燻りつづけ いつしか
シミのような 大きな黒い顔をして
(buoy掲載原稿)

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あかんたれの国

あかんたれや、くらい
ゆわしたれや。
おれ、あかんたれやから、くらいの
コトバ ひとつ。
死にたい、死にたい、ゆうて
生きとる。
ゆうたらあかん、おもて
ゆうてしまう、
「死にたい」が
毎日。毎日。。
おれ、あかんたれねん、と
ゆわれへん国では
死にたい、や
殺してやりたい、が
あふれて 首くくったり首絞めたり。
(誰かを悪者にな、負け犬の国)
「あかんたれ」の コトバひとつ、
軽く笑いとばしたれや。
あかんたれで 生きられるなら
あかんたれで 明日も熱くなれるなら
もう 誰も責めんですむやん。
   コトバひとつ まちごうて
   コトバひとつ つうじのうて
   いっぱい人が 死によった
じぶんのコト あかんたれや、ゆう人を
嗤う、あんたれねん、と、ゆわれん人が
いっつも 鉄砲もって 攻めてくる。
あかんたれの国を滅ぼして 
エライ国になって
あかんたれらを閉じ込めて殺していく。
   
   (そのほうが あかんやろ
   (そのほうが えらないやろ
じぶんのコト
「あかんたれやった」ゆうて 
黙ってしもうたお父ちゃん、
お母ちゃんは泣きよったけど 
お父ちゃんは カッコよかった。
その遺言のつづきみたいに 
私はあかんたれの 詩ィ書きよる。
あかんたれの国に 生まれて
あかんたれの家で 育って
毎日
死にたい、死にたい、ゆうて
生きとる。
ほんま、
迷惑な話やでェ。
(bouy掲載原稿)

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休憩室

食堂の経営者を失った病室の一角は
病人と看護師と来客を 一緒くたに呑み込み
巨大な景色を見せては対話するケア・ハウス
看護師が新米看護師に未来を指導する声と
自主研修が病院だと ぼやく中学生
疲れ切った通院患者に
噂好きのお見舞い主婦たちの長居
老人が老人を介護する、あるいは
年老いた夫が行末のない妻を……。
身体に悪いと知りながら
食べかければ必ず残すプリン
病棟に戻らなくてはならないと知りながら
初夏の風を真正面から受けたい老いた女
窓の向こうには同じ速度で佇む深緑の木々
   もどらなければ ((病室へ
   かえらなければ ((何処に?
足先の言うことも踵の言うことも
聞こえているから 怖くて立っていられない
看護師が帰り 中学生が帰り
すべての会話が黙ってしまった後に
いつまでも病室に戻らない妻を心配して
肩を抱く老いた夫
午後一時半をとうに過ぎていった風にゆれて
いつまでも窓の外に 取り残されていたい女
座っていることも出来ず 
並べられた二つの椅子に 横たわり
しきりに窓の外を見つめている
目に映るのは 憧れだけで作られた外の世界
不平も不満もない、淋しいとも叫ばせない、
完璧に用意された 懐かしい町を
彼女はひたすら 眺めていた
           *
──みんなどこへ行ってしまったのだろう
誰もいなくなった休憩室に
大きな掃除機の音だけが
扉の向こう側から 今も、響いている
(いわき七夕朗読会での朗読作品)

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鍵っ子

両親から持たされて鞄の奥に仕舞っていた
親の言いつけだったのか
知り合いの噂話だったのか
人目には触れさせなかった、その鍵。
納戸の勝手口には突っ張り棒がしてあり
玄関口は内側からしか開けられない
何のための鍵であったかわからなかったが
この家の一番奥の仏壇の前の床の間へ
行くものだったのか
あるいは その手前の一人きりしか入れない
狭い部屋に続くものだったのか
わからない、鍵。
私は親の言いつけを守る子だった
バスが決められた時刻に決められた場所を
通過していくような
電車がスピードを落とすことなく目的地を
目指すような
両親と私をつなぐ鍵付きの私を私は守った
でも、鍵。
母親との言い争いで飛び出した夜に
私が鍵を守っていることを知った人が現れて
その人と鍵の交換をしてしまう
私が手渡してしまった、その鍵。
その人は深夜に私の家に入り込んで
土間を渡り 次々と襖を開けていき
仏壇の横で泣いている私を見つけると
手をつないで行ってしまった
その人が何を言ったのか思い出せないのだが
人の話によれば
私はもう鍵っ子ではないという
         *
私はその日以来
納戸の勝手口に突っ張り棒をして
自分で玄関口の内側に立ち 
その手で錠をおろす
仏壇の床の間に行くまでの道順を
学校で暗唱し
電気の灯らない黒い狭い部屋で
白い骨と向き合い
誰とも本音で話すことができない、人の鍵。
飛び出したのか、それとも入っているのか
わからない家と鍵のことばかり気にしながら
両親の知る私に戻るため
夕暮れの坂道を どこまでも どこまでも
うつむきながら 黙って歩く

