背中

背中
男が背中を見せたとき
女なら 赦されたと
想いなさい
その男を刺す権利を
授けられてしまったと
男が背中を見せたとき
女なら 黙ってついて
行きなさい
彼の残した足跡に
自分の靴形を
残せるよう
男が背中を見せたとき
女なら 涙を流して
あげなさい
孤独が彼を
殺してしまうと
背中は黙って語るから
目が聴いてしまうのです
子供の嗚咽
夜の潮騒
最期の寝息
私は 触れた
彼の背中

狂気の始め

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

一番最期に死ぬ人

一番最期に死ぬ人
一番最期に死ぬ人は、一番勇気のある人です
良い人ほど、早く死ぬ、と いうのは嘘です
一番始めに死ぬ人は、残された人に見送られる幸せな人です
沢山 お世話になった人の行く末も案じながら、死んでゆく
それは、悲しい未練話のカタルシス
一番最期に死ぬ人は、一番最初に死んだ人を見送って、
それが昔 憎んだ輩であったとしても
それが、騙された女や男であったとしても
妙な 仏心に浚われて
歯を食いしばって、死んでいた敵や味方のために泣く
人の為に泣ける人
一番最期に死ぬ人は
多分 誰にも 泣いては もらえない
一番最期に死ぬ人の
未練を 引き継ぐ者もない
一番最期に死ぬ人は
そんなことは
昔から 覚悟しきっていたのだから
死んでも死にきれない強い人
悪人の方が長生きするなら
悪人はもしかしたら
最高の善人
だから
みんなで
大悪人を競い合って
一番最高の善人の為に
今 涙を流してあげてください
見送るひとが 見送られる
病魔は必ず 忍び寄る
だから みんな 悲鳴を上げながら
悪人を目指す
痛みに悶えて
古傷を世間の風に晒されて
それでも なお、私はいう
君たち 全て
人を見送る
最期の独りであれよ と

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

誕生

誕生
波の狭間を 純粋とあそぶ
十五夜の夢を視ていたアコヤ貝が
口から小さな あぶくを吐く
淡い痛みから 海底に
仄かな焔が ともる
母音のつづきの淵より
真珠がこぼした つぶやきが
空へとのぼり
みえない星が
独り、
王者の号令を轟かせ
一日だけの 軌道を渡る
星を見上げていたアコヤ貝は
真珠色の焔を見送ると
しずかに 沈んで逝く
音は波に消されて逝く
記憶は 海にのまれて逝く
そして
ひと、は
みな
貝であった
過去に 泣く
カテゴリー: 02_詩 | コメントする


盛る、ためではなく
抱える、ための
飾る、だけでなく
魅せられる、だけの
器。
質素で
小さく
柄もなく
高級レストランなんかに並べられたら
灰皿にされてしまうような 私の器
その煙草の煙から臭いを かぎ分け
多くの人たちが含んだ唾液を 進んで含み
吐き出された言葉を 呑み込み
呑み込んだ沈黙から 学び
より深く 底を押し広げる 私の器
 私が釜飯屋の弁当箱だった時代
 下町のおかみさんの人情話が
 おちゃらけた色で詰められた
 私が旅館の分厚いガラス皿だった時代
 少し背伸びしたおじさんの
 忘年会のよもやま話と馬刺しをのせて
 テーブルに運ばれた
 私が都会で灰皿だった時代
 薄汚く罵られ 火を押しつけられた
 時には亡骸になった灰に 
 夜 涙を流す人もいた
人と人との間に置かれる 私の器
呼吸を 数えるだけで
視線を 感じ取るだけで
温度や距離を 計れるような
愚痴を受け入れ ほろり涙を受け止め
空っぽで 綺麗にしておいて
いつでも人に 使って貰えるように
身の丈に合う大きさで
せっかちと おせっかいを 繰り返し
赤恥だらけで 赤茶けた 私の器
盛る、ためではなく
抱える、ための
飾る、だけでなく
魅せられる、だけの
やがては
人ひとりの人生を背負えるだけの
そして いつの間にか
月日に 優しく欠けて逝くような
器の私。

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

詩集

詩集
彼が死んでも 文字は残るだろう
彼が忘れられても 詩は語るだろう
彼に会ったことはなくても 彼の匂いはするだろう
今 ベッドで白い天井に向かって
彼は文字の幻影を追う
静かな部屋の彼の息遣いから 溢れる歴史
眠りの奥から 澄んだ瞳に涙
彼が 辿ってきた真っ直ぐな一本道
彼の道を ひとつずつ 寄せ集め
デッサンする
デッサンする
これが
彼の肖像画
これが
彼の詩集のつづき
そして
私は まだ書けない
彼が ニタリと笑う
最期の一行。

