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2010年11月11日

病気 (うさぎ・兎・ウサギⅡ)


                      水野るり子
 

子どもの頃病気はいつでも目や耳たぶの一部から始まった それ

は水がタオルにしみこむようにじわじわと全身にひろがってくる

ぼくは身をよじってからだのそこらじゅうから病気をしぼり出す

(長い夜だった)朝ごとにぼくはしぼりつくされた一枚のタオル

になって乾き切り つっぱったまま床によこたわっていた


女の子がやってきたのはそのときだった ぼくをそっと抱きかかえ

{あ、ウサギ!} そういってぼくを野原へ連れていった 野原は

空に近かった 花がリンリン鳴っていた ぼくのからだはほどかれ

て灰色の兎になった ぼくらはいっしょにかくれんぼした 花をむ

しった 蛇ごっこした もぐらを空へ投げ上げた 虫たちの翅を一

枚ずつならべていった それから向かい合って頭からおたがいを

食べっこした しっぽの先まで残さなかった


野原の真昼は永かった ジャンケンをすると角が生えた ふたりは

角のある兎だった ぼくらの足はぐんぐんのびて 野原はぐんぐん

せまくなった とんだりはねたりするたびに地平線をとびこえて向

こうがわへころげおちた ぼくらはかわるがわる消えっこした 消

えながら見あげると野原は夕陽で真っ赤に見えた それはかげって

おしまいに黒い空のなかへ吸い込まれていった もう野原へ帰る路

はなかった ひとりで泣きながらうずくまっていると ぼくのから

だはまたひからびてタオルのようにこわばっていった


あの日兎を置きざりにしてぼくは癒って大人になった だが今も病

気の前には野原の影がひろがってくる 兎があの場所でぼくを呼ぶ

のだ


    ””””””””””””””””””””””””””””””””

 はるか以前、女性詩人アンソロジーに寄稿したものです。野原がだんだんなくなって
 いくと、ウサギの呼び声もそれとともに消えていくのかも。
 

投稿者 ruri : 2010年11月11日 14:36

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