節分

節分の夜に細々と二階の窓を濡らす音がして
外に人影が見えた
こんな遅い夕食時に帰ってくるのは
パチンコで負けて家に入り辛いお父さん
家内と呼ばれる鬼は
温かい部屋で猫と一緒にゴロゴロしている
パチンコに勝った現金を差し出さなければ
自分の建てた家の敷居も跨げない父が
窓の外で彷徨っている
ずぶ濡れの父が大切そうに抱えているのは
福豆ではなく ナイロン袋に入ったコンビニ弁当
そして私に
「ええか。絶対お父ちゃんが負けた事、お母ちゃんにゆうたらアカンど。
 お母ちゃん、ワシがおそうなったから、腹へらかして、機嫌も悪いか
もしれへん。お前な、この弁当渡してな、【お父ちゃんは七万円儲けた
から、明日も勝負賭けに行く!】ゆうて、出ていった、ゆうとけよ…。」
泣きじゃくる子供のような声を抑えながら
冷たい手からもらったのは 温かい幕の内弁当、二つ
それっきり 父は家に帰ることはなかった
鬼は 母だったかもしれない
鬼は 私だったかもしれない
父がコンビニ弁当でなく 福豆を買って帰ってきていたなら
ちゃんと家の鬼を退治して
自分の家で長生きできたかもしれない
父を見送って四年
季節の節目ごとに雨は降り
寒い日は節々が痛むと 鬼は哭く
毎年変わる当てもない恵方を目指しながら
幸せになりたい、健康になりたいと 鬼のくせに祈ったりする
             ✻
黙々と食べる恵方のその彼方
鬼ヶ島では鬼たちが金棒片手に鬼会議
宝箱の金銀財宝を自分の金歯に加工して
いかに次々と煎餅たちを真っ二つにしていけるかを
ニヤニヤしながら話し合っている
外界では背を丸めながら白く小さく溶かされていく者たちが
いかにモノが言えなくなっていることを
ラジオは雑音も交えて 何度も繰り返すのに
夜のポストには もうすでに
桃太郎は殺された、という訃報が 投げ込まれていた

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