天花粉の丸い小箱にはいっていたのは
祖母や母が立ち切狭で廃品回収に出す前に
切り取った釦
鼈甲仕立ての高価なものもあれば
校章入りの錆びた金釦や
普段使いのプラスチック釦
そして
焦げて曲ってしまった玉虫色の婦人服の釦
けれど 
三つとして同じ種類のものはなかった
少し埃立つ畳の部屋へと斜陽が、
僅かな障子の隙間を潜って私と手のひらの上にある釦を射る。
厚地のコートについてたであろう変色した重々しい大きな釦、
その穴を庭先に向けて内から覗いてみる。
この家に嫁いできて、主や子供たちの釦を、
そっと切り取ってここに残してきた女たち。
いつか、役に立ちたいと思いながら、
消えていった女たちの、俯いた顔が縁側に浮かぶ。
   胸の釦に通された針と糸の行方
   固く留められていた結び目と糸の解れ
   転がっていった釦たち
   要らなくなった釦たち
どれ一つとして同じものがないボタンホールが見せた景色
断ち切らねばならなかったもの。
その隙間を埋める術もなく、こぼれおちていったもの。
先立たれた者や失った者の声や骨を拾い集めるように、
私もまた、誰かの釦を見つけては、自分の小箱に入れて、蓋を閉めるのか。
座り込んでいた時間が
縫われるよう覆われて
陽射しはどんどん弱くなり
あやふやな手つきの中で
釦が一つ、転げて落ちる
   ※第27回 伊東静雄賞 佳作作品

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