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2011年08月07日

蚊おとこのはなし

夕顔が咲きはじめた。まだ一輪、二輪ずつだけど。夕顔も(西)の領域に属する花だなあと思う。なぜか西には気持ちが向かう。詩集『ユニコーンの夜に』で、西のうわさ、という作品を二篇書いていて、これは西に棲む女家主を書いたものだった。この「西のうわさ」シリーズにはまだ続きがある。ここに載せるのは2005年に『幇』8号に発表したもの。

        蚊おとこのはなし

                                  水野るり子
 
夏おそく
蚊おとこたちが
西の方から訪ねてくる
ひとり ふたりと
わらじを脱いで上がりこみ
縞の烏帽子も脱ぎ捨てて
ねむたいわたしの耳のそばで
わやわやと
女家主のうわさをはじめる
(ああ 耳がかゆい)


蚊おとこたち…
西の夕やみにすむ
女家主の一族郎党か
(彼らは本来饒舌なのだ)
その豆粒ほどの脳髄を
芯までトウガラシ色に染め
ほんのひと夏の
はかない身の丈で
せいいっぱい勝負するかれら
ちっちゃな血のしずくから
生まれてきた連中だ


「女家主はカワウソだ
川で星の数ほど魚を食う」
「いや女家主は巨人なのだ
異形のものを生み拡げる」
「いや女家主は羊歯の一味だ
やくたいもない菌糸をのばす」

(だがいつだれがそういった?)
(だがいつどこでそれを見た?)


蚊おとこたちは口々に
女あるじのうわさをするが
その正体をまるごと見たものはいない


焦げくさい西の空から
巨大なヒキガエルにも似た女家主の
おおいびきがとどろいてくると
蚊おとこたちの宴は 雲散霧消…


雷雨が夢のなかまでびしょぬれにして
東の方へ駆け抜けていく
ねむたいわたしの耳に
蚊おとこたちの薄いわらじの跡だけつけて

投稿者 ruri : 2011年08月07日 15:20

コメント

西の方向は、わたしにも縁があります。県都の西側郊外に住み、実家はこの西を40キロほど行った先にあります。西は、この世から旅立つ方向、浄土の国、陽が沈む西の空が好きです。種の違い、濃さや長さの違いはあっても、いのちを貫いている不思議なエネルギーを思わせる作品でした。

投稿者 青りんご : 2011年08月08日 06:23

鳥獣人物戯画絵巻が目の前に広げられていき、登場人物?たちの動き語らいが楽しく、夏風邪をしばしわすれました。生きてるっていいなあ。でも、ちょっぴり寂しくて。

投稿者 ペンギンさん : 2011年08月08日 19:28

青りんごさん
子どものころ住んでいた家の西には、隣家越しに遠い森が見え、夕焼けが見え、広々とした地平線を予期できる位置にありました。そのあと何軒も越しましたが、今の住居までの家はあまり西は開けていなくて、今のマンションに来てから、西には富士山がくっきり見え、アルプスや箱根連山も浮かんで見えます。冬は特にきれいです。西は常に想像力をかきたてますね。


ペンギンさん
鳥獣戯画って詩でできたらいいですね。いつか試みられるといいのですが、収拾がつかなくなりそう。夏風邪、お大事に!

投稿者 ruri : 2011年08月11日 13:47

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