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2010年04月28日

1Q84を読んでるのは女子か、男子か?

ぼくの本姓はOではなく、SかTのどちらかのはずだった。が、Oになった。必然か偶然か、Oにつながる代々の墓へはほとんど行ったことがない。何年に一度か、十年に一度くらいか。そこはいつも小さな穴であり記号(.)に過ぎなかった。
かわりにTの親元にはよく連れられて行った。Tはなにしろ山寺の娘だったから。

住職はいつも空虚な本堂で木魚を叩き、Tの母はいつもお経か念仏をぶつぶつ呟いていた。そこすら音だけがよく響く小さな穴だった。
それに比べてはるかに巨大な空虚であり記号(.)である皇室というものに向き合うのは相当な勇気がいる。北野武は早々と降参してる。村上春樹という作家の真髄はそこに立ち向かっているところにあるんじゃないかと前々から思い、けっこう気になり読んできた。

今回の1Q84のBOOK 3も気になって読みたいんだけれど近所の本屋では手に入らない(品切れなんだろう)。注文すれば別だけどそこまでする需要はオイラにはない。
またaoiさんや星笛さんの杖というか箒にのせられてしまっただけ。
ただ、Sの素性がいまだによくわからないボクとしてはそのあたりの展開に興味がある。
だれか読んだ方がいたら感想を聞かせてほしい今日子の心だ。

投稿者 oqx1 : 06:06 | コメント (0)

2010年04月19日

確認する今日

桜の花びらが散る頃はココロも千々に乱れるようで、このところあちこちでアフォなことを書き散らしたり飲んだくれたり熱をだしたりしていた。これも"必然性"ってことか...
そんな折も折、ヨコハマのほうからちょっと(というか、とても)気になるひとひらの便りが届いた。すでにご承知の方もおられるだろうし、すぐに察しのつく方もおられる(わたしは今日はじめて知った)と思うので多くは書きませんが、快方に向かっているご様子なので少し安心した。

それにつけても、柄にもなく歳月というものがキリキリと身に染みた。この a Happy Blog も数えで6歳とちょっと。これはこれでまだまだ先は長過ぎるくらいありそう?だけど、やはり日々の泡をちゃんと確認していくという意味では長いとも短いともいえないなあと、aoiuemさんのおっしゃってることが少しわかったような気がした。のもトコノマ、ゴミ袋を出そうとしたら底に穴が空いていて昨日飲んだビールの残りの泡がぼろぼろこぼれだし始末に閉口したり、ちっとも"確認"ができてない今日この頃 ......だった。

投稿者 oqx1 : 22:58 | コメント (2)

2010年04月18日

野のハト

aoiuemさんのブログが久々に更新された。だからというわけではないけど、触発というか挑発され、アホなコメントを付けてしまった。aoiuemさんのコトバというか気というかにはなにかそういう魔法のような引力があり、ついその杖に乗っかってみたくなる。以前ruriさんの詩をCD化したり星笛館さんのオカリナ演奏をデジタル化しようと企んだときもそうだった。
男子にとって女子は永遠の謎なんだと思う今日この頃、不思議な光景に遭遇した。

寒いなか近所の公園を歩いていたら、真性の野バト(キジバトともいうらしい)がグミ(ナワシログミ)の茂みのなかで実をつついて食べているのを真正面から向き合ってしまったのだ。野バトなんてtokyoのど真ん中にいるはずもないと思われるかもしれないが、前々から何度か見かけている。が、人が通りかけているのにまるで平気、マイペースで昼食か夕食か、茂みの中でついばんでいる。そんなのと真正面から目を合わせたのははじめてだ。
まあ、そういうこともあるかと通り過ぎた後、あっ、ケータイで撮っておこうと戻ったものの残念ながらもう地面に降りていた。それでもいくら近づいても知らんぷり。(写真ではブルーにみえるが実際は茶色に近い。それにつけてもiPadがあったら)

おい、おい、おーい、おまえは怖いもん知らずなのか?それともアフォか?なんだか同類を見ているような気がして何度も行きつ戻りつして、また熱が出てしまった。

投稿者 oqx1 : 04:31 | コメント (0)

2010年04月16日

明るいLP計画 3)

ちょっと前、明るいLP計画 1) でApple社の「iPad」のニポンでの発売が来年になるかもしれない、なんて機器間違いかもしれない情報を得たことを書いた。がっかりしたものの、直後にニポンでも4月末発売といったん確定したらしくワクワクしていた。が、それもとこのま* 米本国であまりに売れ過ぎ、ニポンでは5月半ば過ぎに延期になったらしい。おい、おい、5月半ば過ぎといえば普天間問題がどうなるかの瀬戸際じゃないか。

米のiPad(ジョブスは好きだけどね)を購入するか、その勘定を泣いて移し替え沖縄へ支援に行くか、支援に行くに決まっている。鳩山の腹案というか本心にもかかっている。米基地、駐留軍をすべてグアムかテニアンへGo Homeさせる。鳩山はやるだろう。やるにちがいない。いや、やれ。多くの市民や同世代のベビーブーマーの大半はそう願っていると思う。だから鳩山政権の支持率は30%を切らない。切っているのは旧勢力に対し膨大な借り(既得権益)がある某通信社、某読売、某サンケー、某朝日、および某系列テレビ局の誘導調査の結果だ。まあマスコミ総体がそういうスタンスだといってもいい。

だったらマスコミどもが自ら名案を考えたらどうだと思うが、ひたすら米国政府の、それもオバマの顔色をうかがってばかりだ。ニポンという辺境国がかつて米国に戦争で負けたのがトラウマになっている。だが、それから65年。もうええじゃないか。安保解消、かつて'60年、'70年前後の闘争のおとしまえをツケて、チャブダイ、ひっくりかえしたれ。と戦前から変わらぬマスコミども(広告除く)をネギらってあげたくて止まらない今日この頃、みなさま a Happy?

つづく

*「とこのま→つかのま」これはきっこ(のブログ)常用のシャレ言葉でとても珍妙で気に入ちゃった。ので拝借ご容赦。


投稿者 oqx1 : 10:08 | コメント (0)

2010年04月01日

うちのヨシノ

わたしの住む長屋(縦)の目前は、舗道に沿ってちょっとした桜並木になっている。
10年ぐらい前にここへ落ち着いた頃はまだ植えたばかりの若木というか幼木だった。ゆえに、がんばって咲いてもスカスカだったのが、いつのまにか中高生ぐらいには映え(咲き)揃うようになった。

惜しいのはそれに沿ったすぐ向こう側を隅田川の支流というか運河が阻み、野暮なカミソリ堤防がシャッターのように河岸を閉ざしていること。写真で見るとこんな具合。幹の数本おきの街灯には「歩行喫煙・ポイ捨て禁止!」と黄色い看板が寄りかかっている。

NEC_0018.JPG


じつは写真の奥のほうにはずっと古くからの成熟した桜並木がつづく。橋からの遠目ではシダレ桜のように川面に向かってせり出し、なかなか見ごたえがある。が、これも近くだと残念ながら鉄格子を通してしか眺められない。
これにはワケがある。なんといってもそこに沿った建物が特養の老人ホームなのだ。


NEC_0024.JPG


花よりなにより、だいじなのは安全と安心、そして清潔、健康。微に入り細に入り生あたたかい親切に見守られた桜下の人生。おかげさまで、おいらも長生きができそう。

今週末は同世代の生き残りと都合により九段のほうで花見をすることになった。靖国神社にでも向かうつもりだろうか。それだけはヨシテノサクラ。せめて千鳥が淵にシタレヤ。

投稿者 oqx1 : 19:48 | コメント (0)