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

親愛なる・・・

親愛なる・・・
ノートから黒い蟻がびっしりと 這い上がり
白い細胞の隅々までも 黒点の大群に 肉体を食いちぎられ
肺癌宣告に 窒息を余儀なくされても
まだ 蟻たちは あなた方の五臓六腑を進軍してゆく
苦い蟻を飼う人よ
文字の孤独は黒く黒く
あなた方を塗りつぶし 頭を壊し
心臓に原因不明の刃を突き刺したままだ
胸から鎮まることのない墨汁たちが
あなた方に 最期の夕焼けを
「真っ赤」にして 詩を描けという
親愛なる人よ
リアルを響かせたまま 懐メロにするな
色褪せてゆく 言葉だけ遺して 逝くな
笑顔のままで 背を向ける真似をするな
親愛なる人よ
約束してくれ
私より 先には
逝かないと
あなた方の
描いた夕焼け空は
私に 
決して見せないと…
カテゴリー: 02_詩 | コメントする

拝啓    幸せに遠い二人へ

拝啓  幸せに遠い二人へ
私たちは互いが憎み合い、恨み合い、奪い合い、言葉を失って、
初めてコトバを発することが出来る、ピリオドとピリオドです。
しあわせ、が遠ざかれば遠ざかる程、雄弁になれるのは
ふこう、の執念が、為せる業でありましょう。
かなしみ、こそが、最大の武器である貴方の哀は深く幼く、
激しい憤りとなって、私を抱き寄せようとする。
私は泣いてる赤子に、いつも疑問符を投げかける真似をして、
貴方を困らせます。
  (嫉妬はいつも、私たちを尖らせて、新生させる )
やさしさ、を眠らせたままで、裸で歩く貴方の手を、そっと、
握ってあげたならば、貴方が死んでしまうことを、知っています。
愛の淵は、二人の時間を止めることが可能なまでに残忍なことを、
私たちは、踝まで浸かったときに、知りすぎて、泣きましたね。
形あるモノばかりを掴んで、その温度を信じられないくせに、
私たちは、あいしてる、を繰り返すのです。
  (つなぎとめられない接続詞の空間で、
           
           辛うじて、息をする二人 )
憎しみや喪失が、愛や希望で、あったためしがないと体に刻みながらも、
それらが、どこかに埋まっていると、言い続けなければ、
生きてはいけないのです。
剥き出しの怒りのうしろで、泣いている貴方の瞳には、海が、 映っています。
貴方が私を見つめるとき、青すぎるのは、そのためでしょう。
海に還りたいと願う貴方に、私は空のことばかりを話すから、
貴方はいつも、とおい、と泣くのです。
  (あぁ、できるなら、できるなら、
         空が海に沈めばいいのに・・・)
そんなことばかりを考えて、私は今夜の「夜」という文字が、
消せないままでいます。
朝になったら、私は貴方の私でないように、貴方も私の貴方ではない。
それは、ふたりして、誓った約束でしたね。
私たちは、冬の雨に打たれながら、泣き顔を悟られないように、
いつまでも、はしらなければならないのです。
   
 祈りを捨てて
    
   幸せとは逆方向に  
      
     お互い背を向けたまま  は し る 。
 追記  ふたりの間に「いたみ」という名の
             
         
           こどもが、やどりました・・・。
カテゴリー: 02_詩 | コメントする

優しい傷口

優しい傷口
海が 器の中を游いでいる
硝子の扉が 空に ひとつ
うしろには
はみ出した時間が静謐の輪郭をなぞる
本能に手招きされた詩歌たちが
歴史のさざ波を ゆする
月の夜
静かに春が差し込まれると
私は 睫を濡らす 芽吹く
痛みに 自分の色を 識る

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

生きてはいけない

生きてはいけない
まず、
お茶碗を洗いなさい
常識を覚えるのです。
つぎに、
旦那のパンツを
毎日 洗いなさい
愛を育むのです。
さいごに、
幸せだったと言いなさい
約束を守るのです。
はい!
せんせい。
質問していいですか?
お茶碗を洗えない 片手のひとは
常識人にはなれないのですか
旦那様が いないひとは
愛されないのですか
約束を 守れないひとは
幸せになることができないのですか
常識が邪魔をして生きれないのです
せんせい。
せんせい!
こたえてください!
生きなさい とは
逝きなさい との
同意語ですか
類義語ですか
もう、
せんせい
すら、
答えて
くれないのは
なぜですか…

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

川のほとり

川のほとり
私は川のほとりに
置きっ放しのものを並べている
小雨に濡れた癖毛とか
折りたためない傘のような恋話
幾重にも水面に広がるあなたの昔語り
川のほとりの森へゆく
白いワンピースが裸足に揺れる
あなたに誘われ 揺れながら
私はあなたの森へゆく
あなたの樹海は私を閉じ込め
誰にも知られない秘密を宿す
川のせせらぎが子宮に流れて
私たちは もつれあったり じゃれあって
あなたの汗が私の瞼をやさしく濡らし
同じ淋しさを分かち合う
滲んだ瞳でみえたもの
かるがもの群れは 去って行く
細すぎる雨が 頬を伝う
携帯の門限は 三十分
静かな風が 胸の真ん中を通り過ぎてゆく
薄れてゆく名詞たちを
並べなければならないほどに
私たちは同じ星にいながらも
いつも あなたは
星より遠い

抒情文芸145号
清水哲男 選
選外佳作作品

カテゴリー: 02_詩 | コメントする