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父のことなど(短歌)

父の日に孝行するはずの父はなし仏間で独り呟けば闇
言葉なく言葉失い向き合えば 遺影の父は親より親に
アイフォンとアイスノンに挟まれた頭で語る父のことなど
横たわる娘を支えるこの家の 大黒柱の位置さえ見えず
お父ちゃんが死んだら困るやろ?成仏できない父の心配

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西日

一日の終わりに西日を拝める者と 西日と沈む者
上り坂を登り終えて病院に辿り着く者と そうでない者
病院の坂を自分の足で踏みしめて降りられる者と 足のない者
西日の射す山の境界線で鬩ぎあいの血が
空に散らばり 山並みを染めていく
そこから手を振る者と こちらから手を振る者
「いってきます」なのか、「さよなら」なのか
西日の射す広場で押し車を突く老いた母と息子の長い影を
またいでいく、若い女性の明日の予定と夕飯の買い物の言伝が
駐車場から響いてくる
私の額には冷えピタ
熱っぽい体にあたる肌に感じる暮れの寒さ
胃の中に生モノが入っても消化していく胃袋
そういうものについて西日が照らしたもの、
取り上げていったもの、
一区切りつけたもの、
誰かの一日が沈み 何処かで一日が昇っていく
その境目のベンチに腰を下ろし
宛てのない悲しみについて思案する
陽に照らされた私の左横顔は
顔の見えない右横顔にどんどん消されていく
ツバメがためらわず巣に帰るように
カラスに七つの子が待つように
みんな家に帰れただろうか
ヒバリは鳴き止み アマガエルが雨を呼ぶ頃
暮れた一日に当たり前たちが 
安堵の音を立てて玄関の扉を閉めていく
生きる手応えと 生ききれなかった血痕を吐き
私もまた鳥目になる前に 
宛てのない文字列を終えなければ
影絵になって消えていった人に
「いってきます」でもなく「さよなら」でもなく
「またいつか・・・」と 
その先の言葉に手を振るだろう
寂しさを焦がす赤い涙目の炎に射抜かれて
私も自分の故郷に帰れるだろうか
家族と仲良く暮らせるだろうか
蜃気楼に揺らぐ巨大な瞳が桃源郷を作り出し
酷く滲んで 私を夕焼けの下へと連れていく
モノクローム創刊号掲載作品

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ウイルス・スキャン

真夜中にウイルス・スキャンを実行して
モニターを見ながら怯えている
ブロックされた危険な接続の中に
今日も同じ顔を見つけた
この顔はファミレスでおなじみの
おばちゃんたちの自慢話と劣等感の駆け引きの中で
泡立ったメロンソーダーの中の不純物
その隅で立ち上がる甲高い声はトロクサイと、高齢者を嗤う
ラインが止まない女子高生のIDとIPアドレス
ファミレスの町ぐるみ検診を何度も起動させると
真夜中に胃がキリキリと痛む
体内に悪いウイルスがいるせいだと 医者は語る
私の胸部も頭部も異常がないのに
悪いことを見つけたら罰したい寂しさが
液晶画面を青に変える
毎日をスキャンして安心したい
   (私は安全だ、と
毎日を表示して教えてほしい
   (ウイルスはいませんでした、と
毎日を毎日フルスキャンして 私は木端微塵に疲れていく
   (駆除したいのか、駆除されたいのか
デイスプレイに映る 私の小心者が
私を乗っ取り、私に成りすまし、私に取り付き
私のデーターを引き出し、私を裸の王様に仕立て上げる
ウイルスは駆除、ウイルスは排斥、
そんな口論で日は暮れて 誰に何が守れただろう
「悪いことをする人は どこか淋しい目をしているね」って
言葉を思い返すと ウイルスがまた一つ
胸のあたりから侵入してくる
モニターをうろつく小さな
「つながりたい」が悪意を持って涙するが
押しかけられても守ってやることはできない
私はただ私の手で真夜中を行き惑う
画面に引っかかった私の意気地なしを拾い集めると
何食わぬ顔をして
自分自身を シュレッダーに投げ入れる
ファントム3号掲載原稿

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