幻の人

バスの隣の席で 私の名をしきりに呼ぶ男がいる
私には 知らない隣の人
しかも 違う名前で呼ぶから 
私を呼んでるとは思えない
隣の男が手を握ってくれるのは
私が寂しそうだからというが
私は そうされることが 寒かった
男の手の感覚しか覚えていない
私は 彼の方を向かなかったから顔も見ていない
彼が呼び続けたのは 私の本名じゃないから
お互い知らない人のまま バスに揺れていた
男は名残惜しそうに 
私に似た名前を呼びながら バスを降りた
知らない人だったけど 悪い人ではなかった
もしかしたら 私は彼と同じ場所で
降車したかったのかもしれないけれど
彼が呼んでいたのは 私じゃなかったから
お互い幻の人のまま 手の感覚だけで
愛し合ったみたいに別れた
私はこの街にいる私を 私とは思わない
そしてまた 私の追いかけてきた人も
幻の人 その人であった

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